――帝国を出るという選択
帝国の街は、相変わらず賑やかだった。
市場では呼び声が飛び、酒場からは笑い声が漏れてくる。
でも――
その中を歩く僕たちに向けられる視線は、少しずつ変わってきていた。
「……気づいてる?」
セレナが、僕の隣で小声で言う。
「うん」
視線が、増えている。
好奇でも、純粋な警戒でもない。
**“観察”**だ。
⸻
変わり始めた空気
冒険者ギルドでも、同じだった。
受付の職員は丁寧だ。
態度も、言葉遣いも変わらない。
けれど、奥の方で管理部の職員が何かをメモしているのが見えた。
「正式評価は、まだ保留です」
「少し……時間をください」
その“時間”が、意味するものを、僕たちはもう理解していた。
「評価じゃないわね」
リディアが、宿に戻ってから言った。
「分類よ」
使えるか。
管理できるか。
危険か。
「帝国は合理的」
「だから、曖昧なものを嫌う」
そして僕は、あまりにも曖昧だった。
⸻
管理部からの“提案”
数日後、帝国管理部から非公式の呼び出しがあった。
「監視下での活動継続」
「行動範囲の制限」
「祝福使用時の事前報告」
丁寧な言葉で包まれた、拘束。
「保護です」
そう言った研究官の目は、誠実だった。
だからこそ、余計に分かる。
これは善意だ。
だが、自由ではない。
「……拒否したら?」
剣火が聞く。
「強制ではありません」
「ですが――」
その“ですが”の続きを、誰も口にしなかった。
⸻
街で起きた、些細な事件
その帰り道。
路地裏で、小さな衝突が起きた。
亜人の行商と、人族の衛兵。
「許可証を見せろ」
「ここは帝国領だ」
行商は怯えながら、書類を差し出していた。
「……問題ないだろ」
僕が口を挟むと、衛兵がちらりと僕を見る。
一瞬。
そして、視線を逸らした。
「……失礼しました」
それだけだ。
何も起きなかった。
でも――
「今の、見た?」
アリシアが震えた声で言う。
「“僕たちがいるから”引いた」
守られたんじゃない。
警戒されたんだ。
⸻
居場所が、薄れていく
夜。
宿の部屋で、誰もすぐには口を開かなかった。
「……帝国はさ」
剣火が、ぽつりと言う。
「悪くないと思うんだ」
「うん」
僕も頷く。
「でも」
リディアが続ける。
「“共に生きる場所”じゃない」
帝国は守ってくれる。
けれど、それは檻の中だ。
「このままいたら」
セレナが静かに言う。
「いずれ、選択を奪われる」
聖女スキルの運用。
剣姫の配置。
行動の可否。
全部、“合理性”で決められる。
⸻
次の行き先
「……亜人の国」
僕がそう言うと、全員が顔を上げた。
「人族圏の外」
「帝国の直接統治外」
「教会の影響も、比較的薄い」
「でも、簡単じゃないわよ」
アリシアが言う。
「聖女への感情、複雑だし」
「だからこそ、だよ」
セレナが答える。
「亜人たちは、祝福を“力”じゃなく」
「“災厄”としても知ってる」
奪われた歴史。
利用された記憶。
それでも生きてきた種族。
「僕たちが行く意味がある」
部屋に、静かな覚悟が満ちていく。
⸻
出立の前夜
窓の外、帝国の灯りは美しかった。
秩序があり、強く、冷たい光。
「……短い滞在だったね」
剣火が笑う。
「でも、無駄じゃなかった」
リディアが言う。
「自分たちが、何を望んでいるか分かった」
僕は剣を手に取る。
鞘に納めたまま、それを確かめるように。
「ここは、通過点だった」
守られる場所じゃない。
選ぶ場所でもない。
「行こう」
「次は――」
「“祝福に怯えない国”へ」
誰も異論はなかった。
こうして僕たち《希望の光》は、
帝国を去る決断をした。
それは逃避じゃない。
次の答えを探す旅だった。
そして――
亜人の国で、
世界はまた、別の顔を見せることになる。




