2:聖と死
昨日は散々だった。
何がって,分かるだろうがいきなり変な夢,そして天使……聖人だっけか? それとルゥと名乗る死神。
あの後ルゥは用意があると言ってどこかへ行ってしまった。
俺は結局一睡もしていないので意識朦朧の中,渋々高校へ。
昨日夢でも着ていた制服を着て歩く通学路には春の風が吹き抜けている。
「よぉ! 」
見慣れた姿が目の前にいる。
中学からの腐れ縁でここまで一緒に来たが,なんだかんだで一番の友である純。
「どぉした? お前寝たかぁ? 」
お察しの通り寝てません。いや,あの出来事までは寝てたか。
「なぁ,お前天使と死神だったらどっちが味方だと思う? 」
どうせだから想いをぶつけてみる。
まぁ,話題にでもなるだろう。
「は? ……お前は熱がある。きっとあるぞ。天使と死神って,天使のほうがいいだろ? フツー」
だよな。
新しい気分で待ち受ける事も特になく,今まで見慣れたクラスメートに俺は迎えられた。
そして担任の岡田がいつも通り暑苦しい顔で入ってきた。
「ほらほら,席つけ〜。いいから席つけ!! 今日は重要な発表すんぞ」
重要ねぇ。
今までの経緯からだが岡田のいう重要は大した事無い。
高1から今までで一番重要だったのは学食のメニューが増えたことぐらいだ。
「ほら黙れっ。あ〜転校生だぞ。転校生」
何っ?
転校生といえばある意味で一大イベントだ。
このクラスの活力剤になるかもしれない。
周りが騒がしくなりだし,いよいよその転校生が教室のドアを静かに開ける。
その少女は紺色の髪をなびかせ微笑みながら教室に入ってきた。
昨日,ビルに囲まれた空間で落下していた俺を抱きかかえて助けてくれた少女。
もう名前も知ってる。
「はじめまして。松野 ルゥです。よろしくお願いしまぁす」
……ちょ,松野って。
俺と同じかよ。
いやそれより,なんでここにいて制服を着ていて転校生なんだ?
「お前と苗字一緒だな。で,お前も唖然としすぎ」
横の席にいる純に指摘されないでも自分の表情は十分わかっていたが,とにかく唖然としてしまった。
だって,当たり前だろ? この状況下で。
一方のルゥのほうもクラスの女子からいろいろな質問を手当たり次第にふられ,早くも人気者ムードだ。
「あ〜とりあえず席は松野……ってもどっちも松野か。松野雄二の後ろで。あそこで呆然としてるやつな」
俺のほうを岡田が指差すとルゥはこれまたにっこりと俺に微笑み,ゆっくりこっちへと歩いてくる。
俺は周りから見ればその歩く姿に見とれてうっとりしてしまっている青少年に見えたかもしれないが実際のところは頭の中でクエスチョンマークがびっしり詰まった理解できない子状態だ。
何か純が言っていたかもしれないが全く耳に入らなかった。
俺の第一声はもちろん
「なんでここに? 」
俺の後ろに都合よくあいていた机に腰掛けたルゥに小声で話しかける。
そのルゥは首を20度くらい傾けてこれまた小言で
「ゆうくんを守るのが使命ですから。近くにいたほうが楽かなと。あ,私本当に17歳ですし」
俺を守ってくれるというのは確かにありがたい。あんな天使に夜な夜な起こされて上へ運ばれていくというのも気分がいいものではない。
まだ死にたくはないしな。
かといって,どういう理由をつけて死神が日本のごく普通の高校に入ってこれたんだ?
「その辺は私の上層部の人たちが,まぁ俗に言うボスですね。そのボスがどうにかしてくれたみたいです。その通知が来たのもほんの20分前ですし」
どういう機関だよ,全く。
で,これは私情だが昨日の空間での黒いマント姿のルゥ,その後俺の部屋での私服姿,そして今の制服姿。
こういうのも何だが全て似合っている。
何かの雑誌の専属モデルにも対抗馬として出せるぞこれは。
いや,それどころじゃないな。
で,一体俺は何を……
「こら松野! あ〜雄二! 転校生がうれしいのは十分分かるが今の話聞いてたか? 」
岡田に話をぶった切られ,話などもちろん一言も耳に入っていなかったわけで。
結局ルゥは小さな紙切れに可愛らしい文字で また夜にでもお部屋にお邪魔させてもらいます と書いて俺に渡してくれた。
その後ルゥはクラスの奴らに再び尋問にあい,どこから来たのかとか,どこに住んでるのかとか聞かれていた。
「なぁなぁ,あの子むっちゃくっちゃに可愛いよな。いやぁこれはやばいぞ」
そうはしゃぎながら俺に近づいてきたのは純と同様腐れ縁の裕樹。俺たちはヒロって呼んでるけど。
こいつはこんなテンションを維持することができるという,ある意味特殊能力を持っている。
まぁ可愛いというのは認めるが。
「でも,苗字が同じお前ときたら……」
なんでそこで俺が比較対象になってるんだ?
いや,苗字が一緒ってか。
本当はルゥ……あくぶるねんずだかなんだかっていう横文字の名前があんだけどな。
そういやルゥって部分は偽名使わなかったんだな。
ハーフか?
「まぁ,どうせ俺はぎりぎり進学できたような出来損ないですよ〜っだ」
それだけ言い捨て俺は自分の世界に戻った。
いつも通りのパターンだけど。
この日は特に大きな行事はないのでそのまま学校は終わり。
まぁ俺からすれば行事はむしろこの後なんだが。
ルゥはもう教室にはいなかったので先に帰ったのだろうか?
トイレになんか行ってる場合じゃなかった。
ってか,どこに帰ってるんだ?
とりあえず今日はお楽しみムードでは無いので純の誘いもヒロの意味不明の勧誘も丁重に断り家へと一直線。
家に帰る間,頭の中で今までの経緯を追ってみたけど,分かんないなぁ……。
とりあえず今日の夜来るんだっけか?
まぁ一回助けてもらったし信じないことも出来ないけど。
家に着いて自分の部屋に入ると一気に緊張感が抜けた。
見慣れた空間というのはどうしても緊張感が緩んでしまう。
俺は机の椅子に手をかけ昨日のことを振り返っていた。
昨日ルゥはここに座ってたんだよな。
とりあえずバックを置きベッドへと腰をかけた。
「ふんぎゃぁ!!!!? 」
俺が座ったベッドはもともと柔らかいがそこに柔らかい何かが入っていた。
思わず立ち上がり布団を剥ぐとそこにはルゥがいた。
制服姿ではなく昨日と同じ私服姿で。
こうやって見るとやっぱり可愛いな。
いいや,それどころじゃないんだった。
夜に来るんじゃないっけか?
「あ,いや〜実は昨日は公園で寝てみたんだけど切ないし寒いしわんちゃんに絡まれるし……」
公園ってさぁ,例の機関の上層部の奴らが住まいを用意してくれるとかそういうのは無い訳?
っか昨日は何の準備を?
「私はお料理できないから住まいを貰っても飢え死にしそうで,ははは。で,公園の土管で寝ようって意気込んでみたら土管は無いし……」
土管かよ。
それに飢え死にって,何か多少考えがずれてるような?
コンビニとか行けば良いのに。
「へへへ〜お金ないし。あ,昨日の準備って言うのは相手の情報調査」
なんか上層部の人がどうにかしてくれそうだけどなぁ。
まぁ,してくれなかったからこうなってるんだろうけど。
「それで,昨日ゆうくんがこの中で幸せそうな顔してたからついつい確かめたかったんです。ごめんなさい……」
しゅんとしたルゥは迷子の子犬のように見えた。
というか可愛すぎますが。
ヒロの言ったことに同感。
「そんな謝らなくてもいいんですけど。というか,まずどうやってここに? 」
もちろん家に鍵はかかっていた。
両親は仕事だし,俺が帰ってきたときも鍵はかかっていた。
が,彼女は俺のベッドでのんびり寝ていた。
……もしかすると
「ベランダからです。ガラス二枚で仕切られてましたけどちょちょいのちょいっと」
大体予想はついたけど。
しかしベランダを見ても破壊されたような跡はないし,ピッキングもされてなさそうだし,彼女には出来無そうだ。見た感じ。
「そんな物理破壊はしませんよ。物騒な。え〜っとですねぇ……時空軸をxとしてこのガラスをyとするとこのガラスをすり抜けるのに必要な速度は29847154√7キロで……」
その後も俺にはさっぱり理解不能な数式が並べられていったが,理解できたのは彼女はガラスをすり抜けて入ってきたんだということだ。
まぁ死神なんだしすり抜けとかが出来てもおかしくないか。
「でもすごい気持ちいいですね〜ここ。ついうとうとと……」
まぁ俺愛用のベッドですから。
いや,そうじゃなくて。
「あ,じゃあ本題に入りますね。まずあなたを狙ってるのはこの前の天使のボス。まぁこの辺は予想通りですよね。私が実はゆうくんを狙ってるなんてオチは無いですから」
分かってますって。むしろここで実は私が敵でしたなんて言われても驚きは薄いかもしれない。
「良かった〜。少しは信頼してくれたかな? で,なんでゆうくんを狙ってるのかって言うのは」
「俺の容量とやらが多いってことなんだろ」
俺が自分自身で理解できたのはこの程度だったが。
とりあえず俺が特別なのは他の人よりちょっとばかし容量が大きくていっぱいデータが入るって事なんだろ。
「そうです! よく出来ましたぁ」
そう言うとルゥは俺の頭をくるくる撫で回してきた。
俺って子ども扱い?
確か同い年なんだよな?
「私はれっきとした17歳の女の子ですよ」
死神のな。
そういえば昨日の鎌や翼とかはどこにしまうんだ?
あと学校のバックと制服や私服とか。
「翼は体内ですね。飛ぼうと思えば出るし,しまおうと思えばしまえますよ。他の持ち物は全部ここに」
そういうと彼女は自分の右腕のブレスレットに指を当てとっさに声を出した。
「制服っ! 」
そういうとブレスレットについている彼女の髪の色のような紺色の宝玉から制服が地面にぼとぼとと出てきた。
便利だなぁ。
「この腕輪もメモリーカードのようになっていて私の持ち物をデータ化して収納できるんです。もちろん容量に限界はあって今でも結構ぎりぎりなんですよね」
なんだか容量って言葉を良く聞くなぁ。
「私のお気に入りです」
にっこり笑っている彼女はどう見ても死神には見えない。
そりゃ確かに翼が生えているところも見たし,自分より大きな鎌を振るって天使を一瞬で倒してしまうほど強いのも分かってはいる。
それでも目の前にいる少女にはその面影は無くごく普通の美少女にしか見えない。
「さてそろそろ本題に戻ろうかな。その天使はゆうくんを狙っている。何のためかは分からないけどいいことは無いと思うの」
そりゃごもっともだ。
あのまま天国に運ばれていたら今頃は天使のメモリーカード扱いだろうしな。
「それで私の役目はゆうくんを近くで護衛して1ヶ月守り抜くこと」
1ヶ月?
期間付きですか?
「そうなんですよ。私にもさっき上層部から連絡があったばかりなんですけど,聖人側の拠点はもう20日ともたないようです。今まで私たち死神側と戦争を繰り広げていた天使側は圧倒的不利な状況に置かれてきました。私が生まれたときにはすでに戦争は始まっていましたし」
天使対死神か。
これも俺が知っている常識範囲では天使が勝ってハッピーエンドなんだけどな。
死神が有利ってことはこれも逆か。
「その戦争がもうすぐ鎮圧できそうなんですが,天使側が自分の拠点の容量を増やそうと人間を捕まえ最後の抵抗に出ているところです」
ずいぶんと物騒な話だな。
というかこんなファンタジー物語が俺たちの知らない所で展開されているとはな。
ってかそれだったら俺を捕まえたいのはその容量の足しにってことでいいんじゃ?
「そうなんですけど……天使側は他の人間の捕獲行動への労力をあなたの捜索,捕獲に割り当てているんです。何かおかしいと思いませんか? 」
と,言われても……。
そこまで俺には価値があるのか?
「確かにあなたは普通の人より容量は大きいです。でもそれなら他にもたくさんいる人間を何人も捕まえたほうが効率もいいし容量も貯まるはず。あ,もちろんそんな事させませんけどね」
天使側が俺を狙っている理由。
容量が大きいだけで俺を狙っているだけじゃない?
っても俺は普通に日本に生まれて普通に今まで過ごしてきただけだぞ?
容量が普通の人より多いってだけでも疑わしいってのにまだ何かあるのか?
「それはまだ分からないんですけどね。とにかく,私の役目は1ヶ月ゆうくんを守ること。本当は鎮圧が終わる20日間でいいみたいなんですけど,念のために」
まぁそれなら俺は何もしないで1ヶ月過ごしてりゃ安全ってことか。
「そうなんですよ〜だから屍に乗ったつもりで安心していてくださいね」
安心していいのか?
そういえば……
「昨日みたいにまた寝たら天使に連れていかれるなんてことは」
「あれはたまたま時間帯が重なっただけですから寝てるとかは関係ないんです。残念ながらいつ相手が現れるかまでは分からないんですけど」
それって安心じゃない気がするんですけど。
「大丈夫大丈夫! もし寝てる間に襲ってきても私は戦えるから! 」
そのときは俺も起こされるような運命ってか。
寝不足覚悟の1ヶ月だな。
そういえば昨日のあの空間ってどこなんだ?
あんなビルが円形に密集している空間は日本には無いだろうし。
「あれは少し時空軸がずれた空間で……亜空間とでも呼びましょうか。天使と悪魔が住んでいる空間の延長線ってかんじですね。私も作り出せますけど,その性質はさまざまです」
そこに俺は拉致されたのかよ。
だんだん外も暗くなり始めた。
夕日が眩しいななんて物思いにふけていた頃も……あったっけか?
そして俺はその時刻からあることを思い出した。
「たっだいまぁ〜! ゆうく〜ん? 今日はカレー作るよ〜!! 」
見事なタイミングで親が帰ってきた。
どうしよっか。どうする? どうするべきだ?
俺が咄嗟にルゥの方を向くと彼女はベッドの下に隠れていた。
なんとまぁ動きの早いこと。
そうしているうちに階段を上ってくる親の足音が大きくなりドアのノック音が鳴った。
「おかえりなさぁい! 」
ドアがあった場所にいる俺の母はどこか天然ボケが入っている。
そしてその母の姿を見た後に母と俺の目線は同じ場所に集まった。
しまった。
そこにはさっきルゥが腕輪からぼとぼとと出した女子生徒用の制服が落ちていた。
なんですぐに気づかなかったんだろうか。
というかどういういい訳がもっとも的確なのか。
「あれ? ゆうくんって女装の趣味あったっけ? 」
じょ……
「それは無い! これは〜」
落ち着け俺。落ち着け。
「あ,お母さん? カレーは……」
そう言うと母の目は自然と制服から俺に向く。
地面に落ちている制服を出来る限りの反射速度でベッドの下へ蹴る。
これは完璧な……
「ふにゃ!? 」
またも失敗した。
ベッドの下には制服の持ち主が潜り込んでいた。
そこにいきなり制服を蹴りこんで驚いた声だろう。
これには母も……。
「カレーはふにゃ? 何それ」
って,俺が発したと思ってるし!?
「かっ,カレーはふにゃふにゃな米より少し硬めのほうがいいよね? 」
なんか語呂合わせみたいだったがこれが案外うまくいき,何も言わずに母は微笑みながら出て行った。
ここで追求されたら何て言ったんだろうか。
危ないったらありゃしない。
ドアが閉まったことを確認し,俺はすぐにベッドの下を覗いた。
そこには口に手を当ててうずくまっている少女がいた。
母が天然で良かった。
「もう大丈夫。親はもう階段下りて下の階にいるから」
そう言うとルゥは一瞬でベッドの下から出てきた。
あまりに一瞬だったので焦ったが。
「うぅ〜。ごめんなさい。女装が趣味だと勘違いされちゃったみたいで」
まぁあの人はそう深くは気にしない人だから別にいいけど。
まぁ制服に気づかなかったのは俺にも落ち度はあったが。
「あ,じゃあ私はそろそろ……」
「また公園? 」
そういうとルゥは驚いたような顔をして
「なんで分かったんですか? 〜って言っても分かるか。はは」
そりゃまぁ。
さっき行き先が無いことは聞いたし。
「まぁ良かったらここにいてもいいんだけど」
別に深い意味を考えないでそう言ったんだが途端にルゥの顔が赤くなり,ひぃっと小声をあげた。
「ここにって……そんな駄目ですよ! そんな恥ずか……」
あ,いや,そんな深い意味では。
「とにかく一旦出ますね。ちゃんと守りますから安心して下さい。では」
そう言うと一瞬で彼女の背中に黒い羽が現れ次の瞬間には風が俺の横を横切って行った。
今もさっきの難しい数式の原理でガラスを通り抜けたんだろうか。
「ふぅ,俺も大変なことになってるよな」
ルゥがいなくなったことで緊張感が解けた俺は夕食を食べた後すぐにベッドに入り,次の日を待った。




