大きな鳥
一話目に出てきた大きな鳥の正体が明らかになります。
ハルの暮らすこの街はエトワールという名前を持っている。その形は正五角形で、街と言ってもかなり広い。この五角形に対角線を引くと何が現れるかお分かりだろうか―そう、五芒星だ。この星に当たる部分が人が住んでいるエリアに相当している。
星は中心に1つの正五角形があり、周囲に5つの三角形がくっついている形になっているのだが、この三角形は上から時計回りに、商いのエリア、物作りのエリア、農業のエリア、学びのエリア、狩りのエリアと呼ばれている。
星の中心の五角形は生活エリアとなっており、住居や公共施設、ショッピングモールなど生活に必要な物がたくさん詰まっている。これは中心から順にA~Eで区画化されていて、中心に行けば行くほど発展した街並みが広がっている。つまり、最も近代的で開発の進んでいるのはAエリアということになる。
そのAエリアのど真中に、ハルが勤める病院―私立プランタン大学附属病院はあった。
「よしよし、全て揃っているわね。」
ハルは病院内に与えられた自室で鞄の中身を点検していた。彼女はすでに青い戦闘服に身を包み、長い髪を1つにまとめ準備万端の様子である。
「それじゃあタント、行ってくるわね。」
飛行用のグローブをはめ、見た目よりはるかに重い鞄を担ぎながら、彼女は後ろに声をかける。
「くれぐれも車には注意して下さいませお嬢様。もし雨が降りだしたり雷が鳴ったらすぐに戻ってきて下さいね。それから…。」
「相変わらずタントは心配性ね。何も今日が初めてって訳でもないのに…そろそろ慣れてくれても良いんじゃないかしら?」
いつまでも続きそうなタントの注意をやんわり阻止しながら、ハルは呆れたように言う。
「何をおっしゃいますか。こんな時間から一人で外出なさるのですから、用心に用心を重ねて頂かねば!」
「大丈夫よ。私は自分に出来ることしかしない。無理も無茶もしないから安心して、ね?」
笑顔でそう言われれてタントはうっと言葉に詰まった。確かにこのお嬢様は一見無謀なことばかりするが、無理をしたことはない。自分の手に負える範囲で動く、他人に迷惑はかけない。この基本的なルールを忘れるような人物ではないことはタントも良く知っている。何しろハルが幼い時からずっとそばで仕えているのだから。
「…分かりました。それではいってらっしゃいませ。」
「いってきます!!」
ハルは笑顔で自室を後にした。
部屋を出たハルはエレベーターで最上階に行き、そこから階段で屋上を目指す。屋上には病院の飛行機が2台止まっていた。しかしハルはそれらをすり抜け、屋上の一番端、フェンス沿いまでやって来た。
ピィィィィィ。ハルの口笛が、他に誰もいない屋上に響き渡る。すると…。
バサバサ!と大きな音とともに大きな影が上から降ってきて、ハルの目の前に降り立った。
「こんばんは、キュウちゃん。家の人はみんな元気にしてた?」
「ホーホー。」
それは大きな白いフクロウだった。毛づやの良さや鉤爪の具合から、良く手入れされ飼い慣らされているのがすぐに分かる立派なフクロウだ。
ハルは持っていた鞄を一旦地面に置き、フクロウの背にしがみつくようにして乗った。フクロウはハルを乗せたままバサバサと羽ばたいて地面から離れると、2、3回屋上の少し上空で旋回し、そこから急降下して鞄をしっかり鉤爪で掴むと、そのまま屋上のフェンスを越え、夕陽が射す街へと音もなく滑り出して行った。