battle~悪魔退治~
¨自動ドア¨なるものをくぐり抜けると、そこは――。
「ええ!?ここ……どこ!?」
ドアの向こうには当然普通の部屋が続いていると思っていた。しかし……。目の前に広がるのは、どうみても異世界だった。
気が付けばサキは青色の地面に立っていて、それは「壁」に繋がっていた。とても大きなクリーム色の壁が、サキ達の目の前にそびえ立っていた。
それはサキがこれまで見た中では一番大きなものだった。地面と垂直に立っているが、左右、そして上方向に無限に延びていっているかのように終わりが見えない。
青色の地面は壁の3m程手前で終わり、そこからは壁と同じクリーム色の地面になっていた。そして、青色の地面の端には、不思議な格好をした4人が待っていた。
「ハル先生、魔法は既に効いています。」
そう声をかけてきたのは、緑のローブをまとった魔術師だった。全身をすっぽり覆う衣装のため体型などは全く分からないが、声から女性だと思われる。その手には大きな緑の石がごろごろはめられた杖が握られていて、杖の先は青色の地面に突き刺さっている。
「ハル先生、よろしくお願いします!!」
そう元気よく挨拶してきたのは、小柄な女武器商人だった。背中にたくさんの武器が入っているリュックを背負っている。
「たとえ小物とはいえ、ハル先生の剣さばきを間近で見るチャンス! 勉強させて頂きます!!」
そう宣言するのは、細身な戦士だった。この中では一番若いようだ。すでに準備万端で、任務が始まるのを今か今かと待っている。
「さ、早くやっちゃいましょうぜ!!」
そう言ってガッツポーズを作ってみせたのは、筋肉隆々の戦士だ。見た目はバイキングそのものだが、どこか親しみやすそうな雰囲気がでている。
「うわあ、まるで勇者様御一行みたいだね、先生!」
サキは彼らの格好を見てそう言った。
「ええ、その通りよ。」
「……! 先生! いつのまに!!」
サキは隣を見て驚いた。そこにいたのは美しい女性戦士だった。青を基調としたコスチュームに身を包む女性戦士――ハルは、サキにニコッと笑いかけた。
――カッ!
ちょうどその時、激しい音と共に辺りが明るく照らされた。
「え、え、なに!?」
サキは慌てて光の源を探そうと上に顔を向けかけたが、ハルに止められた。
「だめよ、太陽を直接見ちゃ。」
「え、さっきの、太陽だったの?」
「ええ。この世界のね。ほら、明るいでしょ?」
そう言ってハルは前方を指差した。そこには、太陽によって明るく照らされた壁と、4人の戦士達がいるのだが……。
「……先生、影が、無いよ?」
そう、彼らには影が無かった。クリーム色の壁が白く見えるほど強烈な光を浴びているのに、彼らの足元には一切影が出来ていなかったのだ。慌てて自分の足元を確認してみても、同じく影は出来ていない。もちろん、先生の足元にも。
「ここは、影を作らない太陽によって照らされた異世界なの。今から私たち5人で、あの壁の向こうにいる悪魔を捕まえるのよ。サキ、しっかり見ててね。」
「う、うん!」
「じゃ、行きましょうか。」
それが合図だったように、5人は動き出した。武器商人はリュックから3本の剣を取り出すと、戦士達に渡した。それを受け取った戦士は、クリーム色の地面へと足を踏み入れていった。魔術師だけは杖の先を地面に刺したまま、全く動かない。 なぜなら彼女の役目は、異世界に踏み出すことでは果たされないからだ。
一番最後に、女性戦士が、武器商人から自らの剣を受け取った。
「ハル先生、どうぞ。」
「ありがとう、ナナ。」
その剣は美しい彫刻が施されていた。
「……!」
剣を持つハルを見て、サキは息を飲んだ。
――あれは……!!
女性戦士がクリーム色の地面に向かって踏み出すと、戦士達はさっと壁に一番近い場所をハルにあけた。最後にちらっとサキを振り返り、笑いかけるハル。
「じゃ、始めましょう!」
そう言って前を向くと、ふうっ、と息を吐いた。その顔はすでに真剣そのものである。剣をしっかり握り直すと、そのまま何の躊躇いもなく壁に水平に切りつけた。
――スパッ!
切れ味の良いその剣は、壁に真っ直ぐな線を入れた。すると、その切れ込みにそって傷口がパクッと開き、壁に大きな口が出来た。口の奥にはさらに黄色の壁が覗いている……。
「う、うわあ……。」
初めてそれを見たサキは、わけもわからないままただただ圧倒されていた。壁はサキが思っていたよりずっと分厚かったらしく、女性戦士は剣で切り裂いたり、時には繊維状のそれを手で掻き分けたりしながらどんどん奥へ奥へと進んでいった。その動きの速いこと速いこと……!瞬く間に深くまで到達すると、女性戦士は一旦壁から下がった。
「マイク、ジェイ!」
「はいっ!」
「出番だぜ!」
女性戦士に呼ばれて前に出たのは細身な戦士と筋肉隆々の戦士だった。
細身な戦士は壁に向かって持っていた杖――武器商人に渡してもらった――を向けた。すると……。
――グニャリ!
こちらに向かって小さく開いていた口が、大きくカパッと開いた。すかさず筋肉男が、念力を使って口が再び閉じないように支える。
ぽっかり開いた口の奥はかなり深いようで、サキには良く見えなかったが……。
「これで準備は整ったわね。」
女性戦士はそう言い、武器商人に自らの剣を預け、新たに投げ縄をもらった。
「さあ、悪魔を引っ張り出すわよ!」
そう言って、投げ縄を自分の近くでブンブン回しだした。
「ハッ!!」
女性は気合いとともに投げ縄を口から投げ入れた!
――スルスルスルスル。
縄がどんどん壁の奥に消えていき……止まった。どうやら何かを捕まえたらしい。女性戦士は手応えを確認すると、縄を手繰り寄せていった。
やがて、その時がやってきた。縄を手繰り寄せていた女性戦士の手が不意に止まったのだ。女性戦士と戦士は、互いに頷きあった。
サキはその瞬間を、固唾を飲んで見守っていた。あの縄が捕らえているのは、きっと、悪魔、に違いない。もうすぐ悪魔がこっちにくるんだ……。
戦士は、武器商人に杖と交換してもらった虫取に使えそうな網を構えた。女性戦士は、縄の残りを思いっきり引っ張った!すると!
スボッ!と音がして、壁の奥から緑色の何かが飛び出した!!
それは、小さな、人の形をした悪魔だった。
「こ、この子が……!」
サキの目は悪魔に釘付けになっていた。それは全身緑色をしている以外は本当に人そっくりだったが、背中に小さな翼と長い尻尾を持っていたから、やっぱり悪魔だった。
そいつは投げ縄に右足を捕えられ無理やり引っ張り出されたようだったが、不満そうな表情を浮かべながらパタパタと背中の翼を動かして空中に浮かんでいた。
悪魔の長い尻尾は、何か太い管から生えてきているようだった。その管は悪魔と一緒に引っ張り出されてきたのだが、壁からでてきている部分はキレイなピンク色をしているのに、悪魔の尻尾が生えている部分の近くは緑に変色していた。
「患者さんの年にしては小さな悪魔ですね。」
「本当に……。不幸中の幸い、といったところでしょうか。」
サキのすぐ前で武器商人と魔術師がそんなことを語っていたが、サキにとってなんの慰めにもならなかった。
――おじいちゃんを苦しめていたなんて!許せない!
「よくも! よくもおじいちゃんを苦しめたわね!」
気が付いたらサキは悪魔に向かって叫んでいた。突然の叫び声に、ハル以外のメンバーは驚いてサキを見た。叫ばれた本人、悪魔も、である。
悪魔はパタパタと空中を旋回しながら、幼い顔に似合わず馬鹿にしたような口調でサキを見下ろしながら言った。
「なんだ、子供じゃないか。」
普段なら、悪魔に面と向かってしゃべられたら、怖がって何も言い返せなかったかもしれない。しかし、悪魔は悪魔でも見た目はサキと変わらないほどの年齢。しかも、祖父を苦しめていた張本人とあっては引くわけにはいかなかった。
「あ、あんただって子供でしょ!!」
「フンッ! ぼくは子供じゃない!! ぼくは、悪魔様だ!!」
そう言って精一杯胸を張って見せる悪魔。そんな彼に、再び剣を握った女性戦士と虫取網を持った戦士が立ち向かう。
――虫取網?
サキは悪魔に気を取られていたが、今さらのように戦士の持つ網が気になって仕方がなかった。それは悪魔も同じだったようだ。
「なんだい、その網は? そんなもの持ってどうするの? ぼくはこんなに動けるんだ、捕まらないよ!!」
彼は戦士の持つ網を指差して、お腹を抱えながら大笑いした。正直な話、サキは悪魔に同意するなんて嫌だったが、こればかりは確かに、と相槌をうちかけた。
縄で捕らえられていたり尻尾で太い管と繋がったりしているとはいえ、悪魔はその翼で自由に飛び回ることが出来るのだ。現に、今悪魔がいる場所には網は絶対届かない。
しかし、女性戦士は悪魔に対しこう言い切った。
「十分役に立つわ。」
そして言い終わると同時に、剣を悪魔に向けて大きく振るった。すると、切り裂かれた空気が前方の悪魔に向かって一直線に進んでいくではないか!!しかし――。
「おっと危ない!」
悪魔はひょいっと下に移動した。空気の刃は悪魔の頭上を越えて飛んで行ってしまった……。
「お姉さんも大したことないなあ!!」
悪魔はにやにや笑いながらそう言った、が。
「そうでもないわよ?」
「え……?」
悪魔がかわした空気の刃はそのまま壁に向かって一直線に進んで行ったのだが、壁直前で180°方向転換して戻ってきたではないか!しかも、それは悪魔の長い尻尾をシュパッ!と切断し、悪魔と管を切り離した。
――ウワアアアアアア!!!!!!
悪魔は尻尾を切られた瞬間、反射的に断末魔をあげた。そして――強烈な緑色の光を全身から放ったかと思うと、体が縮んで……小さな緑の石に変化した。
石は空中に留まっているかのように思われたが、やがてゆっくりと、だんだん加速しながら落下した。それを受け止めたのは、戦士が持つ虫取網だった。
「「ナイスキャッチ!!」」
武器商人と魔術師が声を揃えて戦士を称えた。女性戦士も、いまだに念力で口を開き続けている筋肉男も、戦士に労いの言葉をかけていた。
「お、終わった……。」
サキは深く息を吐いた。悪魔は石になって消えてしまった、ということは……。
――これでもう、大丈夫なんだよね、先生。おじいちゃんはもう苦しまなくて良いんだよね。……良かった。おじいちゃん、本当に良かったね。
また涙が溢れてきて、目の前がかすんだ。でもこれは、今までと同じ涙じゃない。不安で不安で仕方なく流したんじゃない。無力な自分がどうしようもなく悔しくて流したんじゃない。……これは、自分でも説明がつかないような涙だった。ただ一つ言えるのは、悪い涙じゃない、ってこと。
壁の前では、女性戦士と戦士が、いつの間にか持ちかえていた杖を使って悪魔の痕跡に「「浄化魔法」」をかけていた。魔法が届いた箇所から緑色が消えていき、本来のキレイなピンク色が戻ってくる。それは、本当の意味での終わりを示していた。
「サキ、もうすぐ終わるからね。この緑色を全部消したら終わりだよ。」
そう言ってこちらを振り向くハルの顔は笑っていた。その笑顔に、もうサキは涙を止めようとするのを諦めた。
黙って泣いているサキに、武器商人がハンカチを貸してくれた。目の前では、完全に緑色が消えた管が壁の向こうに戻っていくところだった。すぐに戦士達が壁の口を縫い合わせて元通りにしていく。
サキは今、ハンカチに顔を埋めながら、自分の中に溢れている感情の正体に気付こうとしていた。それはたった一言で表せる、非常に分かりやすいものだった。だから少女は素直にそれを口にした。
「……ありがとう、先生。」