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一章 ~無礼講 親しいかはさておき礼儀あり~

 「ダイビングぷにぷに事件(森さん命名。何がぷにぷにかは知らない)」が落ち着いた頃、やっと部活が始まった。とはいえ、今日は新入部員歓迎会のようなものだが。

「えーでは、はじめましての方、久しぶりの方、あれ? こいつ誰だっけ? 的な方などさまざまですが、「第二十五回・文芸部による文芸部のための文芸部だけの歓迎会」を始めたいとぉ~思いまぁーす!」

 変なネーミングとイントネーションで司会をするのは、「ダイビングぷにぷに事件(しつこいようだけど、何がぷにぷにかは知らない)」を引き起こした張本人、文芸部現部長の森さんだ。フルネームは森美知子。正直、鬱陶しいだけが取り柄の人だ。普段はそれほどでもないのだが、こういう催し物だと特に酷い。

「それではぁ~我が部のホープ、期待の新人デビュー確定の中田優君ことゆーちゃんに開会のご挨拶ぅ!」

「……とりあえず、本名に「こと」をつけるのは止めて欲しいです」

 他にも突っ込む場所は沢山あったけど、とにかくそれだけは言っておいた。

「ではではぁ~お次はその親友にして体育会系文筆家志望のゆーちゃんどーぞぉー」

「そんなもんを目指した覚えはねえ!」

 その突っ込みだけで、西崎君の出番は終わり。このやり取りを見れば、文芸部がどんな場所か分かるはず。うん、僕も去年は、嫌というほど思い知らされた。

「他にも色々いるけどぱっとしないのが多いから、紹介は時間短縮のためにカットします」

 三年の先輩方は最早、突っ込むことさえしない。これが森さんクオリティー。周りが突っ込むのさえ面倒にさせてしまうある種の才能。

「それじゃあお次は新入部員のみんなぁー! 一人一人自己紹介よろしくぅ~!」

 ここでようやく、本日の主役に、その狂気(凶器)の目が向けられた。まあ、彼らも戸惑っていて、あまり見られたくないだろうだろうから、目を逸らしておこう。これも僕なりの、後輩に対する配慮だ。

 というわけで、目のやり場に困った僕は、牧野さんに視線を移してみる。

「え、えっと……」

 すると彼女は案の定、このノリについてこれず、オロオロしていた。まあ、去年も一回は出てたはずだから、一年生よりは免疫あると思うけど。

「そんじゃまあ自己紹介も一通り終わったところでぇ~! 恒例のお菓子タイムに突入だぁ~!」

 お菓子タイム、というのは、机に置いたお菓子(校則違反だけど森さんは平気で持ち込む)を全員に食べさせ、そこから話を膨らませるという、トークゲームの一種。ただし、基本的に誰かと話し出すと(森さんが)そっちに集中するので、最初の一人は犠牲者と呼ばれている。大概は(お菓子を食べたいという欲求)>(森さんと話す煩わしさ)の人が志願するけど、今回は特にいないみたいなので、新入部員が引っ掛かるのを待つことになるだろう。

 と思っていたのだが、何故か真っ先に牧野さんが手を伸ばした。しかも、よりによってたい焼きを。たい焼きは、食べ方によって性格が分かるという「たい焼き占い」の話を振られるので、志願者も滅多に手を出さないのに。―――そういえば、牧野さんはまともに出てきてないんだっけ。

「おぉ! さーちゃんはたい焼きかぁ~! たい焼きには「たい焼き占い」という由緒正しい性格判別法があって、旧ソ連でも実用されて傷んだよぉ!」

 それは嘘だ。何で旧ソ連にたい焼きがあるんだ。あったとしても「たい焼き占い」はやらないと思う。

「そらそらぁ~食いねぇ食いねぇ~!」

 可愛そうに。ああなると強引にでもたい焼き(統計的に言うと尻尾の可能性大)を咥えさせられてしまう。まあ、所詮はたい焼きなので害はないのだけど。

「ふぐっ……!」

 だけど、無理矢理たい焼きを押し込まれる牧野さんを見ているのが、ちょっと癪だった。なので、

「たい焼きの中身はカスタードが一番ですよね」

「何おうっ!」

 カスタードたい焼きの話を振った途端、森さんは牧野さんを解放して突っかかってきた。

「たい焼きの中身は餡子限定に決まっているだろうがっ! 宇宙の常識、いや、宇宙たい焼き法の第一条に定められたたい焼きの自己同一性なのだぞっ!」

「餡子は紅茶に合いません」

 いやまあ、割と何でも合うけれど。餡子はそれなりに万能だけど。でも、やっぱり餡子は日本茶が一番合うと思う。個人的な意見、というか偏見だから、(森さんでなくても)人によっては反発するだろう。それでも―――

「にゃにおうっ!」

 森さんの意識が僕に向いて、牧野さんが難を逃れたようなので、別にどうでもいいかと思う。



  ◇


 「第二十五回・文芸部による文芸部のための文芸部だけの歓迎会」が終わってから。

「ふぅ……」

 何とか森さんをうまくあしらえて、ほっと一息吐いていた。あれから僕は森さんと強烈なディベート(たい焼きの中身は餡子かカスタードかについての歴史的背景からのアプローチ)を繰り広げ、下校時刻までそれを引き伸ばすことに成功した。よって他の面々は、楽しくお菓子を食べて談笑していたが。

「え、えっと……その、ごめんね、中田君」

 そうしていたら、牧野さんが申し訳なさそうに謝ってきた。別に構わないのだけど、ちゃんとそうする辺り、結構律儀なのかも。

「別に、構いませんよ」

 まあ、とりあえず喉が痛いので、帰りに喉飴でも買って帰ろうか。いつも使っているスーパーにあるだろうから、夕食の買出しついでに調達するか。そんなことを考えながら、僕は一人家路に着いた。

「……あっ」

 そういえば、牧野さんにフォローするの忘れてた。また素っ気無い態度で返してしまったから、もしかしたら傷ついてるかも。

 とはいえ、今更戻る気にもなれず、僕は結局、スーパーに寄ってから帰るのだった。

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