7
「それは災難でしたね。でも、本当に少しのケガで良かったです。」
ビントは笑って言った。
マリアも笑った。本当にこれだけのケガで済んだから笑えるのだ。
ビントが急に真面目な顔になって、
「女性にこんなことを聞くのはアレですが、医者が腹部に古い大きな傷があると・・・」
傷のことは、医者と私、宿屋の妻しかしりませんが、と言ってくる。
「実は小さい頃に山賊に襲われて、その時、私は助かったのですが、母と姉は亡くなりました」
そう言いながら首元に手をやり
「あっ!ない。指輪がない!」
「どうしたのですか?」
急に騒ぎ出したマリアに、ビントが聞いてくる。
「形見の指輪がないのです!」
失くさないよう紐に通して、いつも、首からさげているのだ。母の形見はアレしかない。
母は小さい頃に亡くなって記憶にないが、父が大切にしなさいとよく言っていた。高価な物なので、人には見せてはいけないと・・・。
「皮ひもに通してペンダントにしていたのですが・・・」
「どんな指輪ですか?着替えの時無かったか、ここの者に聞いてみましょう」
「金で、青い石が・・・うっいっく。大切にしてきたの・・・に、なんでっ・・・」
マリアは、泣き出してしまった。
「傷にさわって、熱が出るといけません。着替える時に落ちたのかも知れません。聞いてくるので休んでいて下さい。その後食事をお持ちします」
ビントはそう言って、マリアの頭を撫でてから、部屋をでていった。
マリアは布団の中で、泣きながら丸まっていた。
崖から落ちたときにどこかに引っ掻けた?それとも、落とした?朝は絶対にあった。体が痛いことより、指輪を失くした事のほうがショックだった。
泣き疲れて、眠ってしまった。
その後、マリアは戸をノックする音で起きた。
ビントが、食事と一緒に諦めていた指輪を、持ってきてくれたので、驚いた。
目を腫らした、マリアを見て
「良かったですね。ありましたよ。これですよね。紐が切れそうになっていたので、替えてくれたそうです。」
そして、ビントが指輪を、渡しながら反対の手でまた頭を撫でたので、もっと驚いた。
「ありがとうございます。ここの人にもお礼を言わないと」
マリアは返ってきた指輪を身に着け、大事そうに紐を寝間着の中に入れながら言った。
「お礼はこちらのほうで、しておきましたので、気にする必要はありません」
「それより、急ですが朝一番で、ここを立ちます。一緒に王都にいきませんか?」
「えっ?」
マリアは驚いた。驚きの連続だ。
昨日の助けてくれた騎士にお礼を言って、ここからの帰り方の相談をしようと思ったのに。
なぜ、一緒に王都なのか?おかしくないか?
二人は騎士だと思ったが、人さらい?でも、人さらいが行き先を言うなんて・・・それとも、王都に連れて行くと言いながら、私どこかに売られる?実は悪い人達なの?
確かに助けてくれたとはいえ、昨日会ったばかりだ。信用してはいけないのかも、知れない。
自分は山の中、父と二人で暮らしていたので、危機感がないのかも。都会の人は怖い。
マリアが頭の中で色々考えるうちに、凄い顔になっていたみたいで、ビントが慌てて声を掛けてきた。
「違うんだ、ほら、盗賊の話を聞いたから。まだ小さいのに、山に一人じゃ危ないから、そう思っただけだよ」
慌てていてビントの口調が柔らかい。
「あっ」と思った。
マリアは笑いながら言った。
「あの、多分勘違いされていると思いますが、私こう見えて20歳です」
「えっ?」
今度はビントが驚く番だった。
「本当に?15、16歳だと思った」
「背も低いのでよく、言われます」
だからなのかと、マリアは納得した。子供が可哀想でこんなに親切にしてくれるのだと。
ビントとマリア、顔を見合わせて二人で大笑いしてしまった。
「ビントさん、今みたいに普通に喋って下さい。私はあまり人とは話したことがないのですが、丁寧な口調よりも、そのほうがいいです」
「そのことなんだけど、王都に誘ったのは他にもあるんだ。君は王家の言い伝えの娘なんだ。それで、丁寧に話していたんだ」
「言い伝え?」
その時、戸を激しく叩く音がした。開けられた戸にもたれて立っていたのは、昨日の騎士だった。
騎士はただ、入り口に注意を向けたくて戸を叩いた様だったが、音が大きすぎた。
マリアとビントが 驚き、入り口を見ていると、騎士が近くに来て大きな声で言った。
「ビント、お前俺に『娘を見てくるがまだ目覚めていないから、先に食事をしていてくれ』と、言ったよな。だけど、娘の分の食事を用意をさせているなら、もっと前に目が覚めていたんじゃないのか?」
「どうなんだ。返事しろ!」
マリアは昨日の騎士が大声でビントを怒っているのを聞いて、どうしてビントが嘘をついたか、不思議に思った。夕方騎士が出かけていた、というのも嘘なのだろうか。
でも、マリアは騎士にまた会えた事がとても嬉しかった。