6:敗北、陰陽
俺の部屋から一瞬で森林に変わったこの空間は居心地悪く,その空間の上空にある穴から出てきた生物は虎でも熊でも馬でもなんでもない,が何かと聞かれても答えられない大きな獣だった。
オレンジ色の体毛で羽が生えていてコアラのような体の巨大化したもの。
俺の知っている物で当てはめるとそんな物だ。
で,そいつが上空から降りてくるのを待たずにルゥはそいつ目掛けて飛んでいった。
……たぶん。
俺の目では追えない速度で,ただ残像と飛んでいく音が聞こえただけ。
まぁこんな化け物はこの前のように瞬殺していただいて,早く家に帰りたい。
この空間はどうしても好きになれないんでね。
と油断している間に鈍い打撃音がした。
そして俺が立っている場所のちょうど横に何かが飛んできた。
とは言っても化け物は何事も無かったかのようにゆっくりと地面に降り立った。
って……
「おっ,おい!!! 」
あまりのことに気が動転してきた。
今まで無敗だったルゥが今日だけで2回やられてる。
それに一回目はルゥのボスであって,敵ってか聖人じゃない。
あぁ,何だかさっぱり分からなくなってきた。
「今のは……耐氷の印……? 」
耐氷?
つまり氷の攻撃が効かない?
「私の攻撃は全部氷属性なの。ムーン・ソルバルケはそもそも氷の武器で私……この武器しか持ってないんです」
あれ?
それってもしかして
「……」
ルゥは黙って俯いたまま鎌を握ってる。
が,その空間に響く重低音,さっきの化け物の足音。
俺もルゥみたいに戦えればいいんだが,無理……だよな?
「……絶対守ります」
俺がその化け物が近づいてくるのを見ていると横にいたルゥが一瞬でその化け物へ飛んでいった。
ルゥが振る鎌が化け物に当たる前に化け物の前に文字列が浮かび鎌を包んでその動きを止めてしまった。
そして化け物が思いっきり右腕を振り上げルゥを叩こうとしている。
「危ないっ! 」
その声を言い終える前にルゥはすばやい動きでその攻撃をかわし,後ろに回りこんで……。
俺がルゥの動きを追っている間に化け物はルゥを無視して俺の目の前まで一瞬で移動していた。
あまりの恐怖で体が動かない。
ルゥの声も微かにしか聞こえない。
俺……もう駄目なのか?
俺の目の前にいる化け物は大きな口を開けそこから炎を……。
炎?
俺の視界が一瞬だけ赤くなりすぐにその化け物の顔が現れた。
俺は耐火の印を持ってるからこいつの攻撃は効かない?
「これならいけ……」
これならいける。
そう思ったんだが,そうじゃなかったかもしれない。
その化け物は俺に殴りかかってきた。
本当に間一髪でかわしたが,俺が元いた場所は地面がめり込んでいる。
絶対当たったら死ぬ。
でも……ルゥは今のをもう一発くらってるんだよな。
それなのに,俺を守ろうとして……。
「ゆうくんっ!! 」
猛スピードで飛んできたルゥは俺に飛びついてきた。
「ごめんなさいっ……」
いや,そんな謝らなくても。
俺はこうして無事なんだし,それよりも敵,敵っ!!
「今の私じゃ勝てません……だからゆうくんだけでもここから逃がさなきゃ……」
逃がす?
そんな,ルゥを置いていくなんて出来ないだろ。
大体,ルゥは伝説の血を受け継いだ紺碧なんだろ?
こんな化け物……。
「悔しいけど……わ,私ゆうくんに会えて本当に」
そこで俺の耳にルゥの声は聞こえなくなった。
と言うよりも他の大きな音でルゥの声が聞こえなかった。
ルゥのすぐ後ろにいた化け物は砂のようになって溶けてしまっていて。
そしてそこには見たことのある少女が立っていた。
「……結……だよな? 」
そこにいたのは俺のクラスの病弱娘,ポーラ・結。
「あれ? 」
ルゥは化け物がいなくなり代わりにそこに立っている少女を見て驚いていた。
というか俺も驚いているんだが。
俺が知っている病弱な結はそこにはいなく,いるのは凛々しい少女だった。
それもシャツに短パン。
なんだか普通の人間だな。
「あなたは陰陽の影のポーラですよね? 」
って?
知り合い?
というかもうクラスで会ってるよね?
「そう。でもこの程度の敵なら属性転換を使って戦えば赤子同然」
く,口調すら違う。
いつもの結はなんか
「ご理解いただけましたか? 」
的なお淑やかキャラだったのに。
「クラスにいたときはまさか陰陽の影だとは……」
どうなってるんだか。
「雄二」
はっ,はいぃ!!?
今まで雄二君なり松野君と呼ばれていたのにいきなり呼び捨てで呼ばれました。
なんか結なんだけど結じゃないような。
「私は聖人,死神,どちらの味方にもつかずにこの世界への影響を減らしている。別にあなた方に干渉するわけでもないし守ろうとしたわけでもないけど違反は許さない」
もうキャラが変わりすぎて誰だかわからない結が言う言葉もイマイチ理解できない。
違反って何だ?
「聖人側が送り込んできた今の化け物は合成生物。合成生物は違法の産物」
あいつは違法生物だったのか。
とは言ってもあんな奴が俺の事狙ってるのかよ。
「私はこれを死神界の上層部に報告する。それによって戦争の早期終了を願う。そして」
結は宙に右手を掲げ宙に白い光を放った。
って,眩しいぞ。
その眩しさがなくなり始めたときに結の手には鎌が握られていた。
大きさは今のルゥの鎌より一回りほど小さく,色は黒と濃い青で妖しい光を放っていた。
「これは無属性の鎌。さっきのように耐性がある敵にも攻撃は通る。重さは98ポンド,直径176センチ」
どこから出したんだよ。ルゥみたいにブレスレットは使ってないし。
「空気中の歪みを使用した圧縮タイプの保存領域。その鎌はあなたに」
そういうと結はその鎌をぽんっとルゥに投げ渡した。
って,98ポンドって40キロくらいだっけか? もっと上か?
結は軽く持ってたし,それを渡されたルゥも片手で軽々と受け取ってるし。
「えっ? あっありがとうございま……」
「私はひとまずあっちの世界に帰る。学校は転校した事にしておく」
なんか淡々と語ってるな。
「この空間は戻しておく」
用件だけで終わる会話だな。
そう思っていると森林だった世界は一瞬で俺の部屋になった。
さっきと違うのはルゥが持ってる鎌と結がいること。
「最後に」
今までに顔色一つ変えないで話していた結が少し口元を歪ませ発した言葉。
「その鎌のカラーコーディネートは私。名前はリア・マティ」
そう言うと結は消えてしまった。
結局,何なんだよ。
俺の部屋に異常は無さそうだし。
「陰陽なんてはじめて見た……」
陰陽,か。
結がねぇ。
そういえば結ってどうやってあの化け物倒したんだ?
武器なんか持ってなかったし。
「陰陽は戦い方も何も詳しく分からないんです。ただ分かるのは聖人の味方でも死神の味方でもなくて中立の立場。戦闘能力は聖人側,死神側のボス並みだと言われています」
俺たちのクラスにそんなのがいたなんてね。
休みがちだったのは病気とかじゃなくて何か他の用事があったからなんじゃないかな。
ところで
「その鎌重くないの? 」
片手で持ってるけどそれって98ポンドって言ってたよな。
「ちょうどいい感じですよ。いい色合いだし,無属性の武器だし,ゆうくんより軽いし」
そういえば初対面のとき俺のことを抱きかかえてくれたんだよな。
重そうなそぶりは見せてないし,力持ちだなぁ。
腕すごい細いのに。
「無属性か……いいなぁ,早く使いたいなぁ」
ここで使わないで下さいね。俺の部屋が一瞬で真っ二つになっちまう。
無属性ってそんなに凄いのか?
「無属性はどんな耐性でもはじき返せない万能型の武器で,滅多に手に入れられるような物じゃないんです。相手属性の弱点はつけないんですけどね」
つまりさっきみたいな化け物が出てきてもはじかれる様な事は無いのか。
何かゲーム感覚だな。
「う〜ん,早く使いたい……」
ルゥの目は輝いてキラキラしている。
ベッドに腰掛け鎌を眺めているルゥは子供のように見える。
「あ,でも凄いデータ量……」
そういえばルゥがいつも鎌をしまっているブレスレットにも容量が決まってるんだよな。
要するにメモリーカードみたいなもん。
「これじゃあ全部入らないなぁ……でもこの鎌の曲線が……」
ブレスレットを見て悩むような顔をしながら鎌をまわしている。
危ないなんて多分思ってないな。
なんか俺の事含め周りが何も見えてないような。
すっかり自分の世界だ。
どうにかしなきゃ。
「あっああああああのさぁ!? 」
いつもより大きめにかつ親に気づかれない程度に声を出しルゥを現実に呼び戻す。
「この先端の……っえ? あ,はいっ!!何ですか? 何でしょう? 」
完全に自分の世界だったな。
ん,で用件は何にしようか。
俺がそんなことを悩んでいるとルゥは不思議そうに首をかしげている。
「あのさぁ」
とりあえず思いついたことを言葉にしてみた。
「ルゥが使ってた昔の鎌……えっと,むーんばそるんけ? 」
「ムーン・ソルバルケです……よね? 」
あ,そうそう。
俺名前覚えるの苦手だなぁ。
そういえばルゥの名前も長かったよな。
覚えてないなんて言ったら怒られそうだな。
「その鎌って俺じゃあ使えないのかな? 」
ルゥがその新しい鎌を使うなら昔の鎌はいらないんだよな。
そうすれば容量も減ってブレスレットにその鎌収納できるんじゃ?
「う〜ん……ゆうくんに使ってもらえるなら嬉しいんだけど,初級の鎌じゃないからそこそこの力が必要だと思うんですよね……」
そういいながらルゥが昔使っていた鎌がブレスレットから出てきた。
この前持たせてもらったときも感じたが,重量感があって,重いその鎌。
「あ,これならリア・マティが収納できる分の容量が空きますね。ムーン・ソルバルケをゆうくんが使えるといいんだけど」
が,渡されたその鎌は十分すぎる重さで振り回せそうにも無かった。
使え……無いかも。
この前で気づいてはいたが,やっぱ重過ぎる。
「ですよね。でも,持っていて貰えるなら嬉しいんですけど。容量も空くし,ゆうくんが私の物を持っているっていうのも……」
そこで黙ってしまった。
俺が持っていると何か防衛効果が出るとか?
「とっ,とにかく嫌じゃなければ持っていてください。私の使い古しですが」
そりゃ嫌じゃないですよ。
いざとなったら火事場の馬鹿力でぶんぶん振り回せるかもしれないし。
って,これ持ち歩くのは無理だろ!?
「あ,ゆうくんはカップ,いえ人間ですから自らに収納できますよ。あ〜えっと人間は容量を持っているって説明しましたよね。それでその容量は自由に使えるんですよ」
今までの人生,ってか地球が始まって以来そんな話はニュースでも聞いてないぞ。
ん〜まぁ,死神とかも一切ニュースになってないか。
「使い方は簡単なんですよ。右手を自分の胸に当てて目を閉じ,出したい物を念じながら右手を胸から離すんです。あ,この時目を開けても大丈夫ですよ」
随分と簡単に言いますねぇ。
あれ? それって出し方じゃ?
収納の仕方は?
「あ,そっか,すいません。収納も簡単で左手にしまいたい物を持って右手を胸に当て,舌を軽く噛んで下さい。軽くで良いんですよ。軽く」
そんなことで出来るのか?
それだったら今までに誰かが偶然にもしまっちゃったなんて事はないのか?
「それはありえませんよ。だってそれが出来るのはこうやって死神,もしくは聖人にやり方を聞いた場合のみですから」
じゃあ俺はもう出来るのか。
どれどれ,左手に鎌を持って……重いっ。
それで右手を胸に当てて舌を軽く噛むっと。
そうすると一瞬で鎌は消えた。
これって……本当に俺の中に鎌が入ってるってことか?
「はい。ゆうくんは容量が大きいからいっぱい物を入れられますよ。あ,でも入れ過ぎると整理がつかなくなりますから気をつけてくださいね」
なるほどね。
じゃああんまり無駄に入れ込まないほうがいいな。
邪魔な物全部入れちまうかとも思ったけど。
「こらこらっ。それじゃあもう一回出してみましょうか」
よしっ,えっと右手を胸に当てて,目を閉じて……鎌を想像,それで右手を胸から離すっと。
すると離した右手には鎌が握られていた。
っ,重い……。
「わぁ,凄い! これでゆうくんもいざとなったら鎌を出せますね。私みたいにブレスレットもいらないから便利ですし,いいなぁ」
便利なのか?
ルゥみたいに戦えるほうが俺は嬉しいんだけどな。
守られてばっかりでもなんか……な。
「大丈夫ですって! 今度こそ私がゆうくんを守ります。このリア・マティで! 」
戦えない俺じゃ足手まといだし,任せるしかないか。
よろしくお願いします。
「ふふ,こちらこそ」
俺も戦えたらいいんだけどな。
それよりも今は俺が聖人にやられないようにしなきゃな。