二章 ~出会い 何かの前触れ?~
「第二十五回・文芸部による文芸部のための文芸部だけの歓迎会(つまり新入部員歓迎会)」の翌日、昼休み。
「牧野さん?」
背後から突然声を掛けられ、私は驚きのあまり少し(三センチくらい)飛び上がった。
「どうしたんです?」
後ろにいたのは中田君だった。まあ、見なくても、口調と声で分かったんだけど。
「え、えっと……その」
私が今いるのは、図書室の前にある曲り角。こんなところで何をしているのかといえば―――
「図書室に、本を返しに来たんだけど……」
「ああ、なるほど」
中田君は察してくれたみたい。そう、図書室といえば、昨日のあれ。「第二十五回・文芸部による文芸部のための文芸部だけの歓迎会(つまり新入部員歓迎会)」の会場だ。……つまり、あの異常テンションな部長さんと鉢合わせしてしまいそうで怖いのだ。
「確かにあの人、図書委員でもない癖にいつも図書室にいますからね」
え、そうだったの……? それを聞いて、余計に入りづらくなった。
「それなら、代わりに返して来ましょうか?」
中田君がそう申し出てくれる。けど、それはさすがに悪いと思った。これは私が借りた本だし、それくらい自分で返したい。だから、彼の申し出は断ることにした。
「ううん、大丈夫」
「そうですか。では」
そう言って、中田君は図書室へ入っていく。……ていうか、中田君も図書室に用事があったんだ。それならついでに頼めば良かったかも。
などと思っても始まらないので、私はいい加減覚悟を決めて、図書室の扉を開けた。
「あ、牧野さん」
図書室には中田君がいた。いや、さっき入って行ったんだから、当たり前なんだけど。
「もしかして、お友達?」
その隣にいたのは部長の森さん……ではなく、別の女子生徒だった。真っ黒で艶やかな髪は私よりもずっと長く、制服のスカートの裾に届きそう。顔立ちは整っていて、平均並みな身長といい、ほっそりとした体格といい、おしとやかそうな物腰といい、なんだか、いいとこのお嬢様って感じがする。……いや、勝手な想像だけど。
「まあ、そんなところです」
あ……。今、私のことを、友達って……肯定してくれたんだ。ちょっと嬉しいかも。
「へぇ。優が中学で、お友達を……」
「何です? そんなに変ですか?」
「ううん、どちらかと言えば嬉しい、かな?」
そうやって話す二人は、どうやらとても仲がいいみたいだけど……もしかして、恋人とか?
「……今、何か不快な思考が聞こえてきましたけど」
あっ、思考を読まれちゃったみたい。でも、「聞こえた」って……?
「駄目よ、優。女の子の思考を読んだら」
「いえ、一部の思考はオートで受信するんですが……どうもそれに引っ掛かったみたいです」
え、えっと……私、蚊帳の外? 急に話が分からなくなった。
「あなたのお友達ってことは、「あれ」も知ってるの、この子?」
「まあ、一応は。ですが、「僕」のことは一切話してません」
「だったら、ちゃんと話してあげたら?」
「……そうですね。また不快なことを考えられたら嫌ですし」
な、何、かな……? ちょっと身構えてしまったけど、その女子生徒はおっとりと微笑んで、こう言った。
「「今の」優はね、人の思考が読めるの」
へっ……? 多分、今の私を鏡で見たら、頭の上に疑問符が浮かんでいるだろう。そのくらい、私の頭は「はてな」で埋め尽くされていた。
「正確には、人の想いを受信する。或いは解析でもいいですけど。それが「僕」の特技です」
特技って言われても……。あ、もしかして、前に中田君が言ってた「超能力」のことかな?
「誤解されないように言いますけど、これはあくまで「特技」です。「僕ら」の能力から派生しているだけで、「僕」の本質ではありません」
って言われても……正直違いが分からない。
「まあともかく、普段は切ってあるので、他人の考えなんて分からないんですが。―――それでも、とある条件を満たす内容だけは、無意識に反応してしまうんです」
……つまり、さっき私が考えたことが、その条件を満たしていたってことかな……?
「意図的に設定したわけではないので詳細な条件は分からないんですが……大抵は「従姉妹との恋仲を疑われる」と察知するみたいです」
従姉妹と恋仲……って、「従姉妹」? それって―――
「遅れましたけど、彼女は僕の従姉で図書委員の綾小路あやめです」
「初めまして、綾小路あやめです」
深々と丁寧にお辞儀をする綾小路さん(と言うらしい)。
「え、ええと、こちらこそ初めまして……牧野、桜です」
慌てて私も頭を下げる。ていうか、本当に中田君の従姉なの? さっき言ったみたいに髪は黒だし、瞳も黒いし……中田君とは似ても似つかない。
「あやめは母方の従姉で、母は生粋の日本人ですから、似てなくて当然です」
そうなんだ。……って、また思考を読んでるし。
「言っておきますけど、読心術の基本は、表情と仕草から相手の心理状態を推理することです。そのくらい、ちょっと勘のいい人なら誰でも分かりますからね」
つまり、私の表情がとても分かりやすかったんだね……。顔に書いてある、って言葉そのままの状態なのか。
「で、話は戻りますけど。あやめはただの親類なので、妙な勘繰りはしないでください。甚だ不快です」
あれ? もしかして、怒ってる……?
「ふふっ。優ったら、恥ずかしがり屋さんだもんね」
「ただの近親憎悪です」
近親憎悪って……結構仲よさそうだったけど。
「ただの錯覚ですね」
思考に突っ込み入れるのやめて……。
「というわけで、くれぐれもよろしく」
「はいはい」
もう既に用事は済んでいたのか、中田君は綾小路さんにそう告げてから、図書室から出て行った。そして、その場に私と、綾小路さんが取り残される。
「それにしても……そっかぁ、あの優が」
綾小路さんは、一人でくすくすと笑っていた。けどすぐ私の視線に気づいて、
「それで、図書室に何か用?」
「あ、えっと、本を返しに……」
「はーい」
綾小路さんに応対してもらって、無事に本を返すことが出来た。これでほっと一安心。
「それで、牧野桜さん、だっけ? 桜さんって呼んでもいい? 私のことはあやめって呼んでくれていいから」
綾小路さん改めあやめさんの申し出に、私は戸惑いながらも頷いた。
「優のお友達ってことは、二年生だよね? 私も二年生なの。クラスは違うけど、仲良くしようね」
そうやって微笑み掛けてくれるあやめさん。……なんだか、とても社交的な人だな。
「でも、やっぱり優と仲良しなんて……桜さんって、凄いんだね」
「凄い……?」
どこが、だろうか? そう思っていると、あやめさんは大きく頷いた。
「だって、最近の優はお友達を増やさないようにしてるから。そんな優が仲良くするなんて、桜さんが凄いんだよ」
なんだか珍しく褒められているような気がして、慣れていないせいか、とてもむず痒い。
などと思っていたら、予鈴が鳴った。もう昼休みは終わりみたいだ。
「あ、もう授業が始まっちゃう。じゃあね」
「う、うん……」
あやめさんはそう言って、図書室を閉める準備をし出したので、私は教室に戻ることにした。