03「回霊祭 2」
〈ほう、あの若宮がそんなことを。まだまだ小僧だと思っていたが、成長したものよな。〉
式神を使った初めての記録活動について、私は要所をかいつまんで師匠に報告をした。
報告ついでに助言もほしかったのだけど、「東雲の若宮」の名前を出したせいか、師匠は何やら妙な反応。
たしかに、次期帝候補ともすれば、都で知らない人はいない超有名人。それでも、庶民の間では容姿までは知らない、という者も多い。
まだ帝に決まったわけではないし、天照学府では身分の区別なく扱われるとはいえ、彼を「小僧」とは中々の言い草だ。少しだけ、師匠という人物の性格や交友関係が見えてくるような……ぼやけたような。
結局、師匠は面白がるだけで、大した助言はもらえずじまいだった。ならば自力で進むのみと、気になった点を洗い出して、独学で式神の術式を改善することにした。
いかんせん、「式神を隠密カメラマンにする」という私の発想が突飛すぎたようで、指南書の収集にも苦労する。
筋金入りの引きこもりが急に行動的になったものだから、八重にはひどく驚かれてしまったけど、特に何も言わずに協力してくれている。
それもこれも、すべては快適なオタ活のため。今の私には、太い実家と終わりなき自由時間がある。あとはひたすら試行錯誤あるのみ!
「持てる力を尽くして……飛んで、豆千世!」
祈るような気持ちをこめて、調整を施した豆千世をよく晴れた空に向かって放つ。豆千世はぐんと勢いをつけて、学府の方角へと飛び去った。
「さてと、今日は道場のほうね」
私は手元の地図に目線を落としながら、小さく溜息をついた。
学府には二つの進路がある。和歌や政治を学び、国政を担う「雅政科」と、陰陽術や武術を学び、国防を担う「式武科」だ。
東雲は雅政科に所属していて、当然のように成績優秀者。一方、式武科に所属しているキャラには……これから会えるはず。
今回、豆千世が向かったのは、学府から少し離れた場所にある道場だ。当然、学府の敷地内にも専用の道場はあるのだが、「彼」はあえて人目のつかない場所を選ぶ。
きっと、今頃は一人で黙々と鍛錬しているだろう。そして、そこに真日流ちゃんもやってくる。ここは先に道場にお邪魔して、ベストなポジションを探っておこう。
初回よりも少しだけ移動速度が上がった豆千世が、無事に目的地に到着する。たどり着いた道場はこぢんまり、かつ古ぼけた印象を受ける。
周辺を観察しようと豆千世に指示を出すも、なぜか反応が鈍い。えっ……もしかして、震えてる? 送られてくる映像がガクガクと揺れている。
どうやら、近くの屋敷の棟に止まった一羽のハヤブサを見て、震え上がっているようだ。ハヤブサは真っ黒な瞳で、周辺を睨んでいる。
「こんなところにハヤブサなんて……豆千世が怖がってるみたいだし、ここは早く建物の中に入ったほうがいいか」
想定外の状況だけど、豆千世が行動不能になるよりはマシだ。私が霊力を送ると、豆千世は素早く道場の窓枠に避難する。
ここは軒下に位置しているので、かろうじて頭上のハヤブサの視界からは隠れられるはず。しかし、油断は禁物。いつでも退避できるように心構えをしつつ、撮影に備えよう。……次回まで、豆千世の隠密機能を強化しておかないと。
窓枠から道場の中へと、豆千世がひょっこりと顔をのぞかせると、お目当ての攻略キャラ――「曉」の姿が見えた。
「よしよし、狙いどおり!」
同世代の中では目立つほどの長身に、鍛え上げられた筋肉質な体格。無造作に伸ばした赤茶色の髪が、武器である木製の棒を振るたびに揺れる。
例によって顔が、見栄えがいい。そして、躍動的すぎてブレにブレる。室内なこともあって、撮影の難易度が上がってしまったかもしれない。
「うーん……さすがに、前世での高画質カメラみたいな、便利な機能はついてないし」
豆千世を動かしてみるたびに、今後の課題が山積していく。さらに機能を追加していくとなると、式神術の知識――師匠からの助言は不可欠だろう。
この記録活動は、私による私のための自己満足活動である。そういう趣味の類いに、師匠が陰陽師としての知見を示してくれるかどうか。
ひとまず今回は、現在の式神の性能と、術者である私の気合いで乗り切ろう。
私が対策を練っている間も、曉は一心に素振りを続けている。強く踏み込んだ際、床が弾む衝撃が豆千世のところまでかすかに伝わってくるほどだ。
曉は人外の身体能力と、炎を操る力を持つ青年。式武科に属する真面目な生徒で、やはり彼も普通の生徒ではない。
彼は異端、「鬼」の一族の末裔。代々、宮中を守る武官を務めている一族だ。彼の祖先は古の時代、妖異が住まう世界――異界から渡ってきたが、当時の帝と契約を交わし、人に仇なさないことを誓ったという。
不意に曉が動きを止めて、一点を見つめる。その視線の先では立て付けの悪い引き戸が開いて、真日流ちゃんが現れた。
「いよっ! 待ってました、主人公!」
先日に引き続き、彼女はお札の交換に奔走している。おそらく、中に先客がいるとは思ってなかったのだろう。目を丸くして、固まっている。
曉は不機嫌そうに、ずかずかと大股で真日流ちゃんに近づき、その勢いのまま持っていた棒の先を向ける。
初対面の人に対する反応としては、危険かつ失礼極まりない行動だ。しかし、彼の性格や取り巻く環境がそうさせている、という込み入った事情を私は知っている。
緊張感が漂う場面だけど、曉の動きが止まっている好機でもある。私は持っていた筆に霊力をこめ、冷静かつ着実に撮影をこなした。
「……ふぅ、なんとか撮影できてよかった」
ひとまず、ここでの目的は達成できた。あとは静かに二人の動向を眺めよう。まぁ、どうなるかは知ってるんだけど、一応ね!
初対面の相手から武器を向けられるだなんて、さすがに真日流ちゃんも少しだけひるんだようだ。しかし、彼女はこんなことではへこたれない。曉の警戒をものともせず、懐からお札を取り出しながら、ここに来た経緯をすらすらと説明しはじめる。
彼女は庶民の生まれということも相まって、意外にも豪胆な性格の持ち主。まさに、快活で素朴な美少女……尊い。思わず合掌しちゃう。
虚を突かれた曉は、ばつが悪そうに武器を下ろし、素っ気なく返事をする。対する真日流ちゃんは、どこか誇らしげに微笑む。
曉はその出自や見た目から、粗暴な性格だと決めつけられてしまうことが多く、本人も辟易している。だから、わざと強気な態度を取り、他人を遠ざけようとしているのだけど……そんな自分を恐れず、真っ直ぐに見てくれる真日流ちゃんに惹かれていく、というのが彼のルートだ。
真日流ちゃんは慣れた手つきでお札を交換していき、最後に曉に向かって一礼する。そして、呆気にとられる曉の返事を待たずに外へと飛び出し、みるみるうちにその姿は通行人の中に紛れて見えなくなった。
「驚くのも無理ないよなぁ。印象的な子だものね、真日流ちゃんって」
うんうんと、私は何度も頷く。一人、道場に残された曉は溜息をついて、帰り支度をしている。こんな雰囲気では、鍛錬を続ける気にはなれないだろう。
私も豆千世に道場から離れるように指示を出す。その際、軽く周辺を見渡してみたが、睨みを利かせていたハヤブサはもういなくなっていたので、私も豆千世も安堵した。
ちなみに、曉には二本の角が額に生えている。普段は術で隠しているが、鬼の力を発揮するときに発現する。その場面は撮れるかなー……いつか撮りたいなー!




