5
マリアは、横から押された反動で、体は二回ほど回転して胸から地面に叩きつけられた。
「うっ」
木々がまばらな斜面を滑っていく。とっさに手を伸ばしてみても、つかまるものは何もない。
このまま行けば、切り立つ崖の上に出てしまう。
下は見えるところに山道が通っているが、落ちればタダではすまない。
しかし、止まらない。
「キャーッ」と遠くに村娘たちの声が聞こえる。
手は土を引っ掻くように、足から滑り、ついには崖のふちについてしまう。
目に付いた、一本の細い木に、何とかつかまってこれ以上落ちないよに願う。
しかし、体の半分以上が崖から出て、木に腕でぶら下がっている状態だ。
この木もいつまでもつかわからない。
顔や体、とにかく全身が痛い。
「助けて!誰か助けを呼んできて!」
もといた場所に顔を向け叫んだ。
「お願い、誰かを早く・・・」
遠くの木々の間に村娘たちが見える。
「私たちのせいじゃない。自分で落ちたのよ!」
そう言い残して娘たちは視界から消えてしまった。
「・・・嘘でしょ」
マリアは取り残されてしまった。
助けは諦めるしかない。自分で何とかしなくては。
冷静になって周りを見回してみる。
下の山道まで、かなり高さがある。木を伝って降りることはできるのか?
もう、腕がしびれて手の力だけでは、上には上がれない。
少し下に、もう一本木が見える。この木より太そうだ。
・・・あそこまで行けるかしら?
落ちるようにしてつかまらなくてはならない。
そのあとは・・・どうしよう・・・
いい考えがうかばなくて 泣きたくなってしまう。
勘違いで罵られ、叩かれて、崖から落ちるなんて。
一番のショックは瞳のことを言われたことだ。
私の顔は20歳にしては幼い。背も低ければ、胸も小さい。そのうえ、普通は16歳から18歳ぐらいで結婚するが、病気だった父の看病で行き遅れ。
父が結婚は、もう少し先でいい。まだ一緒に暮らしたいと、言っていた。もちろん、そんな相手もいない。
マリアが小さい頃から、瞳が綺麗だと言って
「そのアメジストのような瞳をほめてくれる人と、結婚しなさい」
そんな男じゃないと嫁には、やらないし、許さないと・・・
自分でも、みんなと違う色だがこの瞳が一番気に入っている。それなのに
「悪魔って、ひどすぎる」
いろいろ考えているうちに、木がしなりはじめた。根元から抜けそうだ。
泣いている暇はない。
取りあえず、下の木にうつることにした。ななめ下だ。
木が抜けるギリギリまで待って、横に飛ぶ。体全体が引っかかった。
ホッとしたとき、下から声が聞こえた。
「おーい!声が聞こえるか!聞こえたら手を振れ!」
下を見ると山道に、馬に乗った騎士が二人見えた。
マリアは、手を振った。もしかしたら、助かるかも知れない。
置き去りにされて、どうしようかと思っていたが、人が来たことでとても心強くなった。
「その下の木にもう一度移れ。そのあとは飛べ。必ず受け止める」
騎士の一人が言った。
よく見ると真下だけどかなり下のほうに木がある。移るというより、落ちて木をつかまなければならない。その木で崖の半分として、飛べとは、また同じだけ落ちるということ。受け止めてくれるの?本当に?
私にできる?
「大丈夫。さっきできたから、必ずできる」
その声に励まされ頑張るしかない。だってもう、降りるしかない。
今いる木の枝につかまり、ゆっくりと手をはなす。
落ちる。
失敗した!木をつかみきれなかった。枝をつかんだ反動がすごく、手をはなしてしまった。
服が枝に引っかかり、今度は頭から落ちる。もうダメだ。目をつむる。
背中にすごい衝撃があった。でも、柔らかい?そっと目を開けると、さっきの騎士が私を受け止めてくれたみたいだ。山道に二人で倒れていた。私は騎士の上に乗っている。
「大丈夫か?」
騎士が起き上がり、顔を覗き込まれ、目があった。
カッコイイ。こんな人いるんだ。
「目が紫なんだな。アメジストみたいで綺麗な色だ」
驚いた。父と同じことをいうなんて・・・
そんなこと言う男の人初めてだ・・・
「助かってよかったな」
驚きと、ホッとしたので意識が遠のく。
お礼も言えてないのに・・・