Sanctuary~聖域へ~
少女に導かれて着いたのは、小さな木造の家だった。少女――サキはそれが見えるやいなや、女性の制止を振り切って、まだ地面に下りたってもいない鳥から転がるようにして飛び降り、戸が開いたままであったその家に飛び込んだ。
薄暗い部屋の中では一人の老人が、お腹をおさえて床にうずくまっていた。
「おじいちゃん!おじいちゃん!」
サキは慌てて祖父に駆け寄った。
「おじいちゃん!しっかりして!」
孫の声を聞いてなんとか顔を上げた老人。その顔は苦痛で歪み、脂汗が流れている。
「うう……サキか。」
「おじいちゃん、もう大丈夫よ!! お医者さん連れてきたからね!!」
「……医者?」
サキに続いて戸をくぐってきた女性は、黙って老人の前に膝をついた。
「……あんたが……医者……なのか?」
「ええ。ハルと申します。あなたがサーベルさんですね?」
「ああ。……ハル……先生。」
「はい!」
女性は老人の目を見て、元気づけるかのように頷いた。
「お腹、見せて貰っても良いですか?」
「……お願いします。奥に私の部屋があるので……。」
女性は老人に手を貸し、立ち上がるのを助けた。
「大丈夫です……。一人で歩けます……。」
さりげなく背中に手を添えながら、女性はゆっくり、一歩ずつ進んでいく老人に気を配る。その間にサキが先回りして、老人の部屋につながる扉を開けてくれていた。
「それじゃ、お腹、ちょっと見せて貰いますね。」
ベッドの上で仰向けになる老人に、女性が声をかけた。老人はほんのちょっとの距離を歩いただけでぐったりとしてしまい、目を閉じてひたすら痛みに耐えているようだった。
「ちょっとさわりますよー。」
女性はそう断って、ちょん、と老人のお腹をつついた。本当にただそれだけだった。
「うぐっ!!」
女性が触れるか触れないかぐらいのタイミングで、老人は、まるで火掻き棒を押し付けられたかのように激しく身をよじった。
「お、おじいちゃん!しっかりして!!」
扉のすぐそばで静かにしていたサキが慌てて飛んできた。その時にはすでに老人は、唸りながらも必死に、下手に動かないようにとベッドにしがみついていた。
「先生、おじいちゃんはどうなんですか!?」
「……そうね。ここじゃ出来ることは限られているから病院に行くわ。さっき車を手配しておいたからもう着くはずよ。でもその前に――。」
女性はポーチから水色の石が甲にはめ込まれた手袋を取り出すと、右手にはめてそっと老人のお腹を擦った。
「なっ!! 何を――!?」
おもわず声をあげて上体を起こす老人。そんなことをすれば余計に痛みが酷くなる……はずだった。
「……痛くない。」
「ふふ。これは隣国で民間療法として取り入れられているものなんです。石の力を借りて痛みを抑えます。呪い程度ですが、サーベルさんの場合ならこれでも十分効果が出るはずです。」
「ああ。確かに良く効くようだ。」
先ほどまであんなに痛がっていたのに、もう痛がる素振りすら見せず、老人は不思議そうに自らのお腹を擦っていた。
「す、すごい! おじいちゃん良かったね!!」
サキは嬉しそうに言った。
そうこうするうちに、ハルが呼んだ小型飛行機が到着した。それは家の前の小さな道路に重力など感じさせない動きで着陸し、中から救急隊員が担架を担いでやって来た。
「出来るだけ揺らさないようにお願いします」
「「ハッ!」」
救急隊員達は女性に敬礼すると、老人を慎重に担架に乗せて飛行機へと運び込んだ。女性とサキがその後に続いて乗り込むと、飛行機は垂直に浮かび上がり、そのままサイレンを鳴らしながら街の中心部にある病院へと急行した。
無事に飛行機が病院の屋上に着いた途端、出迎えの看護師達がストレッチャーをおして走ってきた。みんなで協力して老人を担架からストレッチャーに移すと、老人を乗せたそれは専用のエレベーターで、先に下に向かった。
「……おじいちゃーん!」
それまでずっと傍で付き添っていたサキは、閉ざされた扉を見つめたまま茫然と立ち尽くしていた。そんな少女に、女性は後ろから優しく声をかける。
「サキ、私達も行きましょうか?」
ハッと少女は女性に振り向き、矢継ぎ早に質問を重ねる。
「おじいちゃん大丈夫なんですか? これからどうなるんですか?」
「大丈夫よ、サキ。もう、大丈夫。」
すぐにでも泣きそうな顔をしている少女を、笑顔で良く頑張ったわね、と頭をぽんぽんしながら褒める女性。
「でも時間がないから、歩きながら説明するわね。」
女性はサキを連れて階段を下り、重そうな扉を開けて病院内へと入った。夜の病院は照明が抑えられ、どことなく薄気味悪い。もちろん廊下を歩く人など二人以外に誰もいない。そんな中を、女性は大股で、サキは小走りでしゃべりながら進んだ。
「サキのおじいさまはね、どうやらお腹の中に悪魔がいるみたいなのよ。」
「あ、悪魔!?」
「そう、悪魔よ。」
女性は真面目な声で続ける。
「これから、その悪魔を引っ張り出して、退治するの。」
「え、え、そんなこと出来るの!?」
「えぇ。」
二人は長い廊下と長いエスカレーターを経由して、ある扉びらの前に来た。サキはその扉の上に掲げてあるプレートの文字を目で折った。。そこにはこう書いてあった――聖域と。
「――聖域!」
ごくり。おもわず唾を飲むサキ。
「今から、私はここで悪魔と戦うわ。で、どうする、サキ?」
「え?どうするって…何が!?」
「この扉の前で待つか、一緒に来て戦いを見るか。あなたは家族なんだから、どちらか選ぶ権利があるわ。」
「!!」
サキはほんの少し迷った。
『悪魔を見るのは怖いよきっと……。でも、ここで一人で待ってるのは絶対嫌だ。それに――その悪魔は、大好きなおじいちゃんを苦しめた悪いやつなんだ。怖くなんかない!!』
「――私、一緒に行く!」
「OK!じゃ、入りましょう!」
すると女性の声を聞いていたかのように扉はひとりでに開き、二人を招き入れた。
扉をくぐるとすぐに、入ってきた扉が閉じてしまった。そこは狭い空間で、二人のすぐ前にはまた同じ様な扉があった。しかし今度は勝手に開いてはくれないようだ。
サキがどうするんだろう……と見ていると、女性は黙ってサイドの壁にあるくぼみに足を突っ込んだ。するとたちまち、扉が中央で左右に分かれてススッとスライドしていくではないか。
「自動ドア、っていうのよ。」
驚いているサキを見て女性はフフッと微笑んだ。
「ようこそ、聖域へ。」
二人は光が溢れるその場所へとついに足を踏み入れた。
次からどんどんファンタジーになっていきます!!