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呪われ姫のオタ活絵巻 ~そのスチル、いただきます~  作者: 有路ちみどろ


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02「回霊祭 1」

 やたら仰々しい二つ名がついているわりに、「呪われた姫君」が『恋かし』で登場することはない。

 いわば、モブキャラ未満の存在。だけど、そのほうがかえって居心地がいい。変な死亡フラグや追放エンドもないのなら、無理に世界を改変しようだなんて思わない。


 大好きな世界で、大好きなキャラクターたちが自由に生きている。彼らと同じ空気を吸って、同じ時間を生きている。それだけで、最高に幸せなことだ。


 ――しかし、だからこそ、私は式神を飛ばす。

 彼らの尊い勇姿(スチル)を、余すところなく記録し、この絵巻物に収めるために!



「行って、豆千世!」


 私は屋敷の中庭で式神である小鳥――「豆千世」を、手中から頭上に向かって放り投げた。豆千世は長い尾羽を揺らして、青空へと飛び去る。

 やがて、その姿が見えなくなると、すかさず手元の絵巻、その端に浮かび上がる地図に視線を落とす。


 豆千世は師匠の教えをもとに私が作り出した、特別な式神だ。私はこの式神を空飛ぶカメラとして、前世でいうドローンのような使い方をしている。

 見た目は普通のエナガ。愛らしい見た目でありながら、現在地が把握できる上に、撮影機能まで備えている。小さな体の中にたくさんの機能を詰め込んだ、かなり高水準な式神だと自画自賛している。

 今日のためにと改良を重ねてきたものの、実際に動かしてみなければわからない部分も多い。結局、術者の力がものを言うので、どうしても緊張してしまう。


 そして、この行為はあくまで、記録。盗撮には当たらない……と、自分に言い聞かせている。

 個人情報を拡散したり、人を傷つけるようなことは絶対にしない。ただ、私の生きがい――「オタ活」として利用させてもらうだけだから!


「えっと、天照学府はこっちの方角だったかな」


 淡い光の線で描かれた、禎連京の鳥瞰図。そこに現れた小さな光点を、私はしっかりと目で追う。

 これが豆千世の現在地で、豆千世を通して見える映像が、リアルタイムに絵巻物の余白へと送られてくる。


「――よし、ついた。早速、見て回らなきゃ!」


 私は絵巻の映像を食い入るように見つめた。

 楽しい。楽しすぎる。私はこのスチル撮影のために、この世界に生まれてきたのではないか。そんなふうに思ってしまうくらい。


「う~ん、みんな元気で素敵! とりあえず、ここらで真日流ちゃんを探すとしますか」


 豆千世は大きな門の外にある木の枝に止まり、自然を装いながら映像を送り続ける。

 絵巻に映るのは平安風な建築物に、水干をアレンジしたような清楚な制服を着た生徒たち。私の目には、その全てが輝いて見えた。

 今は昼休みだろうか。現場の音は拾えなくとも、生徒たちの談笑する声や、慌ただしく駆けていくその音が、頭の中で自動的に補完される。



 国立の高等教育機関である「天照学府」は、官吏や兵士の養成学校だ。『恋かし』での主要な舞台で、術式や武芸に秀でた少年少女が、出自や身分に関わらず共に勉学に励む。


 この国の身分は血筋、またはそこに刻まれた霊力の格で決まる。一定以上、もしくは特異な霊力を保有し、国の中核を担うのが貴族。霊力が並以下か、国政や国防以外の職につく大半の人々を庶民、あるいは平民と呼ぶ。

 貴族の中でもいくつか区分があり、ピラミッド型構造になっている。そこでは当然のごとくあらゆる陰謀が渦巻いており、勢力争いや政略結婚も珍しいものではない。

 なお、これも父の計略のうちなのか、ただの親バカなのか……今のところ、私はそういった事柄には関わらずに済んでいる。


 とはいえ、ここは実際の平安時代にあらず。庶民であっても「詞屋(ことばや)」という私塾にかよって、教育を受けることができる。

 主人公こと真日流は庶民の生まれだが、その詞屋で頭角を現し、天照学府に進学することとなった期待の新入生。学府で優秀な成績を収めれば、帝から一代限りの貴族格が与えられる「登龍制度」によって、成り上がる道が開ける。

 そんな実力主義な側面を持つ環境の中で、貴族も庶民も緊張と競争意識の中で切磋琢磨していく、というわけだ。


 正直、貴族であっても特に霊力が強いわけでもない、ただの引きこもりにとっては、まるで縁のない場所だ。それでも、こうして同年代の頑張る姿を見ていると、こちらまで身が引き締まる思いがする。

 ……というのは建前で、一刻も早くスチル撮影がしたくて、うずうずしています。



「タイミング的には、あのイベントかな?」


 靜子として生きて、それなりに時間が経ったせいだろうか。前世の記憶は消え失せてしまった部分もある。しかし、『恋かし』に関する記憶は、むしろ鮮やかに蘇りつつある。さすがオタク、業が深いぞ。


 今日は「回霊祭」という、祭礼行事の日。

 回霊祭は春の訪れを祝う賑やかな行事で、陰陽師たちが総出で都を覆う結界、「天蓋(てんがい)」を張り直し、古いお札を新しいものに交換して回る。天蓋は都の重要な防衛機能で、強力な妖異の侵入を防ぎ、気候を安定させている。

 期間中は貴族も庶民も外に繰り出し、陰陽師たちの様子を見物するので、都中が浮き立ったように人々が行き交う。そんな中で、たった一人を探し出すのは難しい。難しいけど、私にはできるはず。


「もっと人の多い、大路のほうに行ってみよう」


 私がそう呟くと、再び地図上で光点が移動しはじめた。

 都中という規模が規模だけに、お札の交換には学府の新入生も駆り出される。真日流ちゃんもその例に漏れず、都中を走らされているのだ。今頃であれば、攻略対象キャラクターたちの顔見せ、出会いのイベントが発生するはず。


 豆千世は道行く人々の頭上を飛んでいく。たかだか小さな式神一匹、近くをうろついていたところで、今は誰も気に留めない。

 次第に人の数が増えてきて、光点の動きも止まる。豆千世はどこかの屋根か塀の上に落ち着いたらしい。人々の視点よりも高い位置で、じっと状況をうかがっている。


「あらら、やっぱり人波に揉まれてるなー」


 ここ一帯は特に交通量が多い場所のため、結界の層が厚い。つまり、交換するお札の量と、その作業をする陰陽師と、それらを眺める見物客が集中している。

 私のお目当ての真日流ちゃんは群衆の端っこ、人波に押されて今にも倒れそうになっている。一本に束ねられた亜麻色の髪が、せわしなく揺れたり人々のあいだに挟まれたりと、散々なありさまだ。


 心情としては助けてあげたい。けれども、式神を通して観察しているだけの私には不可能……というか、それは別の人の役目だから。


「――あっ、きたきたぁ!」


 興奮する私の声に感応して、豆千世が小さく飛び上がる。

 颯爽と大路に現れたのは、栗毛の馬にまたがる一人の青年。柔らかな深紫の髪を揺らし、慣れた様子で馬上から周囲を観察している。一応、学府の制服を着てはいるが、他の生徒とはオーラがまるで違う。

 彼こそが攻略キャラの一人――「|東雲の若宮《しののめ の わかみや》」だ。


「ふおぉ……! あの光景を現実として目撃できるなんて、多幸感に包まれて昇天しそう!」


 東雲は馬に乗りながら、よろめく真日流ちゃんを発見し、ごく自然な動作で手を差し伸べる。物語の始まりを予感させる、まさしく王道の出会いのシーンだ。


 群衆の中で東雲の接近に気づいた者が、何か言いながら彼を指さす。しかし、こんな状況にも慣れているのか、東雲は全く意に介さない。

 真日流ちゃんは若葉色の目をしばたかせて驚きながらも、東雲の手を取って群衆から抜け出す。そして、得意の水行の術を使って自身の体を浮かせ、馬の背によじ乗った。安堵の溜息をつく真日流ちゃんを後ろに乗せて、東雲は澄ました表情のままゆっくりと馬を歩かせる。


「はぁーっ! 何しても絵になって最っ高!」


 豆千世は素早く群衆を避けて、二人に近づいていく。そのあいだに、私は文机の上からいそいそと筆を持ち出す。

 これを逃してしまったら元も子もない。私の目的はこの光景の記録――スチル撮影だ。ぼーっとしていると、東雲の追っかけが現れてしまうかもしれない。


「今だ! ここで、撮影!」


 振りかぶって、筆に霊力をこめる。そして、勢いよく筆の先を絵巻に押し当てる。すると、どこからともなく「カシャリ」というシャッターのような音が聞こえ、映像が静止画として絵巻に固定される。

 きっと、豆千世も私の動作に連動して、つぶらな瞳がキラリと輝いたことだろう。


 東雲の腰に手を当てて微笑む真日流ちゃんと、あくまで前を向いて冷静な態度を崩さない東雲。それはまさに、『恋かし』で見たような、美しい一枚の絵だった。

 私は拳を握り、天に突き上げて叫んだ。


「……っしゃあ! 美麗スチル、いただきました!」


 やった……ついに、やった! 記念すべき初スチルだ!

 みなぎる充実感、溢れ出る達成感。私は目を閉じて、長く深い溜息をついた。まだ夢心地で、実感が追いつかない。それに、撮影に成功しただけで、ここで終了というわけではない。

 ふふふ。それじゃあ、もう少しだけ、二人の行方を追ってみよう。


 私は絵巻物をくるくると回して余白を広げ、そこを筆先で軽く二回、調子よく叩いた。それを合図に、再び豆千世からの映像が浮かび上がる。

 映し出されたのは、東雲が群衆から離れた場所で、真日流ちゃんを丁寧に馬から下ろす場面だった。緊張した様子の真日流ちゃんが、涼しい顔をした東雲といくつかの言葉を交わす。

 しかし、周囲に人が集まってくる状況は変わらず、早々に会話は打ち切られてしまう。東雲は手綱を操り、次第に遠ざかっていく。その凜々しい背中を、真日流ちゃんはぼんやりと眺めていた。



「真面目で優しい、気品に満ちた好青年。まさに、優等生……というか、王子様キャラだわぁ」


 私がうっとりと余韻に浸っていると、いつの間にやら大路の混雑は解消されており、真日流ちゃんの姿もなかった。もしかしたら、東雲の指示で交通誘導員のような者が手配されたのかもしれない。


「ありがとう、豆千世。もう戻ってきて頂戴」


 私の命令に応えるように小さく跳ねてから、豆千世は屋敷へと飛んだ。一瞬にして式神を手元に帰す方法もあるけれど、それなりに霊力を消耗するので、今回は普通に自力で帰還してもらう。

 豆千世が戻るまでのあいだ、私はニヤニヤと頬を緩ませながら、絵巻物に固定された静止画――撮影したスチルを眺めていた。


 攻略キャラである「東雲の若宮」は、次期帝候補だ。

 彼は常に完璧な次期帝であろうと自身を律している。それゆえ、堅物のような印象を受けるが、民を思う心は熱い。主人公の純粋さに触れることで、自分が忘れていた素の感情を思い出していく……というのが、『恋かし』での彼のルートだ。


 物語はまだ序盤。主人公である真日流ちゃんが、今後どういう選択をしていくのかは、私にもわからない。わからないからこそ、楽しくて嬉しい。

 あー、ドキドキしすぎて今日はよく眠れないかも。


 よし。気持ちを落ち着かせるためにも、ここは一旦、師匠に報告をしておこう。あらためて、式神の術の相談もしたいしね。

 私は絵巻物を木箱の中にしまい、机上に置かれた木の葉に向かって筆をとった。


 こうして、私の初めての記録活動は、順調な滑り出しで始まったのであった。


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