9:本気の意味
今日は雨。
地面を叩く音が激しく聞こえる。
天気予報では確立30%くらいだったんだけどな。
あの天気予報士は今頃どう思っているだろうかね。
「雨……か」
ぽつりと呟いたルゥは物悲しげで。
と言うのも大体予想はついていて,俺は憂鬱な気分だった。
死神は死ぬと雨になる。
つまりこの雨は死神なのだろう。
水蒸気がどうのこうのでって言う俺たちの理論は否定されているような気がするが,死神がいるだけでも現実離れだな。
「雨って好きにはなれないんですよね」
窓の横に立ち外を眺めているルゥはすでに制服。
寝るときは私服の中でも楽な姿で寝ていたが,俺が起きたときにはいつも制服に着替え終わっている。
早起きだねぇ。
通学路は晴れた日とは違い冷たい風が肌を直撃する。
傘を持つ手も悴み一苦労だ。
雨の勢いが増している。
「うっひゃぁ,濡れた濡れた。あの天気予報め」
俺たちが下駄箱に着いた頃後ろからヒロが飛んできた。
傘もささずに走ってくるお前が悪い。
大体,朝起きたときには振ってたんだから気づけ。
「まぁ気にするな。風邪を引くとしてもそれは俺だ」
それでうつされちゃたまんないから。
そんな会話をしている時にルゥの友達も下駄箱にやってきた。
名前なんだっけな……なんて言ったら駄目か?
「おやおや,嫉妬ですか? ゆ・う・く……」
ヒロが何か良くないことを言っていたので耳を引っ張った。
嫉妬って何だよ? なんで女子同士の会話に嫉妬なんだ?
それとお前にはそんな呼び名で呼ばれたかない。
恥ずかしいんだぞ。これでも。
「マジになるなっ,いたた……話せば分かる。少しでも分かり合おうじゃないか」
「断る」
こいつは……。
朝クラスでは制服のほとんどがびしょ濡れな生徒とそうでもない生徒に分かれる。
大抵が家の遠さとか土地的関係なのだが,傘をささない馬鹿も一名いるが。
「ほんと,ヒロっていつも俺たちと違うことするよね」
横の席にいた純も呆れ顔。
そういえば純が眼鏡をしている。
昨日はしてなかったのに。
「お前って目悪かったっけ? 」
眼鏡をかけ始めた人に言う言葉といえばこれが定番なんじゃないだろうか?
「あぁ,これね。まぁ見えないわけじゃないんだけど,一応ね」
眼鏡をかけた純は一言で表すと優等生,もしくは真面目君だ。
生徒会長的なキャラにも見えなくない。
制服の着こなしも完璧だ。
その日の授業は雨の降り続く中静かに行われた。
雨の日っていうのは知らぬうちにテンションが下がってしまうもので,俺もいつもよりはおとなしいんじゃないかなと我ながら思う。
しかしこの静寂も次の時間には終わるであろう。
次は体育だ。
雨なので体育館だが,うちのクラスの男子郡はこの時間にはハイテンション。
俺は運動音痴なので大活躍は出来ないんだけどね。
で,想像通り体育前の休み時間のテンションときたら。
まるで世界に平和が訪れたかのような。
そんな勢い。
そんな男子を横目に女子は更衣室へ移動する。
で,女子がいなくなった後のトークは酷い。
「おい,松野ぉ〜」
今まで雄二とか呼んできたヒロが何故か苗字で俺のことを呼ぶ。
っても,これはお決まりのパターン。
あいつが俺を苗字で呼ぶときは何か考えている。
本人は気づいていないようだが,俺にはバレバレだぜ?
で,何だよ。
「ルゥちゃんってあんな体なのに胸だっ……!?」
とりあえず殴っておきました。
こいつの脳内のピンク色を違う色に変えてやりたい。
ってか,それを俺に言うな俺に。
「でも雄二ってすごい松野さんになつかれてるような気がするよ? やっぱり……」
黙れ,そこの優等生眼鏡。
なつかれてるかもしれないけど。
「いやぁ,あの体から一体どんな……がぁっ」
再び殴っておきました。
一発目を喰らっておとなしくなったかのように見えたヒロはすぐに回復していた。
その回復力ならルゥと並べるんじゃないか?
ただルゥの回復は正真正銘本物だぜ。
そんな会話をしている間に俺たちは体育館に。
体育館は男女合同で半分に分けて使う。
まぁ,それなりに広いんだな。これでも。
今日はバスケか……。
自慢じゃないが俺はあの憎きかごの中にこの球を入れられたことは無い。
本当に無い。
そんな俺とは大違いな女子側の英雄は早くも歓声を浴びていた。
「す……凄過ぎだろ」
男子も思わず見入ってしまう視線の先には紺色の髪を靡かせ華麗にシュートをしている少女。
ボールを巧みに操り,相手のディフェンスを嘲笑うようにすり抜けシュート。
その速さは女子はおろか男子でも止められないんじゃないかと思われるほど。
……さすがは紺碧,なのか?
試合が終わったとき,女子側の得点差が40点を超えていて容赦ないなと数人が呟いた。
俺もその中の一人だが。
体育が終わると男子は再び教室,女子は更衣室へと。
そしてここでもヒロという魔物が覚醒するのだ。毎回。
「ルゥちゃん凄いよなぁ。あのむぬぇ……」
本日三度目。
今回は力を強めて拳を放ってしまった。
いい加減にしなさい。いい加減に。
「でもあれは凄いよね。相手チームの女子なんか戦意喪失だし。雄二も少し教えてもらったらどう? 」
お黙りなさい。優等眼鏡。
お前のあだ名これにするぞ?
やたら眼鏡が似合うキャラだなお前。
で,ふとルゥの眼鏡姿が浮かんだ俺は負けか?
授業が終わる頃。
雨はやんでいて雲の隙間からは太陽が顔をのぞかせていた。
よっ,久しぶり。
そんな言葉が頭をよぎる。
関係ないが俺の中学の先生の名前は太陽だった。
太陽なのに陰気だったけどな。
「雨止みましたねぇ」
後ろから話しかけられ俺はその声のほうへと振り向く。
そこにいたのは体育でも勉強でも一流な少女。
で,何か様子がおかしい。
俺の目線の下にわざわざ潜り込むかのように顔を近づけ下から俺を見てくる。
これを上目遣いって言うんだっけ?
「あれ……こうじゃなかったっけかな? うんしょっ」
徐々に上目遣いから何か違う視線に変わっている。
正直怖い。
もうすぐ白目ですよ。
かわいい顔が台無しに……。
「上手くいかないなぁ……魔法」
魔法っ?
どんな魔法だ?
誰が吹き込んだ?
「えっと,裕樹君が言うにはこれで雄二もイチコロだぜって」
ヒロか。よし,あいつには俺の鎌を……。
出し方だって覚えてるぞ。右手を胸に,目を閉じ鎌を念じて胸から右手を離す。
こんな所では出せないけど。
俺はルゥを元の体勢に戻しヒロの元へ。
こいつは……。
「なぁにがイチコロだ! 」
悪びれた様子の無いヒロは苦笑いしながらも本心では大爆笑。そんな感じだろう。
「まぁまぁ,可愛いルゥちゃんの上目遣いが見れたんだからいいじゃねぇかよ。代わりに俺が見たいぜ」
まぁあれは可愛かった……じゃなくてだなぁ。
「お前も罪深き男だ」
いきなり真面目な顔に変形したヒロの顔。
もはやこいつの顔は真面目な顔は出来ない物かと思ってたぞ。
しっかしセリフは良く分からないが。
「何話してんのよ? 」
と,あまり良くないタイミングで現れた恵美。
今日は鉛のような平手打ちが無かっただけ良かったか。
「それが雄二がルゥちゃんの上目遣いで見事ノックダウン」
「されてねぇだろうが」
反射的に答えたが,こうでもして止めておかなければこいつはろくな事を言わない。
で,恵美の目が怖い。
「ふぅぅん……上目遣い……わっ私だってそれぐらいっ」
は?
なんで恵美は慌ててるんだ?
とにかく俺には状況がつかめないまま恵美が俺を睨み付ける。
上目遣いのつもりなのかもしれないが,俺の知ってる言葉で一番近いのは睨むだ。
上目遣いのようにやさしく俺を見るのではなくただ下から睨んでいるだけ。
もう止めて下さい。
「なっ何よ! 」
馬鹿やろ!
それだけ言い残し恵美は自分の席へ。
正直怖いぜ。あの睨みは。
放課後,すっかり雨は止み傘をさす必要は無かった。
所々に出来た水溜りが太陽の光を反射している。
「ヒロのいう事は真に受けなくて良いんだからな」
帰り道,横にいるルゥは未だに上目遣いの練習。
最近は聖人も襲いに来ないから平和だ。
「せっかく私も本気で戦えるのに」
で,その後にも何か言葉を続けようとしていたようだがそこで沈黙。
俺にもその沈黙の理由が分かった。
少しだけど空気が張り詰めているような感覚がする。
俺の肌が何かを感じている。
この感じ。
「ゆうくん,来ますよ」
分かってるさ。
日常から一気にかけ離れた空間に一瞬で移動した。
さっきまで見ていた下校中の光景からは人が全て消え,目の前に広がるのは一面紫色の空間。
亜空間だ。
久々だな。この空間。
そんなことを考えている場合じゃない事もわかっていたが。
「紺碧の名にかけて!! 」
マントを羽織り翼を生やしたルゥ。
久しぶりに見た彼女のこの姿は死神。
そんな彼女から目を離し上空を見上げるとそこから降りてきたのは今までの聖人のような姿ではなく,俺たちと変わらない人間のような姿だった。
その男は地に足を着けるとゆっくりと口を開いた。
「私は霍乱のキョウツ。そろそろそこのカップを回収しないとまずいんでね。俺たち聖人がやられちまうって聖人界じゃ大騒ぎさ」
長身で白いオーバーコート。
手には短剣を二本。
と,ルゥが鎌を構え言い放った。
「あなたが出てくるほどとは,聖人側もお焦りのようで。悪いですが貴方には彼に触れる前に消えていただきます」
あ……れ?
ルゥの口調にいつものような弱弱しさは無く芯の強くしっかりとした声になっていた。
そういえば本気だと少し性格が変わるとかいってたな。
自信が溢れるとでもいう事だろうか?
目の前のルゥは今までよりも何倍も頼もしく見えた。
「言葉通りにならぬ事などいくらでもある。私は紺碧を倒しカップを捕らえる。それしか目的は無い」
その時俺はこの光景が信じられなかった。
そいつが放った攻撃は無数の雷撃を俺に向けて放つたものだろう。
しかしその攻撃は全て俺に届く前に無効化された。
ただルゥがその無数の雷撃に鎌を振っただけで。
ルゥが鎌を振ったときに突風が吹いたが,ルゥはそこに平然と立っていた。
その突風で相手はそこに立っているだけで精一杯。
何故か俺は風がきてもそれによって揺らぐ事はなかった。
「なっ……」
相手は自分の攻撃が容易く無効化されたことに対する動揺を隠せない様子。
「貴方じゃ勝てませんよ。私はゆうくんを守る。そう決めたのだから」
その時俺は感じ取った。
これがルゥの,紺碧の本気なのだと。