1 お伽話
深夜、ぼんやりと外を眺めていた私に目の前に降り立った異国の服を着た陽気な少年が言うの。
「はじめまして、僕はピーターパン。僕と一緒にネバーランドに行ってくれないかい?」
ええ、もちろんよと私が返すと、少年は満面の笑顔で私へと手を差し出す。
その笑顔はとても無邪気で、世間知らずで、冒険のない世界にうんざりしていた私の心を強く惹きつけたわ。
そんな少年の手を取ると、不思議なことに私の身体は浮いたの。
少年がさあ行こうと進むと、引っ張られるように私もその後に続いて空の雲と同じ高さまで行ったわ。
ねえ、信じられるかしら。
ねばあらんどは素晴らしい所だったわ。
毎日少年とその仲間たちと踊り、歌って、走り回って遊んだの。
彼らはとても冒険好きで、気のいい海賊さんのお宝を使って王様ごっこや宝探しをして遊んだわ。
私は人魚さんが好きだったわ。彼女たち、ああ、人魚って男の子もいるの、知ってた?私も驚いたのよ。
彼女たちはとても少年が大好きで、最初はいじわるもされたけど、打ち解けたらすごく楽しい陽気な人たちだったわ。
でもある日少年が仲間たちを集めて言ったの。
「僕はここを出なくちゃ。」
私たちは驚いて少年に理由を問たり説得したけれど、少年は、それ以上何も告げることはなかった。
少し哀しい目で仲間を見て、その後に私に君もくるかい、と言ったの。
私は少年と目が合って気付いたの。私の世界で今私は15歳だと。
もう子供ではいられない。
私が少年の手を来た時と同じように取ると、空へと向かった。
人魚さんたちや、散々困らせた海賊さんたちと話すこともできなかったことだけが悔やまれるわ。
数年前に丁度私が空を見上げていた場所に降り立って、私は彼を見た。
さようならと哀しそうに伏せられた綺麗な灰色の眼から私は目を離せなかった。
きっと二度と会うことはないだろうという予感、ではなく確信があって、彼と私は離れがたかったの。
どちらも何も言わず、見つめ合った状態から動けなかったとき、私の部屋の外から物音がしたの。
人の足音がした方向に私が一瞬目を向けて再び振り返ると、彼はもうどこにもいなかった。
存在自体がなかったかのように私に何も残さなかったわ。
これが私の初恋よ。
彼は多分どこかで他の女の子と結婚して、子供がいて、きっと幸せに暮らしているんだわ。
私とのことは、長い夢だったんだろうって思っているに違いない。
でもいいのよ、だってきっといつかまた会えるに決まっているもの。
彼が夢を見なくなったから、私が今度は夢を見るの。
これは、私の曾曾曾おばあちゃんの話。
おばあちゃんが10歳から15歳になるまでずっと一緒にすごした男の子との話。
私のお母さんが小さい頃、寝る前に話してくれて以来、ずっと忘れられないお話だ。
曾曾曾おばあちゃんは曾曾曾おじいちゃんと結婚して、旦那さんには内緒でずっとその男の子を探していたらしい。
結局見つかることはなかったけど、最後に事切れる前に娘にこのことを話したんだって。
それ以来私の家系の女性はみんなそのお話を小さい頃にお伽話と一緒に聞かせてもらう。
お母さんも小さい頃おばあちゃんから聞かされて、幼いながらに鼻で笑ったらしい。
ありえないってね。
でも私は違った。
どんな男の子だったのか、瞳の色は?髪の毛は?異国の服って?
ピーターパンと名乗った遥か昔の少年を想像して、その想像の少年に恋をした。
まあ、若気のいたりってやつ。聞かされたの7歳だったし。
あれから10年も経つと、さすがに我が家でもその話は一切持ち上がることもなくて。
でも私は忘れられなかった。
私がおばあちゃんの代わりに夢を見る。
だってきっと少年だった彼が結婚していて、子供がいたら、その子孫がいるかもしれないでしょう?
後書きで申し訳ありません。
もうひとつ連載やっていますが、下げました。ご報告申し上げます。
ピーターパンは夢見ないは3話くらいで終わる短編物にしようと思っています。