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五章 ~当日 お弁当隊長は~

 土曜日の朝、『私』はいつもより三十分ほど早く起きた。理由は至極簡単。今日のイベント―――お花見用の、お弁当を作るため。一応仕込みは前日に済ませたけど、当日の朝にしか出来ないこともある。炊けたご飯でおにぎりを作ったり、唐揚げを作ったり、出汁巻き卵を作ったり。というか、中身の殆どは当日調理する。兄さんにはとても真似できないと言われたけど、慣れると楽しいから、半ば趣味みたいなものだった。

「~~♪」

 鼻歌混じりに手を動かしていると、なんだか心が軽くなる。やっぱり、家事は性に合っているのかもしれない。

「……優兄ぃ、おはよ~う」

 そんな感じで料理をしていると、後ろから眠たげな声が聞こえてきた。この声は確か……。

「あら、ゆみ。おはようございます」

 振り返れば、妹の弓が、キッチンと隣接しているリビングに入ってきていた。「私」と同じ茶色の髪と蒼の瞳を持つ少女。その姿はまるで、今の「私」をそのまま小さくしたような、或いは数年前の「私」そのもの。この子の声は弟とそっくりだから、いくら兄でも間違えそうになる。

「冷はまだ寝てます?」

「うん……ぐっすり寝てるよ」

 因みに、冷というのは私の弟で、弓とは双子。もっと言えば、弓は冷の姉で、冷は弓の弟。

「英兄もまだ寝てた……」

「まあ、兄さんは普段忙しいですし、休みの日くらい寝かせてあげましょう」

 英兄さんは医者志望の大学生で、授業やら勉強やら何やらで、とても多忙な日々を送っている。今日は特に予定がない日なので、ゆっくり寝かせてあげようと思う。

「ほら、顔を洗って着替えてきて下さい」

「はーい……」

 正直、兄妹より母娘のほうがしっくりくる関係だったりする。まあそれは、兄弟のほぼ全員に言えることだけど。



 暫くすると、弓が着替えを済ませて、ついでに冷を起こしてきてくれた。

「……優兄ぃ、おはよ~う」

 弓とまったく同じイントネーションで同じ台詞を口にする弟―――冷は、弓と瓜二つだ。ただし、瞳の色は蒼ではなく紅だけど。遺伝形質なのか、私の姉と冷は紅で、英兄さんと弓は蒼の瞳を持っている(中田家雑学その三十九)。

「冷、顔を洗って着替えてきて下さいね」

「はーい……」

 いつものルーチンワークだけど、もし私が独り立ちしたらこの子達はどうなるんだろうかと心配になる瞬間でもある、この台詞。そんなことを思いながら、私は揚げ物用鍋の火を止めた。そして油の処理を終える頃には、着替えを終えた冷が戻ってきていた。

「それじゃあ、朝ごはんにしましょうか」

 まだ兄さんが起きていないけど、そのまま寝かせてあげるつもりなので気にしない。お弁当と一緒に用意した朝食(サンドイッチとゆで卵の簡単なもの)を食卓に並べると、エプロンを外し、弟妹たちと席に着いて、一緒に手を合わせる。

「「「いただきます」」」

 全員ではないけれど、家族揃っての朝食。最近では、姉さんが結婚で家を出て、兄さんも生活が不規則気味だから、この三人で食べることが多い。それでもちょっぴり寂しいから、兄さんには規則正しい生活をして貰わなければと思いながら、私はご飯を口に運んでいた。



 食事が終わり、使った食器を洗っていると、後ろから弓が話しかけてきた。

「ねぇ優兄、今日のお花見って、誰が来るの?」

「えっとですね。私たちの他には、あやめと、西崎君と、牧野さんの三人が来ます」

 そういえば、まだ参加者全員の名前を話していなかった。一応あやめが来ることは言っておいたけど。彼女は発起人だし。

「牧野さんって、優兄が最近話してる人のこと?」

「そうですよ」

 印象に残るほど話したつもりはなかったんだけど、弓はちゃんと覚えてたみたい。昔から、記憶力はいいほうだったからかな。

「大丈夫かな……?」

 不安げな表情で呟く弓。それは多分、弟の冷を案じての言葉だと思う。弓は昔から明るく社交的で、友達も結構多かった。だけど冷は少しだけ不器用で、割と人見知りもする子だった。彼の双子の姉である弓は、そんな弟のことを案じているのだろう。

「大丈夫ですよ。牧野さんは優しい人ですから。ちょっと不器用ですけどね」

 でも案外、不器用同士で仲良くなれるかもしれない。そう思いながら答えると、弓の表情が和らいだ。

「そっか……さすが、優兄のお友達」

 何がさすがなのかよく分からないけど、彼女の不安が払拭されたみたいなので良かったと思う。

「じゃあ私、準備してくるね」

 弓はそう言うと、小走りにリビングから出て行った。

「さてと、私もそろそろ準備しましょうか」

 時刻は八時を数分ほど過ぎた頃。約束の時間は九時で、集合場所までは徒歩五分だから、今から準備をしても十分に間に合う。だけどそれは、今から準備をしなければ遅刻してしまうかもしれないということでもある。なので、手早くお弁当箱に料理を詰める作業に入って、必要な準備を全て終えてしまうことにした。

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