三章 ~幕間 スーパーなお買い物?~
放課後、僕はスーパーに来ていた。理由は簡単、夕食に使う食材を買い足すためだ。だけど―――
「しまった……葱が売り切れてる」
本日の特売品、葱が売り切れていた。
葱は大切だ。これがないと、風味が全然違うのだから。味噌汁の実にしたり、飾り付けに使ったり。時には主役、時には引き立て役、何でもこなせる万能食材。それが葱。だから、絶対に確保したかったのだけど……もう、特売でないのすら残っていない。
「……まあ、ないならないで仕方ないです。家にある韓国海苔で代用しましょう」
ハンバーグの付け合せに使うつもりだったから、なくても然程問題はない。ただ、ハンバーグがつくねに見えてしまいそうだが。
「よっ」
そうやって夕食の献立を修正していたら、背後から誰かに肩を叩かれた。
「西崎君。どうしたんですか?」
振り返ると、私服姿の西崎君が買い物カゴ片手に立っていた。もしかして、帰宅してから、お遣いでも頼まれたのだろうか。
「それがよぉ~、お袋が「醤油が切れたから買って来ーい」とか言ってきて……。結局この状態」
当たってた。まあ、彼の場合は他の理由なんてないのだろうけど。あるほうが怖いし。
「にしても、相変わらずだよな」
「何がです?」
「だって、今も夕食の買い出しだろ? そんで、帰ったら夕食の支度に食後の食器洗いに掃除洗濯財政管理だろ? 俺なんか、一つだけでも嫌になるぜ……」
僕は家の炊事、掃除、洗濯、家計の管理まで、ほぼ一人でこなしている。というのも、うちは片親で、しかもその母は仕事が忙しく殆ど家に帰ってこないため、仕方なく僕がやっているのだ。まあ、一応兄もいるのだけど、あの人は彼と同じで家事がてんで駄目だから。
「君もたまには家事をしたらどうです?」
「いやいや、俺じゃあ却って迷惑だって」
「それなら精々、早いところお嫁さんをもらってください。君みたいな我侭亭主関白タイプにお似合いの、大和撫子という絶滅危惧種を」
でないと、家がたちまちゴミ屋敷になるだろう。尤も、そんなに立派なお嫁さんは、西崎君には勿体無いけど。ていうか多分いないし、いたとしても接点ないだろう。
「そんならお前が嫁に来い」
「嫌です。ていうか僕は男です」
「あんまり違和感ないと思うぞ」
いつになく真剣な西崎君。ってか、やばい、目が本気っぽい。これは困った……僕は別に、見た目が女の子っぽいからって、そんな趣味はないのに。
「あんまり変なこと言うと絶交ですよ」
「それは勘弁」
どうにか釘が刺せて良かった……。危うくBでLな展開になるところだった。
「それそうと、どうなんさ、最近?」
「どうって、何がです?」
彼が何を言いたいか、幼馴染だから、何となく分かる。けど、敢えて気づかない振りをした。西崎君もそれが分かっているからか、にやつきながら続けた。
「牧野ちゃんだよ。最近、うまくいってんの?」
「まあ、それなりには」
「それなり、ね」
うん、それなり。言うまでもなく、彼が想像しているようなことはない。
「そんならさ、何で中学入ってからは、牧野ちゃん以外とは仲良くしないのさ?」
「してますよ。君とか、あやめとか」
「それは前からだろ? そうじゃなくて、中学入ってから出会った奴と、ってこと」
「……まあ、あれがいましたから」
そういえば、あいつ、最近見ないな。学校止めたのか? それならとても嬉しいけど。
「つまり、あれがいなくなったから、仲良くするようになったってこと?」
「簡単に言うとそうなりますね」
本当は他にも理由があるんだけど、彼女のプライバシーに関わることもあるので口にしないでおく。
「っていうかさ、お前って、ぶっちゃけ女子に興味あんの?」
「君のいう「興味」が性的なものなら、ないです」
「じゃあ、もしかして男に―――」
「そっちはもっとないです」
いやまあ、何でそんなことを気にするのかは興味あるけど。とにかく話が戻るのだけは勘弁だ。
「というか、僕の場合は特殊ですから」
「と言うと?」
「だってほら、「今」は男ですけど、「僕」以外は女の子が殆どですから」
「なるほどな」
そう。「僕」は、この体に芽生えた数少ない男性人格だ。けど、本当は女性人格のほうが多い。つまり、体は男なのに、内面はやや女性寄りなのだ。西崎君もそれを知っているので、説明する手間が省ける。―――とはいえ、このくらいは自分で気づいて欲しいけど。
「さてと、そろそろ会計を済ませたいんですが、どうします?」
「ん、ああ、そうだな。俺も買うもの確保したし、そろそろかな」
というわけで、僕らは並んでレジへ向かう。……やっぱり、買い物も一人より二人のほうが楽しいかもしれない。そんなことを思いながら、レジで順番を待つ僕だった。