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マリアは父が去年亡くなり山の一軒家で一人暮らしをしていた。
庭で野菜を作り、山で山菜や薬草を取って村に持って行き、必要な物と交換する生活をしている。
父が村人と余り親しくしておらず、マリアにも必要最低限しか村人と接してはいけないと、小さいころから言われていた。
今日は天気がいいので山に薬草を取りに行こうと思い、カゴを手に山奥へ向い
「紫草にしようかしら?」
ひとりつぶやいて崖のほうへと道を進んでいった。
その姿を見た三人の村娘たちが追っていくのを知らずに、マリアは山道をどんどん歩いていった。
紫草・一本に紫の小さな花がたくさん咲き、乾燥させて煎じて飲むと喉にいいし、煮詰めて解熱剤にもなる。においもいいので、におい消しとしても使われる。虫除けにもなる、優れもの。ただし、山の崖近くの木の根元にしか生えない。
マリアは足場が悪いが、いつものようにしゃがんで、紫草を手早く摘んでいった。紫草が持ってきたカゴの半分ぐらいになったとき、頭上から声がした。
「マリア」
顔をあげると、三人の若い娘がいた。
「あなたこの山から出ていってくれない?二度と村にも来ないで!」
村にいったとき、たまに見かける娘だった。しかし、まともに話したことはないはず。
「そうよ、20歳にもなったんだから、よそで暮らしたら?」
「病気のお父さんも亡くなったんだし」
はじめに声を掛けた娘と同じで後の二人も、見かけたことはあっても、名前さえ知らない。
私より年下かなぁと、思いながらマリアはスカートの土を落としながら立ち上がり挨拶をした。
「こんにちは。私に何か用ですか?」
はじめに声をかけてきた娘が、
「聞こえなかったの?私たちの前から消えて!私は村長の娘よ。言うことが聞けないの?」
急になんて理不尽な事をいう子なのだろうか。
「そんことを言われても、私の家は山の中にあるし、ここを出て頼る親戚や知り合いもいません。」
マリアは、ここを出ても行くところがない。
「理由は何ですか?」
きちんと、説明してほしい。
村長の娘は、綺麗だけど、目が吊り上がってキツイ印象だ。
何故か怒っているようなので、余計に目が吊り上がっている。
20歳の小柄な私と目線はおなじくらいだ。
「理由は、あなたが悪い女だからよ!」
「悪い女?」
村長の娘が手を振り上げた。
マリアは後ろに下がり、その手を避けた。
「私の婚約者に色目を使うなんて!」
身に覚えのないことを言いながらつかみかかってくる。
「そんなの知らない!」
後ろに下がりながら言っても聞いていない。
地面が少し傾いている、足場が悪ところなので余り動けない。
「待ちなさいよ。逃げる気?」
「昨日、村の真ん中で、みんなが見ているのに、クトに言い寄って!」
他の娘も囲んでくる。
「クトにはヒヨナがいるのよ」
「クトが優しからはっきりと、断らない事をいいことに」
三人がかりで叩いてくる。
背中が木に当たる。
もう後ろがないので、紫草が入ったカゴで頭を守る。
マリアには何のことだかわからない。
「ここから出て行きなさいよ!」
「二度と顔を見せないで!」
「他の男の子達にも言い寄ってるの?」
「私たちは騙されないわ。そんな気持ちの悪い目の色!悪魔だわ!」
娘たちは言いたい放題だ。
「悪魔だなんて・・・」
マリアの瞳は、紫色をしている。トラスではいない。みんな、髪は金か茶色で、瞳も金か茶色だ。
隣国ターレブでは、瞳
が緑や青の人が多いらしい。しかし、まれに紫の瞳の赤ちゃんが生まれるらしい。
マリアは父から先祖がターレブの人だから、先祖返りだと聞かされている。そして、アメジストみたいできれいだと。
「何か言ったらどうなのよ!」
「知らないわ」
マリアは小さな声で答えた。
「思い出しなさいよ。昨日の夕方。村の神殿近くでのことよ」
「とぼけないで。みんな見ているのよ」
「私も、見たわ。あなたとクトがしゃべっているのを」
マリアは思い出した。
「多分それは、落としたスカーフを拾ってもらった時のことだと思う」
「言い訳する気?」
「ほんとうよ」
昨日、神殿の前で、名前も知らない若者が、風で飛んだスカーフを拾ってくれたのだ。
その若者がこの娘の婚約者なのだろう。
「嘘つかないで!クトが友達に言っているのを聞いたの!一番綺麗なのは、山のマリアだって!許せない!」
クトという男は、なんてことをいうのだ。
マリアは思った。
勘違いで攻撃される身にもなってほしい。
ただ「ありがとう」と言っただけだ。
いい加減、叩かれて体が痛かったので、
「お礼を言っただけだわ」
そう言って娘たちの間を無理やり抜けたとき、横から押された。
「あっ」と思ったときには、もう崖を滑り落ちていた。