――閑話休題、世界は、なぜこんなにも歪んだのか
帝国の宿の奥、簡素な個室。
灯りは一つ、窓の外では夜警の鐘が低く鳴っていた。
リディアが机の上に、いくつかの資料を並べる。
「……これも、今のうちに整理しておきましょう」
紙に書かれているのは、地図、系譜、そして“聖女顕現例”の記録。
「私たちが戦っている相手は、単純な敵じゃない」
「“仕組み”そのものよ」
僕は椅子に腰を下ろし、黙って耳を傾けた。
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■ 聖女という存在
「まず、聖女について」
セレナが口を開く。
「聖女は、生まれつき決まる存在じゃない」
「“祝福”が顕現した時点で、そう呼ばれる」
祝福は神の奇跡。
だが、奇跡は常に“代償”を伴う。
「本来、祝福は感情と結びつくもの」
「祈り、願い、恐れ、守りたいという想い……」
セレナは僕を見る。
「テイルの祝福が不安定なのは、間違いじゃない」
「むしろ、正しい」
教会が恐れるのはそこだった。
感情に左右される力は、管理できない。
「だから教会は、感情を削ぐ」
リディアが静かに続ける。
「祈りを型に押し込み、個を殺す」
祝福は強くなる。
だが、人は壊れる。
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■ 副作用と“兵器化”
「副作用の正体も、そこにある」
僕は自分の手を見る。
光を宿すその感覚は、今も完全には制御できない。
「祝福を“道具”として使おうとすると、拒絶反応が起きる」
「心と力が、噛み合わなくなる」
帝国の研究資料にも、同じ記述があった。
――出力を上げるほど、精神摩耗が進行。
――感情遮断時、暴走率上昇。
「帝国は、それを知っている」
リディアが言う。
「だから、すぐに兵器として使わない」
「“使えるかどうか”を、まず見るんだよね」
アリシアが少し嫌そうに言った。
「そう」
「帝国は合理的」
「残酷だけど、嘘はつかない」
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■ 剣姫という存在
「次は、剣姫」
剣火が鼻で笑う。
「便利な存在だよね」
「聖女を守るための“剣”」
剣姫は祝福を持たない。
だが、聖女の力を最も効率よく引き出す存在。
「心的同調」
セレナが補足する。
「信頼、感情、呼吸――全部が噛み合うと、祝福は安定する」
だから教会は、剣姫を“駒”として扱う。
「命令に従う剣」
「感情を挟まない盾」
リディアは一度、目を伏せた。
「……それで、何人も壊れた」
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■ 王国・教会・帝国の違い
「王国は、教会の力を借りて成り立っている」
リディアが地図を指す。
「だから逆らえない」
「勇者も聖女も、国威発揚の象徴」
「帝国は違う」
アリシアが言う。
「力は資源。使えなければ切り捨てる」
冷たいが、嘘はない。
「そして――」
僕が続ける。
「魔王軍」
部屋の空気が、少し重くなる。
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■ 魔王軍と、聖女への憎悪
「魔王軍は、聖女を“救済者”だとは思っていない」
セレナの声は低かった。
「過去の聖女たちは、多くの魔族を滅ぼした」
「命令に従い、感情を失ったまま」
その結果、何が起きたか。
「家族を失った者」
「故郷を焼かれた者」
「存在そのものを否定された者」
だから――
「魔王が捕獲を命じなければ」
リディアが言う。
「多くの魔王軍は、聖女を見た瞬間、斬る」
それが“普通”だった。
「……僕は、例外なんだね」
僕が言うと、誰も否定しなかった。
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■ それでも進む理由
沈黙の中、剣火が言った。
「正直さ」
「こんな世界、嫌になるよね」
「うん」
僕は頷いた。
「でも――」
セレナが顔を上げる。
「だからこそ、変える意味がある」
聖女は道具じゃない。
剣姫は駒じゃない。
祝福は、命令のためにある力じゃない。
「《希望の光》は、実験体でも兵器でもない」
リディアが静かに締めくくる。
「これは――」
「世界が間違え続けた答えを、選び直す物語よ」
夜は、まだ深い。
だが、朝は確実に近づいている。




