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突然部屋に来てビントに怒っている、昨日の騎士。マリアはお礼を言おうと声をかけた。
「あの、昨日は助けていただきありがとうございました」
騎士は返事のないビントを睨んでから、マリアのほうに顔をむけた。
「おまえもだ、若い娘が薄着一枚で男に会うなんて・・・」
確かにビントもこの人も若い男だ。目が覚めた時は恥ずかしい気持ちもあったのに、指輪のことで頭がいっぱいで、忘れていた。
マリアは山に父と二人だけの生活が長いので、他人の視線が余り気にならないのだ。
騎士に言われて、慌てて掛け布を首まで引き上げた。
「ビント、この娘に何を話した」
「まだなにも、話してません。ただ、明日ここを立つので、一緒に王都に行かないかと誘いました」
ビントのほうが少し年上のようだが、話し方から、昨日の騎士の方が位がうえなのかも知れない。
顔はカッコよく、金色の髪と瞳がとても似合っている。背も高い。
マリアは早くこの騎士の名前が知りたい、と思った。
「この娘には俺が話す」
騎士は近くの椅子を引き寄せ、座ると話し出した。
「俺の名前は、アレクサンドル・シュテット・ファイン・トラス。この国の国王だ」
「はぁ?」
マリアは驚いた。冗談だろうか?騎士の顔を見るが真剣だ。本当に国王だろうか?
「アレクと呼べばいい。お前の名前は?」
「マ、マリアです」
マリアはかろうじて自分の名前が言えた。
「一緒に王都に来てほしい。その目、マリアは紫の娘だ。これから話すことは王家と、それに近い家の者しか知らない。聞いてくれ。王家に言い伝えがある。『国動くとき、西の空より紫の娘舞い降り、命掛け危機救う』というものだ。今、隣国ターレブと一触即発の危機に面している。国境近くの村の、マリアのほうが分かっているかもしれないが・・・。だからこそ、国を救う為、紫の娘が現れたのかも知れない」
確かに、ラニ村はターレブとの間にマリアが住んでいる山があるので大丈夫だが、遠い隣村はターレブと何度も小競り合いが起きていた。だから、村の人達もいつ自分達が戦いに巻き込まれるか心配していた。
「で、でも、私何も出来ません。私が紫の娘で、救うといわれても、不思議な力があるわけでもないですし!本当に私が紫の娘なんですか?」
マリア他に助けを求めて、アレクの後ろに立っているビントに視線を向けた。すると、アレクが不機嫌な顔をして
「ビントは関係ない!」
と、強い口調で言ってきた。
「すいません」
マリアはビクッとなりながら謝った。
アレクは下を向きながら、両手を握りしめた。
「すまない。マリアは悪くない。ただ、何もしなくていいから、王都に来てほしい。離宮にでも住んで、チョット王都見物でもしたらいい。あいつらに崖から落とされたんだろ。すぐにもどるなんて嫌だろ?」
アレクの中では私は、突き落とされたことになっているみたいだ。訂正したほうがいい。
「ビントさんには、話しましたが、崖の上で少し揉めていて、押された拍子に落ちたんです。落とそうとした訳ではありません」
「お人好しだな。あいつら、助けも呼びに行かなかったのに、かばうのか?」
マリアは何も言えなくなってしまった。
「必要なものはこちで用意する。人さらいと思われては困るから家族や、親しい者は?」
マリアは王都に行くのは、決定なのだなぁと思った。
親しい人はいないが、村長と司祭様には、村を離れる挨拶をしたかったので、そう言うと
「二人には手紙を書けばいい。このまま王都に行く」
アレクに言いきられてしまった。
家には何もないので、帰らなくて大丈夫。父の思い出と、母の形見の指輪がマリアの全財産だった。
家の外で飼っているいる、鶏とヤギは村長に預かってもらおう。
同じことの繰り返しの毎日、この人と王都に行けば何か変わるかも。
マリアは、アレクが決めたようだが、自分にも王都に行きたい気持ちがあるのを感じた。
自分は紫の娘ではないかも知れない。何も出来ないかもしれない。でも、アレクが来てほしいと言ったのだ。役に立ちたい。
アレクの自分の瞳を褒めてくれた、その言葉を信じて王都に行こう。
マリアは知り会ったばかりで、しかも、身分の差がありすぎるアレクのことが好きだと自覚した。
「分かりました。一緒にいきます。」
「そうだ。決まりだ。明日、朝すぐにここを立つ。服を用意したから、それを着ろ。」
アレクは立ち上がりながらそう言い部屋を出て行った。
すると、すぐに騎士の服を着た別の者がやって来て、従者のハオと名乗り、服などを置いて行った。
ハオは小さくて痩せており全然騎士に見えない。
なんでもアレク達は、ターレブとの国境にお忍びで様子を見にきたらしい。だからみんな騎士の格好をしているのだと、部屋に残っていたビントが教えてくれた。
騎士の姿はやっぱりアレクが一番似合っていた。
昨日はハオとはぐれて、ハオを探しにラニ村のほうに来たらしい。そして、アレクとビントの二人の時にマリアと会ったという。
マリアが気を失う直前、目を見たアレクが紫の娘といったから、宿屋に連れてきたらしい。
ビントがマリアが目を覚ましていないと嘘をついた事については、紫の目がターレブ人ではないかと、思い、敵の間者ではないかと、疑っていたらしい。お腹のキズも、刀キズで普通の一般人にはつかないものなので、余計に疑いの事柄になったらしい。
アレクの身を守るため嘘をついて、まずビントが話を聞きに来たらしい。話してみれば、普通の娘だし、手は剣も、持てそうにない、指輪の件で泣き出すしで、判断に大変困ったみたいだ。疑いは、晴れたのだろうか?
ビントとそんな事を話していると、何故だか機嫌の悪くなったアレクが戻ってきて
「ビント、いつまで喋ってるんだ!朝、早く出るから早く戻れ!」
と言いにきた。アレクは結構気難しいのかなぁ?
持ってきてくれた服は、簡素なドレスだった。来ていた服や、目が覚めた時用意してあったのは、ブラウスにスカート、上下別の村娘には、普通のものだった。ドレスなんて着たことない。一人できれるかなぁ。
色々あったけど、もう考えが追い付かない。寝よう。夢かもしれない。カッコイイ王子様に出会える夢。王様だったけど。
そういえば、小さい頃は、『大きくなったら迎えに来るよ』と、王子様に言われる夢をよく見た。
白い服を着ていて、私を抱っこしながら『アメジストみたいで、綺麗な目だね』と微笑みながら額にキスしてくれる、夢だ。
父に言うと、笑ってマリアに幸せになってほしいから、叶うといいなと、いってくれた。
朝、起きて、何とか一人でドレスを着てみたが、どうだろうか?少し大きいが、似合っているだろうか?あまり服装など、気にしたことはなかったが、アレクがいる。夢ではなかった。
部屋に二人分の朝食が用意された。アレクと向かい合って食べるのは緊張する。マリアは食べたことがないようなものばかりだが、味などわかるわけない。
アレクも話をしない、静かな食事の時間が終わった。マリアは半分以上残した。
これから王都に行くのに大丈夫だろうか・・・