八章 ~軽く回想 ちょっと疑問~
中田君(?)に連れられて帰ってきた私は、特に何も考えずに、ベッドに倒れ込んだ。因みに今日は、お母さんはパートでいない。同じ学校に通う妹も、まだ帰ってなかった。一つ下の一年生だから、部活見学でもしているのだろう。そんなことをぼんやりと思いつつ、とにかく疲弊した神経と体を休ませる。そしてある程度時間が経って、ようやく、今日あったことを自分の中で整理できた。
学校からの帰り道、川村君に付き纏われて。その後、銃(多分改造モデルガン)で襲われて。そしてそれを、中田君が助けてくれた。それから、家まで送ってもらった。そして今、自分のベッドの中で考え込んでいる。
「……中田君」
あの時の中田君は、いつもと様子が違った。目の色が白銀だったし、女口調だったし、何より―――
(あんなのって……あり得ないよ)
いくらモデルガンとはいえ、左目を撃たれても平気だったり。飛び散った血が、虫みたいに蠢いたり。私の傷を治したり。―――どれも、常人に出来ることじゃなかった。
(中田君って、一体……)
何者なのだろうか? という疑問を抱きつつ、私はそのまま、浅い眠りに就いた。
◇
目が覚めると、もうとっくに夜だった。お母さんも妹も帰ってて、制服のまま寝ていた私を不審に思ったみたいだけど、とりあえず誤魔化しておいた。二人に迷惑を掛けたくなかったから。幸い、顔の掠り傷は消えていたので、あまり訝られなかった。制服が破れていたのは後で気がついたけど、こっそり縫っておいたので大丈夫だろう。
◇
翌日、登校した私は、少し緊張しながら教室の戸を開けた。
「あ、牧野さん。おはようございます」
入ってすぐ、中田君に声を掛けられた。目はいつも通りの空色。口調もいつもの丁寧語だ。
「お、おはよう……」
もしかして、昨日のあれは夢だったのでは? とも思ったけど。
「昨日は、大変でしたね」
どうやら、夢ではないようです。というか、あれ以外に大変なことが思いつかない。
「とりあえず、放課後にでも話しましょう」
その言葉に頷いて、私は自分の席に着いた。
◇
放課後。私は中田君と話すため、家庭科室に来ていた。理由は人気がないかららしい。でも、普段は鍵がかけられているはずなのに、どうやって入るのだろうか?
「大丈夫ですよ。合鍵ありますから」
何でそんな物を持っているのだろうか? という質問をする間もなく、彼は部屋の鍵を開けてしまう。
「さ、入ってください」
入ってみると、中は普通に家庭科室。授業で使うときと何も変わらない。当たり前なんだけど、それはそれでちょっと拍子抜け。
中田君は扉を閉めると、奥のほうへ促してくる。言われるままに奥へ進むと、部屋の隅に置いてあるテーブルに、ティーポットとカップと皿が置いてあった。ポットからは紅茶の匂いが漂ってきて、皿にはクッキーが乗っていた。
「今お茶を淹れますから」
何で紅茶がここに? と思ったけど、もう疑問を抱くのさえ億劫になってきた。黙って出された紅茶を飲んで、クッキーも頂くことにする。これが結構おいしかったから、もうこれで満足なくらいなんだけど……。
「さてと。一息入れたところで、説明しましょうか」
中田君はそう言うとカップをテーブルに置いて、目を閉じた。すると―――
「昨日はろくに説明できなくて、ごめんなさいね」
口調が変わって、白銀の瞳が開かれた。
「え、えっと……」
それを見て、やっぱり昨日のあれは、見間違いとか、頭がおかしくなっていたとかではないと確信できた。
「じゃあ、何から説明しようかしら」
中田君(?)は真剣な表情になって、口を開いた。
「まず、もう気づいているとは思うけど……私は、ちょっと人とは違うの。というか、人ですらないわ」
衝撃的な告白。いや、ちょっと違うのは分かるとしても、人じゃないって……。
「まあ、「人っぽい」人って感じかしら。もっと端的に言うなら、「魔女」ってとこね」
魔女……ファンタジーに出てくる、箒で空を飛ぶ人ですか?
「言っておくけど、魔女は種族名で、別に箒で空を飛んだりしないから」
思考を読まれてました……。
「より分かりやすく言い換えれば、超能力者って感じ。「私たち」の場合、多重人格症とそれに伴う能力変動。要は、一つの体に複数の能力者がいるような状態よ」
超能力とか言われても……私の脳で処理できるようにしてください。
「とは言え、普段はちょっと変わったただの中学生なのよね。だから安心して。それに、いざというときは頼りになるから、「私たち」」
……もう、あまり深く考えないでおこう。とにかく、目の前にいる中田君は「ちょっと変わった中学生」。その認識でいよう。
「ま、そんなとこよ。因みに、このことを知ってるのは私の家族と、一部の友人だけ。私が正体を明かすことなんて滅多にないことなんだから、喜ぶといいわ」
「……それにしても、中田君って、人格変わると口調も変わるんだね」
何だかんだで、中田君の話を受け入れている自分がいた。それに感心する間もなく、中田君は不機嫌そうな声を上げた。
「その呼び方は止めてほしいわね」
「えっ?」
「「君」つけて呼ぶの。いつものあいつならともかく、今の「私」は女性人格なの。男みたいな呼び方は気に食わないわ」
確かに、どことなく女の子っぽいとは思ったけど。口調とか、仕草とか、声とか。
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
「普通に名前で、「優」って呼んでくれればいいわ。「君」とか「さん」とか付けずにね」
それって、下の名前を呼び捨てで、ってこと?
「別にいいでしょ? 私の秘密を知ってる人は大体そう呼ぶわよ」
……まあ、助けてもらっているわけだし、それくらいはいいのかな?
「えっと、優……でいいの?」
「ええ」
あ、喜んでる。案外単純だ。
「じゃあ、私もあなたのことを「桜さん」って呼ぶわね」
「えぇ!」
何を突然言ってるの……!?
「あら……もしかして、名前で呼ばれるの、嫌だった?」
「そ、そんなことはないけど……」
ただ、親以外から呼ばれたことがあまりないってだけで……。
「ならいいわね。というわけでこれからよろしく、桜さん」
ああ、「桜さん」で確定してしまった……。
「まあでも、今のところは「私」くらいかしらね、「桜さん」って呼ぶの」
「?」
「いつものあいつは苗字で呼ぶのがデフォルトだから」
それなら、精神衛生上助かるけど……。
「ま、話はこのくらいにしましょう。あ、お茶飲みたいならおかわりあるけど、要る?」
「え、遠慮します……」
あんまり飲むと、その、おトイレが近くなるから……。
「そう。じゃあ、そろそろお開きにしましょうか」
こうして、放課後のお茶会は幕を閉じたのだった。