満月
一度たりとも忘れない
あの桜を匂わせた
美しく儚い日々を
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ある満月の夜
「今日は月が綺麗だな」
美しい満月に見守られ、床に就いた
そのとき
さっと障子が開いた
「皇子様」
そこには見覚えのない、召使いらしき若い女性
しかし召使いはしょっちゅう変わるため新任の者とみられる
「何か用か?」
「今日は晩餐会で知らない親戚方のお目にかかり、
神経を使われたと思います。なので、私が足を解して差し上げます」
「おお、それは有難い」
こんなことを召使いにされるのは初めてだ
「足解しの技術を身に着けているのか?」
「ええ、父親が解し屋だったもので」
「そうか、ではよろしく」
「はい」
足を布団から出すと、召使いは液体を私の足裏に塗った
「今夜は満月ですね」
「ああ、とても綺麗だ」
ぐっと一押し。
若干痛く、かなり気持ちがいい
「桜も綺麗だ」
「はい。とても」
彼女は召使いとは思えないほど綺麗な黒髪をし、肌は雪のように白く、
何より美しい顔立ちをしていた
「でもいずれは散ってしまいます。美しさは何より儚いものです。。。。」
「ああ」
だが、少し引っかかるのは召使いは皇族とは業務的な会話しかしてはいけないはず
こんなに話していいものなのだろうか
姿も、とても召使いとは思えない
「召使いと皇族が、こんなに会話してもよいのか?」
「。。。。。本当は禁止されていますけど、私達だって、皇族の方と
お話したいんです。皇族の方々は私達召使いにとって、雲の上の存在。
とても憧れているんです。だから。。。。。今夜くらいお話しさせていただけますか?」
とんでもなく甘んじた言葉ではあるが
この顔で上目遣いされると、今夜くらいいいかと思ってしまう
「しょうがない。今夜限りだぞ」
「ありがとうございます」
*
もうすぐ就寝時間
長い長い廊下を音を立てずに早歩き
そのとき
「今夜限りだぞ」
潔水皇子の声
「ありがとうございます」
聞いたことのない女性の声
?
皇子の部屋の前で止まり、耳を澄ました
「生まれたときから皇族だなんて本当に夢のようなお話」
「皇族なりに大変なこともある」
「それはそうですけど」
「ご飯は口を付ける事しかできないし、着物は重い」
「私でも、そんなにご飯は食べれません。本当に貧乏ですから。毎日雑用ですけど、
懸命に働いております」
皇子が誰と話しているのだろうか?
春の夜風が身をまとう
「そろそろ失礼いたします」
さっと女性が立つ音がする
*
彼女は障子に向かう
「あっ、待て。そなた、名前は何だ」
振り返り、微笑んだ
「。。。。。。小町。。。。。と申します」
「おお、小町。。。。。」
「はい」
なぜか焦る
「いやっ、、、なんでもない」
「では、失礼いたします」
*
こちらまで足音が近づく
はっとして廊下をまた早歩き
障子の開く音がする
とんっと閉まる
恐る恐る振り返ってみる
しかしそこには誰もいなかった
春の一夜