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紺碧の死神  作者: 零光
14/14

14:空よりも遠くへ

青い照明に照らされているその透明の箱の中に熊のような化け物と恵美が入っていた。

この状況でどうするかと言われても,俺の頭ではあの箱を壊すぐらいしか選択肢が浮かばない。不器用と言われようがかまわないさ。

手に持った鎌を思いっきりその箱のほうへ振りぬく。

青白い光がその箱目掛けて飛んでいくのは見えた。

ただ,横から細い一筋の黄色い光がその青白い光を貫いた。

すると俺の攻撃は一瞬で何も無かったかのように消えてしまった。


「天光……だね」


ルゥが俺の前に立って鎌を構えている。

今の攻撃がそいつの物だとしたら,この部屋のどこかにいるのは間違いない。


「僕の宝物に触らないでくれるかなぁ? もう」


と,箱の目の前に一人の少年が立っていた。

あれ? 確かリクは爺さんとか言ってたような?


「う〜んっと……紺碧のお嬢さんに……ぬ? ぬぬぬ?? 」


その少年はおかっぱヘアーで,眼鏡をしていて普通の子供のように見えた。

背も低いし,何となく嫌だ。


「まっ,まさかぁっ!! そこにいるのがぁ! 噂の大容量記憶媒体のカップ? 」


こいつ……本当に天光とか言う奴なのか?

なんか弱そうだし,爺さんじゃないし,正直うざい。


「ゆうくん,油断しないで。彼が天光のバル。聖人界ナンバー1で,106歳。外見の成長が著しく遅いみたいだけど」


は?

106?

そりゃ爺さんだな。

じゃなくて,こんな奴がナンバー1なのか?

ナユやリクよりも強い聖人界のボス。

それがこのおかっぱ眼鏡?


「ほっ……欲しぃ! 僕のコスプレコレクションと引き換えにしてでも」


「おらっ!! 」


俺の体が反射的に動いた。

再び青白い光がおかっぱ眼鏡の方へ飛んでいく。

が,その光が直撃する寸前で何か壁のような物がその光を弾いた。

そのおかっぱ眼鏡の前には透明の壁があって,それによって俺の攻撃は防がれてしまった。


「すっ,素晴らしい速度だ! 是非とも僕のコレクションに。……いや,神を復活させる器には君こそが適任だ! あぁ,なんと麗しい」


斜巖しゃがん


と,そんな言葉をルゥが口にするとおかっぱ眼鏡を囲むように12本の矢が時計のように現れた。


「発」


一斉にその矢がおかっぱ眼鏡目掛けて飛んでいく。

が,それもおかっぱ眼鏡に触れる前に溶けるように消滅してしまった。


「手加減してくれてるのかい? 随分とやさしい攻撃じゃないか? 紺碧のおー」


驟雨しゅうう


おかっぱ眼鏡の上空に何百もの光の鎌が現れる。

そしてそれが一気におかっぱ眼鏡に。

しかしそれもおかっぱ眼鏡に触れる前に消えてしまう。


「人の話は最後まで聞くものだよ。僕の気分は今絶好調なんだ。……でも成長したね。何年か前に会った君は僕と地獄の業火を除けば無敵だった。だけど攻撃方法はいつも近距離で遠隔攻撃は出来なかったのに。立派に成長したって事だねぇ。心も体もー」


「たぁっ!! 」


ガラスが割れるような音が響く。

おかっぱ眼鏡の前まで一瞬で移動したルゥはその鎌で直接そいつの前にあった透明の壁を斬りつけたのだ。


「そうそう。そうこなくちゃつまらないよぉ。ふふっ,紺碧か」


と,おかっぱ眼鏡の右手に杖のような物が現れた。

その杖から渦のように突風が吹き出てきた。


「きゃっ! 」


俺のところまで吹き飛ばされたルゥ。

俺の場所は避けるように突風は吹いていたために俺にはそよ風ぐらいしか当たらなかった。


「はぁっはっは! きゃっだってさ! 僕の傑作コレクションに加えようかぁ。その前に,そこの麗しの少年を僕の神の器にしなきゃね」


こいつ相当うざったいけど強い。

何なんだよ。


「死んでもらっても容量としては使えるし,苦しんでもがく姿をじっくり眺めるのも悪くないよね。僕の心臓がバクバクしちゃうよぉ」


こんな奴に殺されるのは断固拒否だ。

絶対いやだ。

恵美を助けなきゃいけないし,ここで殺されるわけにはいかない。


「錠! 」


ルゥは俺の前に立ち再び攻撃を仕掛ける。

さっきナユを倒したときと同じように紺色の雨がおかっぱ眼鏡に降り注ぐ。


「アクアフォームズ!」


と,そんな雨を防ぐようにおかっぱ眼鏡の上に水色のスライムのような物体が広がっていき傘の役目を果たしていた。

こいつは魔法使いか何かか?


「僕に単身で向かってくるなんて変なのっ! もうそろそろ紺碧のお嬢さんは死んで雨になってもらおうかな」


おかっぱ眼鏡は杖を自分の前に掲げ何かを呟いている。

止めなきゃまずい予感がする。

ってかまずいだろ。


「ばいばい」


俺の鎌を振る動作よりも早く杖から黄色い一筋の光がルゥ目掛けて放たれた。

さっきと同じその光は目にも留まらぬ速さでルゥに近づいていく。

くっそ……。


と,地面からその光を巻き込むように火柱が上がった。

この火柱は……。


「我が来るまで待つという考えは無かったのか。馬鹿者」


その火柱の中から現れたのは死神界のナンバー1。

地獄の業火のアレスト。


「アレスト……」


ルゥはその光が飛んでくる方向に鎌を構え盾のようにしていた。

あの速度でも反応は出来るってことか。


「緑陰のほうは片付けておいた。伝言も預かったぞ」


大剣を軽々片手で持っておかっぱ眼鏡のほうへ向けているアレスト。

そして体勢を立て直したルゥ。


「負けんなよ。そう伝えろと言われた」


リクのその言葉はルゥに対してだろう。

敵とは言ってもやっぱり友達だったんだろうな。


「……アレスト,私は負けないよ。負けるわけにはいかない! 」


死神界のトップ2。

この二人は本当に頼りになる。


「ぼっ……僕に勝つ気なのぉ? 本気で? ふ……はははははぁっ! 冗談もほどほどにしなよ。僕は天光だよ? 聖人界ナンバー1の天光のバル」


「知っている。我も今一度自己紹介しておくか? 地獄の業火アレスト」


この二人が両界のナンバー1。

それに死神界ナンバー2のルゥ。

おまけに俺。

いくら聖人界ナンバー1でもこれはきついんじゃないのか?


「君たちは僕に対決を挑もうとしているんだね? もう今更謝ったって許してあげないよ? 僕は……これから完璧になるんだからねっ!! 」


そう言うとそいつは一瞬で箱の上まで移動して中に入った。


「僕は神と融合するよ。君たちのような雑魚が束になっても神には勝てないさ! ははっ……はははははははぁっ!!! 」


「な……ちょっと待て! 」


アレストの静止も気にせずにそいつは箱の中で光り始めた。

おいおい……ちょっと待てよ?

恵美がまだあの中にいるんだぞ?

それにあの神は不完全なんじゃ?


「あのままじゃ不完全な神と融合して手のつけられない化け物が生まれてしまう! あいつ……自分の神が不完全だと気づいていないのか? 」


アレストがその箱目掛けて炎の渦巻きを発射する。

しかしその炎ですら箱に届く前にかき消されてしまった。


「外へ! 」


ルゥに手を引かれ俺たちは入ってきた窓から外へ。

俺はルゥに手を握られているだけで宙を舞っている。

めちゃくちゃ怖いんだが。

ルゥもそんな抱きかかえる時間は無かったし,しょうがないか。


俺たちが地面に足を着けた時,その建物が一瞬で黒くなりそのまま消えてしまった。

そして辺りの音が全て消えた。

全くの無音の世界。

俺とルゥ,アレストの発する音以外は何も音がしない。

そして今までに何回か見た光景が広がった。

あたり一面紫色の空間。

亜空間だ。今まで聖人が襲ってきたときに出来た空間と同じ。

そしてそこにいたのはとてつもない大きさの熊のような化け物。

そして心臓部分には……


「恵美っ!! 」


心臓の部分は透けていて,その中に恵美はいた。

心臓の役割かよ……。

こんな化け物の。


「グゥルゥラァァァァァァア!!!!!! 」


恐ろしい叫び声がこだまする。

これが,神?


「不完全なまま融合したせいで理性を保てていないんだ。早く倒さねば! 」


そう言うとアレストは地面から炎の火柱を上げる。

その火柱はみるみる神を飲み込み,姿が見えなくなった。


やったか……?


と,そんな考えは甘かったようだ。

火柱を気にもせずにそいつの足が見え,手が見え,やがて全身が見えた。

燃えた形跡すらない。


「驟雨! 」


上空に光が集まる。

ルゥは上空へ飛んでいき,そこから鎌を振り落とすようにそいつに突っ込んでいった。

無数の光とともに。


バシュっという音とともにそいつの体に傷がつく。

しかしそれは傷がついただけ。

たいしたダメージは与えられていないようだ。


「やっぱり簡単にはいかないか……」


その化け物は攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただその場に立ち尽くしているだけだった。

なんだ?


「容量を喰っているのだ。あのカップの容量を最大まで自らに取り組もうとしている。そうなれば少なくともあのカップは死ぬ。我らとて生きていられるかどうか……」


見ると恵美がいる場所から少しずつ光が漏れている。

んなこと言われてもどうすりゃいいんだよ?


「二人で、まぁお前も入れて三人で一斉に攻撃を仕掛けてみると言うのもいいかもしれんな。あのカップの部分だけ取り出せれば奴はもはや抜け殻も同然」


つまり恵美をあそこから助け出せれば勝ちなんだな。

目標は分かりやすくていいじゃん。

ただ


「ルゥの攻撃でも傷しかつかないっていうのが」


その傷も浅いようで到底斬るには及ばない。


「だから私たちの攻撃を同時に当てるんですよ。ゆうくんもね」


とにかく反撃もしてこない今がチャンスだな。

その化け物は神と呼ぶにはあまりにもふさわしくない。

おかっぱ眼鏡と融合してただでかくなっただけじゃねぇかよ。

そんな奴に恵美を渡せるか!


「狙うのはあのカップの左側,体の中心部だ。いくぞ! 」


アレストの合図とともに俺たちは同時に攻撃を仕掛けた。

俺は鎌を振りぬき飛んでいく青白い光。

ルゥは空中から飛んでいく無数の光,アレストは炎の渦巻き。

三つの攻撃がその化け物目掛けて飛んでいく。


すさまじい爆音が響いた。

恐らく攻撃が当たった音だろう。

煙が舞っていて姿が確認できない。

やったか?

恵美は……?


ルゥが羽ばたき,煙を払って見えたその姿はまさに手ごたえはありという印象を与えるには十分だった。

その化け物の左手が吹き飛んでいた。

どうにか左手で防いだというところだろう。

もと左手があった場所からはおびただしい量の血が流れている。

辺りに悲痛な叫び声が上がり,そいつは目を開きこちらを睨んだ。

赤く,鈍く光るその眼は神というよりも悪魔のようで,背筋が凍るとはこのことだろう。

でも……。

この攻撃を続ければ勝てる。

そんな自身がどこからか沸いてきた。


「危ないっ! 」


そんなルゥの声が聞こえたのは俺の体に何かが巻きついた直後で,俺はすぐに自分の状況が理解できなかった。

体に巻きついているのは光で出来たような鎖。

びくとも動けないまま俺の体が自然とその化け物のほうへ近づいていく。

その化け物は俺の体を……いや、容量を使って完全な神になる気だろう。

徐々に徐々に近づいていく。

ルゥやアレストが必死に鎖を解こうとしているのが分かるが,全てきかない。

俺の意識もだんだんと遠のいてきた。

くっそ……。ここで負けられるかよ……もう少しでこいつに勝てそうだったのに……恵美を助け助け……るーーー


「グギャァァァァゥルァァ!!!! 」


そんな叫び声で意識が戻ると俺の体を縛り付けていた鎖は消え,俺は地面へと急降下している。

落ちていく間に見えたのはその化け物の目に何か葉っぱのような物が刺さっていることと,見覚えのある白いオーバーコート。

そして落ちている間に俺を受け止めたのは懐かしいような感触。


「ゆうくん!! ゆぅううくんっ!!!! 」


「ども」


俺を抱きかかえているルゥは軽く泣き顔。

初めて会ったときもこんな感じで抱きかかえられていたよな。

で,俺はどうなってたんだ? あの化け物は?


「負けんなって伝言はちゃんと伝わってんのか? ったく……何で俺が」


そこにいる白いオーバーコートの男は聖人界の元ナンバー2。

何でここに??


「我が生かしておいた。どの道この戦争の復興作業が必要なのだ。その為には聖人側の代表が一人は必要であろう? こいつは生かしておいても我らに害は与えられないしな」


「なめんな! 俺だってお前にかすり傷ぐらいは……」


「耐火の印を装備し,我の攻撃を全てかわせない男が言う言葉か」


おいおい。

それよりもお前は神側の立場なんじゃないのか?


「まぁ立場的にはそうだけどよ、あんな不完全な化け物に聖人側の領域荒らされちまったら復興も面倒だろ? だったら暴れる前に潰してやるよ」


「リクで役に立つかなぁ? 」


ルゥは呆れるような表情でぽつりと。

それでも頼りにはなりそうだけど。


「今助けたのも俺だろうが! 今のはあいつの眼力なんだよ! だから眼を潰せばいいんだっうの。それも分からないでゆうくん,ゆぅくぅんって泣きじゃくってたお嬢さんは誰かな? えぇ? 」


「リク……せっかくアレストが殺さないでおいてくれたのに私に殺されたいの? 」


「いいからさっさとあいつを仕留めるぞ。痴話喧嘩は後でじっくりやってくれ。我とてこの化け物を眺めているのは歯痒いのでな」


と,化け物の方を見ると眼を潰され,左手を失い既にぼろぼろだった。

それでも恵美のいる場所から漏れている光は変わらない。

まだ容量を喰い続けてるって言うのかよ。

だったら早めに仕留めないとな。


「我の最大限の攻撃で仕留めてみせるか」


「俺だっていい加減負け戦は飽き飽きだぜ? 本気を出せばこんな奴ー」


「ささっと潰しちゃお! 」


この三人ある意味息合ってるよな。

三人とも構えていたので俺も鎌をその化け物に向ける。


「いっけぇ!!!!! 」


俺の攻撃を合図にしたかのように三人の攻撃が後を追う。

青白い光と灼熱の炎,そこに緑色の粒が何百にも合わさって飛んでいく。

そしてそこに数え切れないほど無数の光。

それら全てが神と呼ぶにはふさわしくない化け物目掛けて飛んでいく。

その攻撃はまるで滝のようにその化け物に直撃し,そのまま通過してしまった。

そしてそこには化け物の姿は一欠けらも無く,見慣れた少女が一人寝転がっているだけ。


「恵美っ! 」


急いで駆け寄ると恵美は目を閉じぐったりとしている。

死んでないよな? おい!


「気を失っているのと疲れがたまっているのだろう。命に別状は無いようだ」


ーーこれって俺たちが勝ったってことだよな?


「やった! ゆうくん! やったよ! 」


そういうルゥはもう完全に泣き顔で,目にはうっすらと涙を浮かべている。

俺の手をとりぴょんぴょん跳ね回っている。


「さてと,んじゃこいつら元の世界に戻すんだろ? 」


と,リクの一言でルゥの動きが止まった。

あっという小さな声を漏らし少しずつ顔から笑みが消えていく。


「どした? 」


俺の問いかけにも俯くばかりで何だか場の空気が少しずつ暗くなり始めたようなー


「これで我らの仕事は終わったのだ。つまりルゥはこちらへ戻ることになる。そして,お前らを人間界に帰した後に我が忘却の炎を人間界全域に吹きつけ我らに関する情報は全て消し去る。無論お前のも」


ってことは……俺はこの一連の事を忘れるってことか?

ルゥに会った事も,こうして化け物を退治したことも。


「まぁそ〜なるわけだな。しょうがねぇさ。だってお前が誰かにこのことを話でもすりゃ一応広まっちゃうわけだろ? 一応それは避けておかねぇとなぁ」


俺はそんな広めないし。


「まぁそう言うけどよ,一応これ義務らしいぜ。こっちの世界のことは知られちゃまずいんだよ」


「心配はいらん。我の忘却の炎は熱くもないし痛くも無い。人間界に与える損失はゼロだ」


俺の記憶が損失だ。


「ゆうくぅん……ーん? あっ」


そう言うとルゥはちょっと待っててと二人に言い残し俺を連れて少し二人から遠ざかった。


「ちょっちょ,どうした? 」


「ゆうくん。よく聞いてね。私はゆうくんのこと忘れないね。で,アレストのは忘却の炎,ほのおだからね。私のこと忘れないで」


そう言うと再びもとの場所まで戻ってきた。

炎? ほのお?


「さて,あまり時間も無いようだな。早く人間界に返さねばそのカップが死んでしまう」


「やれやれ,俺は聖人側の後片付けかよ……何の罰ゲームだ? こりゃ? 」


と次の瞬間には俺と恵美のいる地面が白くなり光りだした。


「それは転送の印だ。人間界の元いた場所までお前らを転送する。……世話になった」


そう言うと徐々に俺の体が下から消えていく。

体の色が徐々に薄くなっているのが分かる。


「ゆうくん! またいつか会えるよ! だから……だから私の事を………れ……で……だ……きーーーーー」


そんなルゥの声と笑顔と泣き顔が混ざったような表情を最後に俺は意識を失った。

そして目が覚めると俺は自分の部屋のベッドの上に寝ていた。


「って,おい。マジかよ」


反射的に体を起こし窓の外を見てみると上空から赤い炎が空全体を夕日のように覆い,一瞬で降り注いだ。

今のが忘却の炎か……?





「よぉ! 」


見慣れた姿が目の前にいる。

中学からの腐れ縁の純。

こいつの顔も何となく懐かしい。


「どぉした? お前寝たかぁ? 」


お察しの通り寝てません。目が覚めててね。


その日の学校はいつもと変わりなく,変化があるのはルゥがいないこと。

まぁポーラは本当に転校していたことになっているけど。

いつもは後ろにいた紺色の髪の少女が懐かしい。



「よっ! なぁんか浮かない顔だねぇ〜元気だしなよっ! そりゃ勉強は私も嫌だけどさ」


と,聞きなれた声と鉛のような平手打ちが俺に襲い掛かったのは同時のことで,それが誰の物なのかは考えなくても分かる。


「恵美は元気すぎるんだよっ〜いてぇ」


あんな事件があったことなんて一切覚えてもいないし感じてもいないように恵美は元気そうにそこにいた。

まぁ覚えていないのは忘却の炎の効果もあるんだろうけど。

誰一人ルゥの事を覚えている人はいなかった。

俺を除いてね。


なんで俺がルゥの事も聖人も死神も覚えているかと言うのは俺の背中にあるもののおかげだった。


「耐火の印ねぇ。ほんとに最後まで役に立ったな」


あの日窓の外からみた炎が俺を通り過ぎたときに俺の背中からなにかの文字列が現れてその炎を吸収してしまった。

その後その文字列は砕けて無くなってしまったけど。

ブートストーンも一切効果を発揮せずにただの石ころ同然になってしまった。

はて,何でだろう?


物をしまうことも取り出すことも出来ないし,鎌はあの時置いてきちゃったような気がする。

しまってなかったし。


つまり俺が持っているのは石ころと記憶だけだ。

まぁこの記憶は宝物だけど。


放課後,俺は一人であの交差点まで歩いてきた。

まぁ下校に通る道だから当たり前って言えば当たり前なんだけど。


「こんな交差点からどう移動してるんだか」


月光の交差点と呼ばれていたここに来るとルゥの事を思い出す。

なんだかあっという間に過ぎてしまった時間のようで,思い出すたびに切なくなる。


で,家に帰ると珍しく母親が俺より早く家にいた。

何か不吉な予感がしたが。


「ゆうくん。お母さんね,ゆうくんの趣味が分からなくて何も買ってあげられなかったけどとりあえず分かったからこんな物買って来ちゃった」


そういって俺に見せてきたのはどこから持ってきたのかメイド服。

俺……まだ夢かな?


「ゆうくんの趣味が女装だったなんてね……。あ,いいのよ恥ずかしがらないでも」


……俺社会的に抹消されそうだ。

なんでそこの記憶は消えてないんだよ?

こらアレスト! もう一回俺の母親に満遍なく忘却の炎を吹き付けろ。

大体俺も忘れてたぞ!?


と,とりあえずそんな母をなだめて部屋に入る。

いつも通りの俺の部屋。

なのに何か寂しくて,物足りない。

ついついベッドの中や下なんかを見てしまうが何も無い。


「ルゥは元気にやってるかな」


そんな事を呟きながら俺は窓を開け空を眺める。

死神や聖人が死ぬと雨になるとルゥは言った。

もしそれをそのまま考えると聖人界や死神界は雲の向こう側にでもあるんじゃないだろうか?

鳥も,飛行機も届かないどこかに。


「また会えるよな。お互いに忘れない限り……さ」


雲は厚く空を覆っている。

でもいつか。

いつかこんな声が再び届くといいななんて俺は思っている。


あの空の向こう側に,いつか届け。


始めましてもしくはお久しぶりです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

過去最長となった今作では日常が非日常に変わるという話でした。

死神というのは私が想うファンタジーやSFの世界での英雄で好き好んで死神は使います。

そんな死神も可愛いキャラにデフォルトしたりそんな可愛い死神が恋しいキャラだったりしたらきっとこれはいいことに違いありません。

そんな確信を持っています。

本編は所々改変を済ませ確認してありますが万が一ご指摘等ございましたらご報告いただければ幸いです。

それではまたの機会があれば。

零光

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