7:友達
俺は松野 雄二。
どういうわけか俺は聖人とかいう奴らに狙われていて,死神のルゥに成り行きで守ってもらっている。
信じられない話ではあるが聖人と死神の間で戦争が起きていて20日くらいで戦争は終わるらしい。
どういう計算なのかは知らないが,そうすれば聖人に俺が狙われる心配もなし。
これだけ早く時間が経って欲しいのはゲームの発売日を待つとき以来だ。
毎日危険な状況にいるのはどうかと思うしな。
しかもどういうわけか最近聖人が襲ってこない。
この前の化け物が襲いに来てから音沙汰なしと来たもんだ。
クラスメートの結は本当に転校したことになっていて,行き先はシンガポール。
何故に,どうしてシンガポールなのかは知らないが。
幸いハーフだったのでクラスの誰も変には思わなかった。
シンガポールっていう単語に首をかしげる物はいたがね。
ルゥはクラスにはすっかり馴染んでいるし,俺も純やヒロ,恵美と平凡な日常を過ごしていた。
いや,正確には恵美の様子は多少変だったけど。
「……」
いつもなら快活な恵美がここ最近は窓の外を見ながらぼけ〜っとしている。
あり得ない。今までの恵美を見ていて休み時間に机から一回も立たないことは珍しい。
ってか無いんじゃないか? そんな事。
「あのぉ……大丈夫でしょうか……ねぇ? 」
「へぇ? あぁ,うん! どうしたぁ? 」
こんな感じ。
いつもだったら。
なぁにが大丈夫でしょうかねぇだか!?
とか言われるのがオチなんだけど。
この前ルゥを探してたときに会って以来元気が無い。
あの時出かけてたし何かあったのかな?
「何か不思議でかつ非日常的な出来事でも発生ですか? 」
後ろの席からルゥが話しかけてきたとき,俺は窓の外ばかり眺めている恵美の真似をして外を眺めていた。
特に変わったことなし。
窓の外ではすっきりと澄み切った空が展開されている。
ただただぼぅっとしているだけだな,ありゃ。
「なぁんか恵美の様子が変なんだよね。まぁ……勘違いなのかも」
そういうとルゥは何か今までに見たことの無いような複雑な表情をしてぼそっと
「小林……恵美」
っ? はい?
何かルゥから不思議な不思議なオーラが出ていた気がする。
何でなんだろう? これまた気のせいか?
あのぉ?
「新しい鎌で……? あ,どうしましたっけか? 」
ルゥは何か危ない考えをしてなかったか?
確かに鎌ってワードが声に出てたような気がする。
気にしたら負けか?
というかルゥってこういうキャラだったっけか?
再び休み時間。
先ほどのルゥは何だったのか。
と、それは置いておいて恵美だ。
純にもとりあえず,意見を聞いてみるか。
「なぁ,何だか恵美がおかしい様な気がするんだ。最近」
純は目を見開いて口をぽかんと開けている。
その後徐々に目を細めて俺を見てきた。
更に俺の視界の中にヒロも入ってきて話題に入ってくる。
「お前はさぁ,馬鹿だ」
こいつに馬鹿と言われるのは幼稚園児に罵倒されるのと同じくらい屈辱だ。
なんでさっきの質問から馬鹿と呼ばれなきゃいけないんだ?
それでいてこの二人はなぜ納得しているんだ?
俺の質問の仕方がそこまで馬鹿げていたか?
結局何だったのか分からないまま昼休み。
俺は弁当持ちではないために学食を利用するんだが,ぶっちゃけクラスの9割は学食。
混雑必須。
案の定,座席はすぐに埋まってしまうのがその日はルゥの横が空いていた。
というか,毎回ルゥの横が空いてるんだよな。なんでだか?
「あ,ゆうくんっ!! 」
この反応も覚えた。
あ,と言うか毎日席取っておいてくれてるような感じだよな。
「今日はカレ〜〜ぇ! 」
子供みたいなのは相変わらず。
スプーンを両手に持ってこぼれんばかりの笑顔。
こんな笑顔を見てると聖人が襲って来ていた頃が夢のようだ。
最近全然出てこないから俺も少し記憶から薄れてきている。
このまま戦争が終わりさえすれば平和なのにな。
「ゆぅ〜くんっ? 」
ルゥのほうを向くとにこにこした笑顔でカレーすでに完食。
俺,ラーメン未だ手付かず。
「食べないなら……貰っちゃうぞぉっ」
そう言って俺のラーメンをスナイパーのように狙っている。
食べたいんですか?
うちでの夜食や朝食って足りてない?
「いえいえ,朝食に夜食,本当にいつもありがとうございます。今頃ゆうくんにお食事貰ってなかったら死神なのに死んじゃってます」
死神が死ぬって変だな。
死神が死ぬと雨になるんだっけ?
ちなみに学食代は俺の財布から。
本人には言わないが,毎日ってのは少しこたえる。
「え〜っと,このお昼もどのような感謝の言葉の並びを選択すればいいか……」
感づいたのかな?
でもこれまで助けて貰った経緯を考えれば安すぎるよな。
これでもルゥがぼろぼろになってまでも俺を助けてくれたのは覚えている。
「とにかく本当にありがとうございます」
どういたしまして。
で,その後の休み時間。
俺は純とヒロに拉致られた。
トイレに。
で,第一声。
「お前は松野さんとどういう関係なんだ? 」
松野さん?
あぁルゥね。俺も松野だし,少し困惑するよな。
で,関係?
「関係って……」
”一緒の家に住んでます”
魔法をかけられても言えないな。
”彼女は死神で俺を守ってくれているんだ”
……こりゃ駄目だ。
”宿命のライバルだ”
俺のアホ。
「関係って,友達だよ」
結局こういう普通の返事しか浮かばない物で。
しかもこういう返事は信じてもらえないほうが確率的に上だ。
「友達にしては……」
そこで口を動かすのをやめたヒロの言葉に続くように純が
「俺たちが何かと突っ込むのもどうかと思うけどさ,友達だってんなら誤解は解いておいたほうがいいんじゃないか? 」
誤解?
お前らって何か誤解してたのか?
というか,なんで俺尋問されてるんだ?
「お前って鈍いよな。やっぱ」
「こいつ,駄目だ」
そう言い捨てて二人は歩いていってしまった。
俺,何か悪いことしてる?
「恵美もその言葉を待ってるんじゃないの〜」
悪戯っぽく純が去り際に言った言葉は何か俺の心に引っかかった。
恵美にその言葉?
はて?
で,二人を追うように教室へ。
恵美は……教室で机に座ってじっと窓の外を見ている。
さっきの二人は隅っこに立っていて,ルゥは女子と何か会話している。
照れているような顔に見えるのは気のせいか?
で,恵美にその言葉なんだよな?
その言葉? どの言葉?
「恵美」
とりあえず呼んでみた。
まぁこの恵美の憂鬱気分もこっちのテンションが狂うしな。
「え? あっ,雄二。どうした? 」
とりあえずいつもより反応が鈍い気がする。
で,何て言えばいいんだっけか?
「俺は誤解を解くべきである友達だ」
自分で何を言ったか分からない状況。
英語を無理矢理日本語翻訳したような感じだ。
「っ……はぁ? 」
恵美の顔が呆れたような顔になった。
スマン。
俺も多分こんなこと言われたら呆れるな。
自分で言ったんだが。
「あ〜忘れてくれ。で,最近元気ないけどどうしたんだ? 」
もう普通に聞こう。
「なんか窓の外見てたりで,いつもの恵美らしくないような」
思ったとおりのことを言うほうが楽だ。
教室のざわめきの中恵美の声はいつもより小さく聞こえた。
「一つ聞いていい? 」
あ,どうぞどうぞ。
「松野さん……いつも雄二と一緒だし,仲良いし,苗字同じだし,そのせいなのか知らないけどゆうくんなんてあだ名で呼ばれてるし,学食ではいつも隣だし」
語尾が強くなっている。
なんか元気になってきているような。
っで,またルゥの話題か。
そういやさっきあの二人もルゥについて話してたんだった。
俺の記憶力ってどうなってるんだ?
「髪は紺色できれいだし……しかもこの前会った時も松野さんどこって聞いてくるし!! 」
一気に元気を回復した,というか何故か怒りゲージマックスになった恵美は机に両手をついて立ち上がった。叫びながら。
クラスが静まる。
なんて言えば良いんだったっけ?えっと,あ〜そうだ。
「友達っ!!!!! 」
俺が脳裏に浮かんだ言葉を咄嗟に発すると恵美の表情が少し和らいだ。
「ルゥは友達で特にすごい関係とかデラックスな関係じゃないから」
さっきの二人の言いたいことは分かった。
やっと分かった。
友達って言えば良かったんだな。
理由は知らないけど。
「と……なぁんだよ! この馬鹿雄二っ! 本当? 」
睨まれている様な。
「イエス」
いつもの鉛平手打ちを喰らった。
懐かしい感触だ。
これは元気になったってことでいいのかな?
「そっかそっか,あ〜もうくっそ〜。よっし,明日からも頑張るぞっ! 」
元気だ。
いつも通りの恵美,復活。
まぁ,よく分からないんだけど良かった。
で,一件落着で席に着く。
ルゥと友達って言えば良かったって言う理由がよく分からないが。
友達が一緒に住んでるっていうのは凄いな。
で,後ろから突かれる。
ちょんちょんと小さな指で。
振り向くとそこには何か言いたげな,考えてるようなルゥの顔があった。
また耐性の印でも?
「小林 恵美さんとはどういう関係なんですかっ!? 」
小さな声で,何故か……威圧されているような気もしたんだが,とにかく聞かれた。
恵美との関係?
どっかで聞いたような?
あ,さっきはルゥとの関係だったな。
で,どういう関係って……。
「友達だよ? 」
うん。友達だ。
それでルゥは黙ってしまった。
何か考えている。絶対この顔は何か考えている。
「今日は絶対一緒に帰りましょうね! ねぇ! 」
乗り出してきた。今日は,というかほとんど一緒に帰ってますけど。
放課後,恵美は元気になった。
純とヒロはもともといつも通りで,今日も部活に予備校。
本当に忙しいね。あいつらも。
俺は俺でいつ襲われるか分からないっていう恐怖があるんだが。
で,俺を守ってくれる役割のルゥは帰り道,何かを聞きたいけどどうしようか悩んでいるような表情を維持していた。
「なんか聞きたいことある? 」
耐え切れなくなった俺がそう聞いてみるとルゥはびくっと反応して俺のほうを見て立ち止まった。
で,何かを決意したような顔をして
「あの,小林 恵美さんは友達なんですよね? 」
そのことか。
まぁ大体予想済みだったが。
「うん。友達」
「私は? 」
「へ……? 」
何となく不意をつかれた。
「私はゆうくんにとってどういう関係ですか? 」
真面目な顔だ。本当に。
ルゥは俺にとって?
どんな関係か?
「小林 恵美には友達って言ってましたけど,あれは本当なんですか? 」
え?
あぁ,そういえば言った。
聞いてたのか。
本当かって……。
「私は,ゆうくんを大切に思ってますし,大切に思われたいんです!!! 」
「あ……うん」
とりあえず口に出た相槌。
そりゃルゥは大切だ。
俺の事を守ってくれるし。
一瞬のようで長い沈黙の後ルゥは俺の腕を掴んで
「渡しませんからね」
とだけ言うといつもの笑顔に戻った。
とりあえずこの状況を俺にわかる適切な日本語で説明できる人大募集だ。
自給も500円くらいなら出してもいい。
……安いか。
「そういえば」
その一言でルゥの顔から笑みが消える。
まだ何か……?
「鎌が新しくなってからまだ一度も使ってない……誰か手ごろなのを……なんちゃって」
ごめんなさい。
今本気で怖かったです。
「冗談ですってば。もう」
笑いながら俺の腕をひき,てくてく歩いていく。
この子が死神だっていう事が未だに信じられないが,分かってはいる。
本当に,不思議なもんだよ。
ルゥは死神、いや,友達以上の何かにもうなっているんだから。俺の中で。