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一章 ~空色の瞳 主観~


  ◆


 僕は中田優。今日は一学期が始業する日。(一応)親友の西崎君と、家の近くで態々待ち合わせたのだけれど、僕は途中で道を尋ねられたので(因みに、孫の入学式に来た老婆だった)、彼とは別れて道案内をしていた。無事に目的地に辿り着いて、僕は急いで学校に向かった。彼には一応注意したけど、あいつに絡まれている可能性が高い。幸い然程時間は経っていないので、本当なら急がなくていいはず。けれども、やはり走ってしまうのは、仕方がないことなのだろうか。


 昇降口で靴を履き替え、教室へ直行する。気づかれると面倒なので、足音はしっかり消して。開いている教室のドアを潜ると、案の定、西崎君があいつに絡まれていた。僕はすぐに彼らへ駆け寄る。

「うるせえ。今日はまだ邪魔者もいないし、今のうちに、日頃の鬱憤を晴らさせてもらうぜ」

 あいつがそう言いながら、拳を振り上げた。僕はそれを咄嗟に掴んで、ついでに格好よく決め台詞でも言ってやろうかと思った。

「すみませんね、邪魔者で」

 けれど、出てきたのは、そんな皮肉だけだった。

「ちっ、中田かよ……」

 あいつは僕に気づくと舌打ちして、西崎君から手を離した。ついでに僕の手も払われるけど、彼を解放している以上、これ以上掴む必要もないので大人しく離す。

「彼は一応僕の親友なんですから、あまり手荒な真似をしないでください」

 西崎君は、僕の数少ない友人で、一応をつければ親友と呼んでもいい相手だった。だから、そんな彼をどうこうされるのは、あまり歓迎できない。

「けっ……」

 あいつは床に唾を吐き捨て、自分の席に着く。唾を床に吐き散らすのは止めて欲しいのだが。

「ったく、来るの遅いぞ、優」

 西崎君は何事もなかったかのような口調で言った。

「君が先に行ってしまっただけでしょうに。僕は予め忠告しておきましたし」

「そういう理屈ばっかり言ってるから、中学入ってから友達出来ないんだぜ」

「余計なお世話です」

 実際、余計なお世話だった。僕と仲良くしているから、あいつに目をつけられて絡まれる。僕の行動はあれの癇に障るらしいが、性分だけはどうしようもない。だから西崎君には迷惑を掛けたくなかったが、彼が自分から巻き込まれてくるので、最早諦めている。まあ、そこまで大層な友情を感じているからこそ、僕も彼を(一応)親友と呼べるのだろう。



  ◇


 始業式の後は、教室で委員会やら何やらを決めることとなった。何も始業式の日に決めなくてもと思ったが、言って解決する問題ではないので静かに我慢する。

「先生、牧野さんがいいと思います」

 ぼんやりしながら取り決めを見ていると、室長に牧野さんが選ばれた。彼女のことは知っている。前も同じクラスだったからだ。僕より背が高い女の子で、正直あまりいい印象を抱いていない。まあそれも、幼少期のトラウマが原因だと思うが。

「んじゃあ一人はそれでいいとして、後、男子一人」

 今回の担任は適当な人みたいだ。名前が挙がっただけの彼女は、もう既に室長で決定らしい。誰がどう見ても押し付けられているのだが、気づいていないのか、気づいていてやっているのか。どちらでも、褒められたことではないだろうけど。

「はい、中田君がいいと思います」

 次に名前が挙がったのは、何故か僕だった。まあ、別に構わないのだけど。

「よし、それで決まりだな」

 そうやって即決定されるのは些か気に障るが、まあいいか。


「とんだ災難でしたね、お互い」

 そして放課後、牧野さんと話していた。まあ、一年間一緒に仕事をするのだから、その挨拶みたいなものだ。

「えっと……そう、ですね」

 対して彼女は、少し言葉に詰まりながら返してきた。何故詰まっているのかは容易に想像できる。多分、こちらに合わせて慣れない敬語を遣っているからだろう。

「無理しなくていいですよ」

「えっ……?」

 だから、親切のつもりでそう言ったのだが、彼女には伝わらなかったようだ。なので、もう少し分かりやすくしてから繰り返した。

「敬語、別に遣わなくていいですよ。僕は単にそういうキャラなんですから。尤も、あなたが敬語キャラなら構いませんが」

「あ、うん、ごめん……」

「謝らなくていいです。それより、」

 僕は一呼吸置いて、言わなければならないことを伝えた。

「僕には、必要以上に話しかけないで下さい」

「……」

 しかし彼女は、それも理解できなかったようだ。やっぱり、僕は少し言葉足らずなのかもしれない。

「僕は色々と複雑な立場ですから、余計なことに巻き込まれないように、です」

 そう言い換えて、牧野さんはやっと分かってくれたようだ。それなら、もう話すこともないだろう。

「では、僕はこれで帰ります」

 だから僕は、早々に教室を後にした。


「よぉ、中田」

 昇降口へ向かう途中、あいつが僕の前に立ち塞がった。

「何です?」

 本当はあまり口を聞きたくないが、黙って通してくれそうもないので、致し方ない。

「今朝は舐めた真似してくれたなぁ」

「因縁つけるのは止めてください。というか通行の邪魔です」

 あのくらいは日常茶飯事なので、今更かとも思うが。

「うるせえ。大体俺は、てめえのその偉そうな態度が気に食わねえんだよ」

「そうですか」

 軽く流してみるが、却って苛つかせてしまったらしい。表情をこれでもかというくらいに歪ませて、顔を寄せて睨みつけてくる。

「おい……絞められたいんか?」

「顔を近づけないで下さい。鬱陶しい」

 その言葉でとうとう我慢しきれなくなったのか、僕の胸倉を掴んできた。僕は溜息を吐くと、体をぐるりと捻った。

「うぉっ!」

 男子用制服の上着は左を外側に重ねているので、左に体を捻れば、胸倉を掴んでいる手が外れる。そしてそのまま、相手の後ろに回りこんだ。本当ならここで振り返りざまの裏拳でも叩き込みたいが、暴力沙汰はごめんなので止めておく。

「では、そういうことで」

 それから僕は、昇降口まで歩いていく。あいつはどうやら、今日のところは諦めたらしく、背後から突っかかってくることはなかった。

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