ICUの闇
かなり暗い話題になります。飛ばしても問題ないので、嫌な方はどうぞ飛ばして下さい。
次の患者さんはICUにいた。一歩ICUに踏み入れると、その異様な光景に驚く人は多い。サーベルさんもその一人だったらしく、しきりにキョロキョロしている。
「ここがICUです。」
「…なんと言いますか。ここは…落ち着かない場所ですね。」
そう、ICUは決して静かな場所ではない。可動式のベッドがズラリと並べられたそこには、点滴やらなんやらで体に何本ものチューブが刺さった患者さんが横たえられている。まわりを囲むのは音がなる機械ばかり…。ちょっとでも異変が起これば、すぐに各々の機械が音を出して看護師が飛んでくる。
「サーベルさん、もしあなたがこのICUに3日ほど泊まらなければならなくなったら、どうします?」
「うーん。ちょっと気がおかし…いえ、耐えれないでしょうな。」
「そうですね。私も実はそう思います。」
「…!」
「ICUにいる患者さんで、この異常な環境に耐えられず、精神的症状を来す方は珍しくありません。それをICU症候群と呼んでいます。」
「…ICU症候群、ですか。」
私はとあるベッドに近付いて行った。そこには中年の女性がいた。女性の両手には大きなミトンの様なものがはめられている。
女性は見るからに異様なオーラを放っていた。顔は苦痛に歪み目はずっと瞑っているようだ。ひっきりなしにぶつぶつと何かを呟いているうえ、手足をしきりにバタバタさせているので、かなり近づきにくい。
私はサーベルさんに少し離れたところで待つように指示し、気にせずに近付いて行った。
「トウラさん、おはようございます。」
「…私を殺しにきたのか!」
「違いますよ。今日はご機嫌いかがですか?」
「外せ!この忌々しい手袋を外せ!」
「外したらトウラさん、また点滴抜いちゃうでしょ?もうちょっとの辛抱ですからね。」
「ううう、許さんぞお主!死んだら化けて出てやる!!」
「はいはい。」
トウラさんが全力で喚くのを相手しながら、私はなんとか朝の診察を終えた。
サーベルさんのところに戻ると、かなりショックを受けた表情だ。
「…今の方が、ICU症候群の?」
「えぇ。元は高校の教師をされていたそうですよ。道端で倒れているのを発見され、ここに来られました。…重度の人間不振になってしまわれているので、いつもあのような感じですが、昔は優しい先生だったそうです。」
「…。」
医療はキレイゴトでは済まない。例え患者さんに罵られても、しなければならないことはある。これはICUの抱える闇のほんの一部に過ぎないのだ。
私はサーベルさんを見ながら、そろそろ話題を変えた方が良いだろうと判断した。
「次の患者さんで最後です。終わったら、ちょっと早いですが昼御飯にしましょうか?」
「えっ!もうお昼ですか?」
サーベルさんはおもわず時計を確認していた。時刻は10時を少し過ぎたところ…。確かに昼御飯にはかなり早い。
「ここではいつ患者さんが運ばれてくるか分からないので、食べれる時に食べるのが基本なんです。」
「なるほど…。」
―何が食べたいか考えておいて下さいね、と言いつつ私達は最後の患者さんのところへ向かった。