12:緑陰と踏舞
城内は静まり返っていて,聖人がいるのかも分からない。
俺に分からないのはともかく,死神二人も分からないんだからしょうがないだろう。
「どこかにいるのだがな。派手に壊しすぎたか」
そりゃさっきの爆発じゃ気づかないほうがおかしいでしょ。
こっそり忍び込んだほうが良かったんじゃ?
「もうばれてますよ。私たちは人間の呼吸を,正式には容量の書き換えを察知できますから。ゆうくんにずっと息をしないでいられるような特殊能力があるんなら別ですけど」
死にますね。
俺は小学生のときにプールで死にかけたことがある。
俺が潜っていた時にちょうど上にビニールのでかいシャチか何かの乗り物が現れて上に上がれなかった。
あれ以来潜るのは好きじゃないね。
「まぁ,ゆうくんもブートストーンで少しは力が増すと思いますし」
自己防衛くらいは出来るといいんだけど。
そんなことを言いながら散策していたが,破壊された痕跡以外に不思議な物がない。
普通の城で,こんなところに神はおろか恵美ですらいるのかが疑わしい。
「カップの書き換えが少しだけ察知できますからいるのは間違いないんですけどね」
電波が微弱で察知できません。
そんなところか。
こんな派手に壊したせいでそれと一緒に吹っ飛んでしまいましたなんて言わないでくれよ。
「でも,最初は1ヶ月間ゆうくんを守るっていうのが指令だったのに,なんか色々巻き込んじゃって……小林恵美さんもどこに行ったんだか」
俺が巻き込まれるのはしょうがないとしても恵美まで巻き込まれるとは。
こんな呑気にしてられないんだろうけど,何故かこの二人がいると安心する。
とはいえ,時間がないんだ。恵美は確かあと5時間,もう4時間無いか。それまでに助けなければいけない。
神なんかにさせてたまるか。
「まだ完全ではないですけどあの結界が張れただけでも相当な容量です。つまり,恵美さんの容量がどれくらいかは分かりませんけど急げるだけ急いだほうが」
と,そこに俺の目の前を葉っぱが一枚通り過ぎた。
その方向を振り向いても誰もいない。
その葉っぱは明らかに自然の物ではなくどこかから飛ばされた物。
それも俺目掛けて。
「あれま,当たんなかったか。へぇ,いいじゃねえぇの。殺りがいがあるってもんだ」
この声。
どこかで聞いたその声の主は俺たちが歩いてきた方向に立っていた。
緑色の髪に白いオーバーコート。
細身の体に不釣合いなほどの威圧感。
そして短剣を構えて不気味に微笑んでいる。
「リク……」
ルゥの幼馴染でもある聖人界ナンバー2。
今の葉っぱはこいつの攻撃方法だろう。
「緑陰か。天光はどうした? お前一人で我ら二人,いや一応三人か。相手に出来るとでも思うか? 」
アレストは俺たちの一歩前に出て右手をリクの方へ向けている。
さっき城門ごとその前方の物を吹っ飛ばしたときと同じ。
ルゥはまだその場に立ち尽くしている。
「まっさか,地獄の業火に紺碧の組み合わせに俺一人が立ち向かうなんて自殺行為じゃねぇかよ。あの爺さんなら神とか言うのにデレデレさ。気色悪ぃ」
天光というのは恐らく聖人界ナンバー1で,リクが爺さんと言っているのがそいつだろう。
つまり今神とかいう奴のそばにいると言うことだ。
まてよ,だとしたらこいつはなんでここに来たんだ?
「分かっているならどくがいい。お前の属性から見ても我とは分が悪いであろう」
アレストは炎の技を駆使して戦うのに対して,あの男,リクは葉で攻撃してきた。つまり燃やされる。
まぁ草じゃ炎には対抗できないよな。
ルゥは氷だったっけ?
「そりゃあんたの攻撃は欲しくないね。俺もこの城みたいに風穴が開いちまう。それじゃすまないだろうけどよ」
短剣をくるくる回してぶらぶら歩いているリクは何か狙っているようにも見えない。
ルゥはすでに戦闘モード。アレストも……なのかな?
アレストは武器を持っていないために判断しにくい。
表情も読みにくいし。
「リクは……時間稼ぎなんでしょ? 勝てないって分かってても天光に指令されて……」
ルゥの言葉でリクの動きが止まった。
図星と言うやつか。小さくため息をつく。
「ま,そう言うのが正しいんだろうねぇ。あの爺さんは死なない程度にやってこいって言ってたけどよ。この二人相手に死ぬなって言うのも無茶だ」
ゆっくりとこちらを向きながら言う言葉は重みはなく,自身の危険も恐れていないかのようで。
「確かに2対1なら負けるが,生憎,そっちには無防備なお荷物がいるんでね」
一瞬だった。
俺の目の前には短剣の刃が見える。
聖人界ナンバー2の男は俺までの間合いを一瞬で移動して切りかかっていた。
短剣が俺の顔まで5センチあるかないかの所まで見えたとき,これまた一瞬で黒と紺のグラデーションの冷たい感じのものが現れた。
「無理だって」
目の前にあったのはルゥの鎌。
短剣を防いで鈍い音をさせている。
その鎌が視界を防いでいて何も見えなかったが,何かがぶつかるような音がした。
「サーメティオ! 」
そんな言葉が叫ばれるのが聞こえて視界が戻ったときには辺り一面火の海。
そこには漆黒の翼を広げて飛んでいるルゥと,背丈の2倍くらいありそうな大剣をリクの目の前に突きつけているアレストの姿。
あれがアレストの武器か。
所々大小の穴が開いていてそこを生き物のように炎が通り抜けている。
剣そのものが生きているかのように。
「我らに単身で挑むというのは自殺と同じ。気づいていながらも向かってくるとは」
「けっ……お前らは古い情報に流されてるんじゃねぇのか? 俺がナンバー2だって確認したのはいつだ? えぇ? 」
この状況でも苦しそうな顔すらせずにむしろ笑っているように見えたリクの言葉は負け犬の遠吠え。
俺にはそうにしか聞こえなかった。
それでもリクは続けて
「ナンバー1だとか2だとかはほとんどの場合変動しない。お前らだって死神界じゃトップ2のままだろうなぁ。だけどな,必ずいるんだよ。天才はよ。憎たらしい」
「危ないっ! 」
風を切る音が俺の耳元でした。
俺は咄嗟に飛んできたルゥに助けられたから良かったものの,そのままだったら直撃だ。
俺が元いた場所は地面にしっかりと後が残っている。
「こんな無茶しないほうがいいのに。私も最初からやらせてくれてもいいんじゃないの? 」
その攻撃が飛んできた方向を向くとそこにいたのは白いスカートに赤いポロシャツ。
そんな普通の姿の少女だった。
栗色のショートカットに140センチくらいの背丈でにこにこしている。
こんな子がさっきの攻撃を?
何かが一瞬で飛んできたような……。
「こいつが今のナンバー2だよ。ったく,11歳で俺のことをコテンパンにしやがったからな。さぁて,これで2対2だ」
こんな小さな子がナンバー2?
ふと,気づくとルゥはすでに戦闘体制にはいっていた。この前のように無数の光が上空にある。そして
「驟雨! 」
一斉にその光がその少女目掛けて飛んでいく。
あんな無防備な姿の子にあの攻撃とは。
しかし,そんな心配は一切無用だった。
その光がその少女に届く前にルゥの背後に移動していた。
羽も生えていない姿で,武器も持たずに。
「乱衝雨! 」
今度は地面から氷柱状の白い矢が無数にその少女目掛けて飛んでいく。
が,それも防がれてしまった。
よく見えなかったが恐らく素手で殴っていたように見える。
「よそ見しちゃぁいけねぇよなぁ? 」
と,声のするほうには再び短剣。
しかしそれもすぐに視界から消え,リクが元いた場所には渦巻きのように炎が飛んできた。
もう超人対決になってるぞ?
これ。
「お前は早く神の元へ行ってカップを救って来い。我らは大丈夫だ」
アレストはそう言いながら大剣を振り回している。
どこにそんな力があるんだよ。
大体,どこに行けばいいんだ?
「ゆうくんの直感で大丈夫! こいつらは潰してしまいますから」
直感って。
ってか潰すって言いましたよね? ルゥさん?
この二人が負けると言うのも考えにくいが相手も相手だ。
今までとは違う。
それにまだ天光とか言うナンバー1はいるんだろ?
「いかせないってば」
ふと,俺の近くで声がしたかと思うと足元から足が伸びてきた。
鈍い音が響く。
その音は俺の体に何かが直撃した音ではなかったが,鎌や剣の音でもなかった。
「っ……ルゥ!! 」
俺の足元から伸びてきた足は少女の物で,その蹴りから体を張って守ってくれたルゥは俺に覆いかぶさるように倒れてしまった。
「あれぇ? わざわざ自分が盾になるの? 変な死神のおねぇちゃんだね。こんなカップくらい死んでも容量としては使えるのに」
その少女はそう言うと体を思いっきり捻って回転蹴り。
こいつの戦い方は肉弾戦。
武術家とでも言うもんだろう。
で,その回転蹴りは俺目掛けて飛んでくる。
避ける避けないより,見えない。
しかし,その蹴りも俺には届かなかった。
その少女を何かが吹っ飛ばした。
俺の上に覆いかぶさっていたルゥがその少女を蹴り飛ばした。
もう何が何だか良く分からない。
近くではアレストとリクが戦っている音が聞こえる。
「私,ゆうくんを守るためなら何でもするけど。あなたみたいなのに負けることは出来ないの」
俺の目の前に立ちふさがっているルゥ。
そして吹っ飛んでいった方向で平然とした顔で立っているその少女。
どっちも無傷……なのか?
「ふぅん。おねぇちゃんそのカップ好きなんだ。変なの。それと,あなたじゃないから。私はナユ。踏舞のナユ」
このままじゃ俺が狙われる。
それだったら……。
「右手を胸に……目を閉じて……」
あとは鎌を出そうとする。
出ろ。いいぞ。
胸から離した手に握られているのはルゥの鎌。
そしてこの前はもてなかったが,今はこの石がある。
何か力が湧く感じで,片手で鎌を持つ事が出来る。
こんな便利な物があるなら最初から渡してくれ。
マジで。
踏舞のナユと緑陰のリク。
この二人を倒してもまだナンバー1はいるんだ。
こんな所で時間はかけてられない。
俺にも戦えるって言うならやってやるさ。
死なない程度にな。