05「妖異と式神」
〈なんと、あの未明の姿まで絵巻に収めるとは恐れ入る。それに、噂には聞いていたが、あの鬼の子も学府に通っているのだな。〉
二回目の記録活動について師匠に報告すると、ややあってから返事がきた。
やはり「不二 未明」については、陰陽師たちの中でも有名なのだろう。予想通りの反応だ。しかし、「曉」についてはその名前を出しただけで、鬼であることまで把握しているのは意外というか、情報通というか。
案外、噂好きらしくて、俗っぽいところもあるんだよなぁ……師匠って。
〈セイよ。そなたの『記録する能力』は唯一無二のものだ。周囲への影響や霊力の消費も未知数ゆえ、決して慢心するでないぞ。いたずらに霊脈を乱せば、地湧きが発生して妖異を呼び寄せる可能性がある。〉
私は師匠からの警告を横目に見ながら、小さな和菓子――霊力の消費を穏やかにする菓子を食べた。……うん。甘さ控えめで、おいしい。
今の私は式神の改良にかかりきり。望んでやっていることだから苦ではないけれど、それなりに疲労も感じてきたので、適度に息抜きは必要だ。私は文机の前で背筋を伸ばして深呼吸をする。
「妖異、ねぇ……」
たしかに、師匠の懸念は理解できる。万が一、妖異が発生してしまった場合、撮影や隠密に特化した豆千世では撃退できないだろう。
招かれざる隣人――妖異。基本的には人間に仇なす存在であり、悪戯好きなものから凶暴なものまで、さまざまな個体がいる。まだまだ謎の多い存在ではあるものの、その出現パターンは二種類だということは解明されている。
人々の噂や、土地に残った負の感情、不浄な淀みから自然発生する「地湧き」。そして、異界との境界が不安定になるとその歪みから現れる「大禍刻」。後者は予兆が把握しにくい上に、強力な妖異が出現することが多い。
真日流ちゃんは持ち前の浄化の力で、学府に通う攻略キャラたちは各々の武器で、強力な妖異にも立ち向かえる。しかし、部外者かつ一般人である私にとっては並大抵のことではない。
あくまで屋敷の外には出ずに、こっそりと趣味に没頭する。それが私にできる最善。……一抹のむなしさが胸を通り抜けた気がしたけれど、ただの一時的な感傷だ。この世界のありよう――当世風に言えば「天命」を、変えることはできないし変える気もない。
「でもまぁ、結局は真日流ちゃんの出方次第かな」
学府に通うだけあって、スチル撮影に成功した三人は、かなりの戦闘能力を有している。そして、未確認ながら学府の外にも攻略キャラが存在するはずで、彼らには戦闘能力はあまりない。
たしか一人だけ、例外的な強キャラもいるけど……真日流ちゃんがこのまま学府を中心に活動する場合、先の三人との接点が多くなるだろう。
「とりあえず、学府の周辺でイベントを狙うかー」
そもそも、三人のルートでは、妖異と対峙するシーンが多い。
彼らのシナリオを進めていくと、共通して敵対勢力が登場する。その敵対勢力とは、意図的に異界との境界を歪ませて妖異を大量発生させることで都の内乱を狙う、という恐ろしいテロ組織なのだっ!
一見すると穏やかそうな学生生活の裏で、徐々に都の治安が脅かされる。そして、真日流ちゃんと攻略キャラの三人も、静かに不穏な事件に巻き込まれていく……というのが、『恋かし』でのメインシナリオとなる展開の一つ。
つまり、彼らを撮影しようとするなら、どうしても妖異との遭遇は避けられない。
私はうなりながら筆をとり、そろりそろりと葉の上に文字を書いた。
〈ご忠告、肝に銘じておきます。しかしながら、私はここで止める気はありません。むしろ、自衛の手段を増やすためにも、式神のさらなる強化が必要です。どうか、知恵を貸してはいただけないでしょうか。〉
おそらく、師匠も私の記録活動を中止させようという意図はない。というか、報告を読んで面白がってるくらいなら、もっと協力してほしいんですけど~?
私は師匠からの返事を待たずに、現状の式神の術式を記し、そこに改良したい部分の詳細を書き連ねていく。私の心情を汲んだらしい師匠が、それを追いかけるように文字を重ねた。
〈ふむ、意思は固いようだな。ならば、きちんと答えてやらねば師匠の名折れか。見たところ、術式を書き込む余白が足りておらんようだ。まずは、そこを拡張するところからだな〉
その文章のあとには、師匠からのありがたいアドバイスが続いた。
ひと目見ただけでは理解できない上級者向けな術式は、時間をかけて読み解くとして……相変わらず、流麗な筆致でいちいち感心してしまう。
「――なるほど、その手があったか! 指摘されるまで気づかなかった」
何度も首をひねっては指南書をめくって、ようやく理屈がわかった、ような気がする。
ざっくり要約すると、今のままだと式神が持つ容量が少なすぎて、搭載できる能力が少ない。だから、外付けで容量を増やそう、という話だ。
この世界における陰陽術は、万物を構成する「木・火・土・金・水」の五行思想に基づき、戦闘や生活に応用できる形に体系化されている。陰陽師と呼ばれる者は、自らの適性に合った一行か二行を極める。
木行は生成、変化、束縛の術。「式神の使役」もこの系統に含まれるので、私は木行が得意……かもしれない。
火行は破壊、炎熱、祓いの術。攻撃的な術が多い。曉を含む鬼の一族は、この火行に長けているらしい。
土行は防御や結界、大地の術。屋敷を囲む結界などがこれにあたる。父は土行の術を得意としており、優れた結界術師なんだとか。あまり、父から仕事の話を聞いたことはないけれど。
水行は浄化や治癒、操作の術。真日流ちゃんは水行に長けているだけでなく、その中でも特に浄化の力が強い。
金行は硬化、断絶、付与の術。人や武具などに霊力を付与して強化したり、弱体化させたりする。私は今からこの金行の術を使って式神を強化したいのだけど……上手くいくかな?
ちなみに、未明は天才と称されるだけあって、五行をバランスよく使いこなす。きっと彼の手にかかれば、式神の強化なぞ造作もないことだろう。エリートが集う学府の中でも別格の存在だ。
何はともあれ、今さら己が才のなさを嘆いていても始まらない。せっかく師匠から有益な助言をもらったのだから、全力で活用してみせますとも!
それから数日間。私は使用人を買い物に走らせて、師匠の指示通りに素材を集めた。中には希少で高価なものもあったが、ここぞとばかりに貴族パワーを発揮する。
素材の調達に手間取っているヒマはない。なぜなら、術を実行するのに最適な暦が迫っているからだ。
前世の記憶を持つ身としては、眉唾というか……気にしすぎても厄介な要素、程度にしか捉えていなかった。今回は「念のために」と師匠より日取りの指定があったので、弟子らしくおとなしく従うことにした。
そして、来たる吉日。使用人たちも寝静まった夜更け。
私は一人、月明かりが差し込む自室の文机に向かう。清浄な香を焚いておくことで、精神を集中させる。
豆千世の素体となる紙の形代を置き、その上に小豆のような粒状の金を乗せた。それから、懐から小さな銀の針を取り出す。私は意を決して、その針で自分の中指の先をちくりと刺し、じわりと膨らむ血の玉をひとつ、形代にそっと落とした。
「彼岸を導き、此岸にて形を成せ。我が血を糧とし、我が眼となり、我が耳となりて、天かけよ。――来たれ、『豆千世』」
私は作業の合間に頑張って暗記した祝詞を唱えた。
名前を呼んだことが合図となって、鮮血を吸った形代は淡い光を放ち始める。ぱさぱさとした紙の質感がみるみるうちに変化していき、柔らかそうな羽毛が生え、黒曜石のような瞳に光が宿る。
そのつぶらな目で主人である私を認識すると、挨拶がわりに小さく鳴いた。
「あなたを呼び出す術式を、いろいろと調整してみたのだけど……調子はどう?」
私は目を細めて豆千世の姿を観察する。しげしげと探る視線に、豆千世は居心地が悪そうに身じろぎをする。その際、かすかに差し込む月の光に照らされて、片方の脚にキラリと光るものが見えた。
「あ……あった! 成功してる!」
それは、こぢんまりとした金色の足環。おさまりよく、豆千世の左脚に装着されている。その内と外の両面には、術式となる細かい字が刻まれている。
さすがは師匠直伝というべきか、予想以上の仕上がりだ。私はとっさに大声を出しそうになって、口元を押さえる。
これは前世風に言うと、外部ストレージだ。この足環をつけたことにより、集音機能と暗視機能が追加された。
絵巻物のほうに録音機能はないので記録としては残せないものの、これで現場の臨場感が格段にアップする! ヒャッホウ!
なお、肝心の自衛機能は、目眩まし程度の術が発動できる、という必要最低限なレベル。基本は機動力を活かした、回避優先で立ち回ることにした。妖異の対策は、もっと時間をかけて練っておかねば。
「うふ、ふふふ……あはははは! 次のイベントの撮影が待ち遠しいなぁ!」
おっと、楽しみすぎて笑い方が不気味な感じになってしまった。辺りが薄暗いことも相まって、まるで悪巧みしているような構図だ。
いやいや、決してやましいところはありません。個人で楽しむ範囲の、健全な活動ですから、このオタ活は。
「生映像に生音声! ……あぁ、いけない、想像しただけでヨダレが」
無事に術式の改良に成功した喜びと深夜のテンションが合体して、おかしな状態になっている私の姿を、キョトンとした様子で豆千世が見つめていた。
心強い新たな機能を携えて、師匠の忠告も頭の片隅に入れて……果敢に撮影していくぞー!




