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序章 ~不思議な人 空色の瞳~

 私の名前は牧野桜。北中学校の二年生。今日は二年生最初の日。つまり、一学期の始業式の日。私と同じ名前の、桜の花びらが舞い散っている。

 校内に入った私は、新しいクラスのメンバーが張り出してある用紙を見に、掲示板のところへ向かう。掲示板は昇降口にあって、学内行事関連の張り紙は全部ここにある。

 張り紙を見つけた私は、背伸びをして、そこに群がる生徒の向こうにあるそれを見つめた。私は結構背が高くて、(去年の身体測定で)162cmある。これのせいで嫌な思いもしたけれど、こういう時は役に立つ。ついでに視力も良くて更に助かる。

 私の名前は割と簡単に見つかった。名簿が二列になっていて、私の名前が丁度改行した直後の場所にあったからだ。私のクラスは三組。クラスは全部で六つだから、大体真ん中辺りだ。

 未だに生徒でごった返す昇降口を後にした私は、二年三組の教室に向かった。


 教室に入ると、中には既に十人ほどの生徒がいた。それぞれが他の子と談笑していて、教室の中は少し賑やかだった。

 黒板の張り紙を見て、自分の席に座る。特に親しい友達もいないので、先生が来るまで大人しくしていようと思う。

 と思ったのも束の間、教室が急に静まり返った。その理由は、入り口を見れば一目瞭然だった。丁度、川村君が教室に入ってきたのだ。川村君というのは、世間一般で言うところの不良だ。髪を脱色したり、制服のボタンを外したり、シャツを学校指定のカッターでなく、派手な色物を着るくらいの校則違反は当たり前。生徒や教師に暴力を振るうこともあって、みんなから怖がられている。去年もだったけど、今年も同じクラスだなんて、嫌だなぁ……。

 川村君は後ろのほうに目を向けると、その方向へ真っ直ぐ歩き出した。彼が向かう先にいたのは、これまた前も同じクラスだった西崎君。彼はちょっと訳があって、川村君に目をつけられている。しかも、運が悪いことに今は一人だった。

「よぉ西崎。また同じクラスだな。ヨロシク」

 川村君はそう言うと、西崎君の胸倉をつかんだ。

「新学期の挨拶にしては物騒じゃないか?」

「うるせえ。今日はまだ邪魔者もいないし、今のうちに、日頃の鬱憤を晴らさせてもらうぜ」

 川村君が拳を振り上げる。このままだと、西崎君は殴られる。だけど、誰もそれを止めようとしない。斯く言う私もその一人だ。下手に係わって、自分が目をつけられるのが怖い。だから、見て見ぬ振りをする。だけど、ここではそれが、もう一つの理由によって助長されている。何故なら―――

「すみませんね、邪魔者で」

 川村君の拳を掴む、綺麗な手。そしてそれの持ち主は、中世的な声で、皮肉めいた台詞を口にする。

「ちっ、中田かよ……」

 川村君は舌打ちしつつ、西崎君から手を離して、彼の手首を掴むその手を払った。

「彼は一応僕の親友なんですから、あまり手荒な真似をしないでください」

 払われた手の持ち主―――中田君は、感情の読み取りにくい表情で言った。茶色の髪に空色の瞳、透き通るような白い肌に、どちらかといえば女の子よりな顔立ち。男装した異国の少女だというのが専らの噂である彼は、この学校に存在する唯一の正義といってもいい。誰もが我が身を案じて知らん振りをする中で、彼だけは、必ず正しい行動をする。そう、今みたいに。

「けっ……」

 川村君は唾を吐き捨て、自分の席に着いた。対して中田君は、既に彼から興味を失くしたようで、西崎君と会話している。

「ったく、来るの遅いぞ、優」

「君が先に行ってしまっただけでしょうに。僕は予め忠告しておきましたし」

「そういう理屈ばっかり言ってるから、中学入ってから友達出来ないんだぜ」

「余計なお世話です」

 親友、と自分で言った西崎君と話す時さえ、中田君は感情を表に、特に表情には出さない。人に対して素っ気無い態度を取ったり、時々理屈っぽい正論を掲げるので、正義の割りにあまり好かれていない。しかし本人はそれを気にした風もなく、ただ正義であり続ける。そんな彼は、私にはとても眩しく見えていた。


 やがて教室に新しい担任の先生が来て、全員で体育館に移動となった。勿論、始業式に出るためだ。始業式はつつがなく終わり(因みに、川村君はサボっていた)、その後は教室で、細々としたことが話された。その細々としたことの中に、このクラスの室長を決めるというものがあった。とはいえ、室長など進んでやる人は少なくて、このクラスでは一人もいなかった。なので、誰かを推薦することとなったのだけど……。

「先生、牧野さんがいいと思います」

 何故か私が指名された。いや、理由は分かっている。私は背が高くて目立つから、こういう面倒ごとを押し付ける時、真っ先に名前を挙げられる。自分がそれを断れるほど、はっきり物を言えない性分であることも影響しているみたいだった。

「んじゃあ一人はそれでいいとして、後、男子一人」

 担任の先生は私に了解も取らず、勝手に決めてしまう。仮に尋ねられても断れないので、寧ろ時間短縮かもしれないけど……。

「はい、中田君がいいと思います」

 次に名前が挙がったのは、中田君だった。彼は真面目な優等生タイプで通っているので、私と同じくこういう仕事を押し付けられたりする。

「よし、それで決まりだな」

 私はちらりと、中田君の方を見てみた。けれど彼は、ただただ無表情だった。


「とんだ災難でしたね、お互い」

 放課後、私は中田君と話していた。別に大した話があったわけじゃなくて、ただ、これから一年間一緒に仕事をするのだからと、ちゃんと挨拶しようと思っただけだ。

「えっと……そう、ですね」

 私は彼に、若干言葉に詰まりながらそう返した。

「無理しなくていいですよ」

「えっ……?」

 突然、いつもの無表情で言われる。私が戸惑っていると、中田君は付け加えるように続けた。

「敬語、別に遣わなくていいですよ。僕は単にそういうキャラなんですから。尤も、あなたが敬語キャラなら構いませんが」

「あ、うん、ごめん……」

「謝らなくていいです。それより、」

 中田君は一呼吸置いて、

「僕には、必要以上に話しかけないで下さい」

 いきなり、拒絶とも取れる台詞を口にした。

「……」

 私がそれを理解できずにいると、彼もそれを察したのか、再び補足してくる。

「僕は色々と複雑な立場ですから、余計なことに巻き込まれないように、です」

 それでやっと、中田君が言いたかったことが分かった。彼は川村君と揉めたりするから、私が目をつけられないように配慮したんだ。けれども―――

「では、僕はこれで帰ります」

 まったくこちらを気遣う気配がしないのは、どうしてなんだろうか?

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