六章 ~当日 リア充を目指す者は~
……私は今、とても緊張していた。理由は至極簡単。今日はこれから、学校で知り合った人たちと、プライベートで会う。それも、生まれて初めて。めでたいことに初体験ですよ? いや、変な意味ではなくてですけどね。……って、口調が中田君みたいになってるし。
まあ一応、余所行きの服(持ってる中で一番高いワンピース)を着て来たし、指定時刻(午前九時)の十五分前から指定場所(中央公園)の入り口でこうして待っているわけなのだけれど。あ、因みに中央公園というのは、ここら辺では一番大きい公共施設のこと。芝生の遊び場や桜並木に池や噴水、ちょっとした体育館まである。因みに、お花見の主役である桜並木は、ここから少し奥の遊び場にある。……って、誰に対して解説してるんだろうか?
という感じで脳内リポートをしつつ、みんなが来るまで待つ。十五分も待ち惚けは退屈と思うかもしれないけど、実際はかなりテンパってて、退屈を感じる余裕なんてなかった。そわそわと、ここから逃げ出してしまいたくなる衝動を抑えながら、ただ待ち続けていた。
「おっ、いたいた」
背後からの声に、思わず肩がびくっと震える。恐る恐る振り返ると、西崎君が駆け足でこちらへ寄って来ていた。
「ありゃ? 牧野ちゃん一人?」
「う、うん……」
西崎君は(当然だけど)制服ではなく、私服姿だった。白いシャツとジーンズに灰色のジャケットを羽織った姿は、なんというか、新鮮だった。いや、男の子の私服なら小学生のときも見たことあるけど、普段制服着てる人が私服姿だと、やっぱり目を引いてしまう。
「そんじゃあ、俺も待つかな、っと」
すると西崎君はそう言いながら、さりげなく私の隣に来て、背後の柱(外灯がついてる、他に目的があるのか不明なもの)にもたれかかった。
「……」
「……」
き、気まずい……。二人っきりなのに会話がないし。……ってか、西崎君と二人っきりって、初めてな気がする。そもそも、まともな会話をした覚えがないし。私の中では中田君経由の知り合いだから、彼がいないと顔を合わせる機会すらなかったような……。
「……なあ」
と思っていたら、向こうから声を掛けてきた。
「な、何、かな……?」
出来るだけ自然に声を出したつもりだが、ちょっとぎこちなかったかもしれない。でも西崎君は気にした様子もなく、言葉を続ける。
「牧野ちゃんって、実際どうなん? 優のこと好きなの?」
「ぶっ!」
突然の問いかけに、年頃の乙女らしからぬ音とものが飛び出してしまった。そんな私に西崎君は苦笑すると、落ち着けと言わんばかりに台詞を重ねる。
「ほら、優って昔から大体あんな感じでさ。恋愛とか一切興味ないみたいなんよ。だから、もし牧野ちゃんが優のこと好きだったら悪いなって。幼馴染として」
それは、からかうというより、私を心配するかのようだった。……余計なお世話だけど。
「けどまあ、俺が聞くのもお門違いか。悪い、忘れてくれ」
西崎君が話を打ち切ったので、またもや静まり返ってしまう。途中、他のお花見客が、「なんだ、喧嘩か? 別れ話か?」という視線を送ってきて、気まずさ二百パーセントアップ中だったり。
「あ、優が来た」
幸いなことに、それから数分も経たない内に、中田君がやって来たみたいだ。西崎君の声に顔を上げると、確かに中田君が歩いてきていた。―――スカート姿で。
「お待たせしました二人とも」
右手に四角い包みを抱えた中田君は、どう見てもスカート姿だった。しかも、フリフリの白いハーフスカート……。上はシャツとカーディガンだけど、それも女物みたいだ。
「弓ー、冷ー、こっちですよー」
後ろを振り返って誰かを呼んでいるみたいだったけど、正直衝撃的過ぎて頭が硬直している。だ、誰か説明を……。
「ん? ああ、もしかして驚いてんの?」
そんな私の様子に、西崎君は気がついてくれたみたいだった。……ただ、続く言葉は意味不明だったけど。
「あれ、言っとくけどスカートじゃねえぞ」
「へ……?」
いや、だってどう見てもスカートじゃん……。白いフリフリハーフスカート。
「あれ、キュロットな。スカートみたいな形のズボン」
キュロットだったのか……。でも確かあれって、女性用の服じゃなかったっけ? 男の人でも着るものなの? ファッションには詳しくないからよく分からないけど。
「似合うだろ?」
うん、それには激しく同意。中田君って、見た目は女の子っぽいから、女物の服とか凄く似合う。今でも、実は女だって言われれば絶対に信じる。っていうか、実は男の子っていうのが信じられない。こういうのって、なんていうんだっけ……男の娘?
「どうかしましたか?」
中田君が、私たちを見て首を傾げていた。……もしかして、女の子みたいって思ったこと、ばれた?
「いや、優の服が似合ってるって話」
って、西崎君! 確かにそんな話だったけど! ご機嫌損ねちゃったらどうする気なの!?
「あら、褒めても何もでませんよ。あ、お弁当はありますけど」
と思ったけど、中田君は意外にも軽く流した。もしかしたら、服装について言われるのには慣れてるのかも知れない。或いは、自分でそういう格好してるくらいだから、本気で(も何も、実際に)褒められていると思ったのか。
「本当は上もフリル付きのほうが良かったんですが、普段着ないせいか皺だらけだったんです……」
答えは後者、純粋に褒められたと思ってたらしいです。しかも、聞いた限りだと結構なフリル好きみたいだし……。
「優兄早いよぉ~」
「そんなに急ぐなっての……」
そんな感じで話していたら、中田君の後方から二人の子が小走りでやって来た。二人とも、年は小学生くらいだろうか?
「もう、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうのはあなた達でしょ?」
「だって、喉が渇いたからジュース買ってたんだもん……」
片方は女の子。茶色の髪と蒼色の瞳で、顔立ちなんか中田君にそっくりだ。髪型もほぼ同じだからか、二人が並ぶと母娘に見える……。っていうか、中田君の目が蒼色になってるし。スカートが衝撃的過ぎて気が付かなかった。
「俺はちょっと、その辺で小便してた」
もう一人は男の子。こっちも髪は茶色だけど、瞳の色は赤だ。この子も中田君に似てるけど、どちらかといえば、もう片方の女の子とそっくりだ。背丈も同じくらいだし、もしかしたら双子なのかも。
「弓、飲み物は持ってますから欲しかったら言って下さい。あと冷、あんまり外でしてはいけません。マナー違反です」
「「はーい」」
あ、返事がハモった。てか、声がまったく同じだし……双子だから?
「えっと、牧野さんは初めましてですよね? 紹介します。妹の弓と、弟の冷です」
「こ、こんにちは……」
できるだけ自然な笑顔を心がけながら、挨拶を試みた。こういうのは最初が肝心だもんね。
「初めまして、弓です。いつも優兄がお世話になってます」
おっ、妹ちゃんのほうは好感触。丁寧な挨拶を返してくれた。
「……ふーん」
それとは対照的に、弟君は冷ややかな態度。うぅ、ちょっと傷つく……。
「ってかさー、こいつ、優兄の彼女?」
「ぶっ!」
不意打ち気味な一言に、またもや年頃の乙女らしからぬ音とものが飛び出してしまった。地味に小学生から「こいつ」呼ばわりされた気がするけど、そんなことはどうでもいい。今何て言ったの君!?
「れ、冷、駄目だよ……ほら、きっとあれだよ。あと一歩踏み込む勇気が足りなくて、友達以上恋人未満の現状で妥協せざるを得ない奥手で臆病で可哀想な人なんだよ」
「まじかよ!? こいつ、優兄よりでかいくせいノミの心臓なのかよ!? 人は見かけによらないんだな」
こらこらちょっと、何失礼なこと言ってんの!? あと身長のことは言わないで! 結構気にしてるの!
「こらっ、そうやって連係プレーで他人を貶すのは止めるようにいつも言ってるじゃないですか」
え、これっていつもなの……? 私が舐められているわけではなくて……? 言ってて悲しいけど。
「すいません、弟妹たちが失礼なことを……」
「う、ううん、気にしないで」
そんなに深々と頭を下げられると、こっちが却って申し訳ない気持ちになる。
「「ごめんなさい」」
と思っていたら、突然双子たち(もう絶対双子だよ、このぴったりなとことか)も一緒に頭を下げてきた。
「えーっと……大丈夫だよ? 気にしてないから。だから顔上げて、ね?」
いや、本当は結構傷ついたけど、言われなれてることでもあるし、今更とやかく言うことじゃない。それになんだか、こっちが悪いことした気がしてくる。
「だってさ。もういいじゃん、本人がいいって言ってんだし。そうやって何でもきっちりしすぎるのも悪い癖だぜ、優」
西崎君もフォローしてくれて、どうにか三人は顔を上げてくれたのだった。