第1話:ギルドの雑用係――李森森(リー・センセン)
「はじめまして、アボカド二代目です。異世界ライブ配信の物語、楽しんでいただければ幸いです!」
春風の街の朝。
本来なら、小鳥のさえずりとやわらかな陽光で始まるはずだった。
……そう、半年前に李森森という男がやってくるまでは。
「リー! セン! セン!!!」
その三文字は一直線に突き刺さってきた。
ギルドの裏方からフロントをぶち抜き、あくびをしていたバーテンをかすめ、そのまま裏庭の古い木の下にある長椅子へ直撃する。
思わず、地面が軽く揺れた気がした。
「**僕**はさ、お前がそこで永眠するつもりなのか聞いてるんだよ! 木の葉なんか数えてないで、今週のノルマ分かってるのか? あの実を腐らせてみろ、お前をそのまま肥料にして埋めるぞ!」
「あと十分! カゴがいっぱいにならなかったら昼飯抜き! 樹皮でもかじってろ!」
森森はガバッと跳ね起きた。
社畜としてアラームに叩き起こされ続けた五年間、その成果とも言える反射だった。
脳が理解するより先に、顔には完璧な営業スマイルが貼り付く。
「ええ、了解ですレナ姉さん! **私**がすぐに片付けます! 一粒残らず、ピカピカにしておきますから!」
爽やかで、ほんの少しだけ媚びた声音。
一言で言えば――完璧だ。
だが、あの炎のような赤髪が角に消えた瞬間、森森の表情は一瞬で死んだ魚のような虚無に戻る。
「……ったく、うるさいなぁ。魔王が世界を滅ぼさないなら、**俺**が先にこの仕事に滅ぼされるっての」
李森森。
前世はブラックな配信会社のアシスタント。
最低予算で無茶な特効を作り、不眠不休で48時間働いても死なない術を身につけた男だ。
そして今の肩書きは――冒険者ギルドの万能雑用係。
カップ麺とタピオカを燃料に働き続けた結果、動画編集スキルと引き換えに、ほんの少しの“過労太り”も持ち込んでしまった。
いや、贅肉ではない。ストレスで膨らんだ、いわば**“労災”**である。
転生して半年。
チート無双やハーレム展開を期待していたが、現実は非情だった。
魔王討伐後の平和すぎる時代。
冒険者は酒場でホラを吹き、魔術師は火球でパンを焼く研究をし、そして李森森は――木の実を収穫している。
森森は木の幹を軽く叩いた。
「なあ相棒、そろそろ頼むよ。木登りなしで実を落としてくれ。このズボン、もう限界なんだわ」
彼の異能は「植物との対話」。
聞こえはいいが、実際は木に実を落とさせたり、草を操って借金取りを躓かせたりする程度。
しかもこの古木、完全に森森を見下しており、すべては気分次第だ。
「……木にまで職場いじめとか、さすがに笑えないな」
実を一つ掴み、軽く拭ってからかじる。
弾ける果汁。
酸味と甘みが一気に広がり、脳に突き刺さる。
そのとき――
木の上にあるひときわ綺麗な実が目に入った。
眠っていた“職業病”が、ふっと目を覚ます。
指でフレームを作り、構図を測る。
「……ここに逆光入れて、コントラスト上げれば……いい画になるな」
瞬きした瞬間、
視界に金色のノイズが走った。
【ピンポーン。図鑑システム起動】
【名称:紫藤果。登録完了】
【特典:身体能力の最適化を開始します】
「ちょ、待って、心の準備――」
次の瞬間、全身が焼けるように熱くなった。
贅肉が目に見える速さで引き締まり、ぽっこり腹は消え去る。
代わりに、しなやかで鋭い筋肉――八枚の腹筋が浮かび上がった。
「システム? 半年も経ってから実装かよ。遅すぎだろ」
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