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呪われ姫のオタ活絵巻 ~そのスチル、いただきます~  作者: 有路ちみどろ


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00「ある貴人の死」

 あのとき、本当の「私」は死んでしまったのかもしれない。


 それは寒い冬の、雪の降る日だったそうだ。

 私の母は帝都である禎連京(ていれんきょう)から遠く離れた雪国の生まれで、幼い私を連れて里帰りをしている最中だった。吐息が白い、と無邪気にはしゃいでいたことをぼんやりと覚えている。

 その時は珍しく、父は同行していなかった。仕事の都合が合わなかったのかもしれないし、母の両親に気を遣っていたのかもしれない。


 気心の知れた従者と数人の護衛をつけて、数年ぶりに故郷を目指した。長旅にはなるが、それでも特段、危険な行為には当たらなかった。

 いつもと変わらず五芒街道の安全は保たれていたし、無茶な旅程を組んでいたわけでもない。いくつかの宿場町と関所を通り過ぎて、何の支障もなく移動できていたのだ。


 しかし、それは起こった。

 現世と常世の境界が不安定になり、理の異なる異界から強力な妖異(あやかし)が現れる――「大禍刻(おおまがとき)」だ。

 話に聞いたことはあったが、実際に自分が体験することになるなんて、誰も想像していなかっただろう。


 それから先、私の記憶は断片的にしか残っていない。

 宿場町を出立して、山道に差し掛かった頃だったか。突然、玻璃が割れるような耳障りな音がした。

 次いで、何かを制する護衛の大声、女の甲高い悲鳴、馬の嘶き、獣の咆哮。


 馬車の外がただならぬ状況になっていることは、幼い私にも理解できた。母が私を強く抱きしめるので、息苦しくも温かかった。母は何か小声で呟いていたが、うまく聞き取れなかった。きっと、守護の呪文を唱えていたのだろう。その効果はあったのか、なかったのか……どちらとも言えない。


 刀が空を切る音がして、地面が揺れた。誰かが土行の術を放ったらしい。苛烈な攻防がうかがい知れて、私は母の胸に顔をうずめた。

 母は震えながらも状況を把握したようで、私を抱えたまま幌の外に飛び出した。


 冷たい雪まじりの風が吹いて、反射的に身をすくめる。馬車の周囲は結界によって冷気を防いでいたはずなのに、と私は動揺したが、その結界はすでに破壊されていたのだ。

 そして、母の動揺は私の比ではなかった。母にしがみついて視界を閉ざしていた私と違って、凄惨な光景を目の当たりにしたのだろうから、当然の反応だろう。

 雪の中に混じる焼け焦げた匂いと血の匂い、人のものか獣のものかわからないうめき声。ばくばくと早鐘を打つ、母の心音。


 もしかして、夢でも見ているのだろうか。そんなふうに思いかけたとき、すぐ近くでおぞましい咆哮が聞こえた。とっさに母は私に覆い被さってしゃがみ込んだ。

 その直後、何かに衝突されたような重みが加わった。母は「ギャッ」と短い悲鳴を上げて、私を抱きしめる腕により一層の力を込めた。


 それから、か細い声で私の名前を呼び続けていたが、やがて何も聞こえなくなった。あんなに激しく動いていた心音も、消え失せていた。

 ――寒い。母の腕の中にいるのに、どうしてこんなにも寒いのだろう。次第に体が震えてきて、私は眠るように気絶した。


 私が目を覚ましたのは、それから数日後。禎連京にある屋敷の寝室で、母が隣にいないことがとても奇妙だった。

 久しぶりに再会した父はひどく憔悴していて、少しだけ怖かった。それでも父は私を優しく抱きしめて、声を殺して泣いていた。


 聞けば、私だけは奇跡的に無傷だったが、あの場にいたほとんどの人間は亡くなったそうだ。辛うじて一命を取り留めた者も、大怪我を負ったという。


 馬車に備え付けていた結界は、当代随一と謳われる結界術師である父が作ったものだった。同行できない代わりにと丹精込めて作ったにもかかわらず、あっけなく破壊されてしまったのだから、父の心痛は計り知れない。

 それほどまでに強力な妖異が現れるなぞ前代未聞で、父の結界でも太刀打ちできないとなると、現状では対策のしようがないに等しい。当然、禎連京の上層部は震撼した。そして、大慌てで調査に乗り出し、周辺地域の警備を強化した。


 偉くて賢そうな大人たちは「天命だった」と言って、疲れ果てた様子の父を慰めた。

 彼らの言う「天命」とは、「仕方ない」の言い換えなのだろうかと、幼心にも疑問を覚えた。


 私は恐ろしかった。母の死を、永遠の別れを理解して、震えていたのではない。

 あの事故――大禍刻に巻き込まれて以来、身に覚えのない記憶が、頭の中になだれ込んできたからだ。


 口数が減って塞ぎがちになった私を、皆は同情したり心配してくれたけれど、本当の心情を打ち明けることはできなかった。


 突如として頭の中に入り込んだ、奇妙な記憶。

 それが、「前世の記憶」なのだということに気がついたのは、数年の歳月が経ってからだった。


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