――弱さを測る者、弱さを知る聖女
帝国管理部は、都市の中心からわずかに外れた場所にあった。
装飾のない石造りの建物。
窓は少なく、塀は高い。
要塞というより、思考のための隔離施設だ。
「……歓迎されてる感じはしないな」
剣火の呟きに、案内役の兵士は淡々と答えた。
「ここは、
感情を歓迎しない場所です」
重厚な扉が開く。
中は静まり返っていた。
音が反響しないよう設計された廊下。
歩くたびに、自分の存在だけが浮き彫りになる。
通された部屋には、円卓がひとつ。
待つこと数分――
一人の男が入ってきた。
白衣姿。
軍服ではないが、
背筋はまっすぐで無駄がない。
四十代半ば。
理知的な眼差しの奥に、
長年“人を観てきた”疲労が滲んでいる。
「初めまして」
男は、形式的に一礼した。
「帝国管理部・聖性研究区」
「主任研究官、
ハインリヒ=クローヴァー」
その視線は、
一切迷うことなくテイルに向けられた。
「……男性の聖女」
「記録上では仮説止まりだったが、
実在したとは」
声には驚きがない。
あるのは、確認と評価だけ。
「結論から言おう」
ハインリヒは、席に着く。
「君は――
弱い」
空気が、張りつめる。
剣火が立ち上がりかけるが、
リディアが静かに制した。
テイルは、
何も言えなかった。
「勘違いするな」
ハインリヒは続ける。
「能力値の話ではない」
「聖女スキルの出力、精度、
いずれも優秀だ」
「だが――」
眼鏡の奥で、視線が細くなる。
「君の思考は、
“守られる前提”で止まっている」
その言葉は、
はっきりと痛かった。
⸻
「君は、
仲間が前に出ることを前提に判断している」
「支援は早い。
回復も正確だ」
「しかし」
机上に、記録板が置かれる。
そこには、
異空間攫取事件の解析データ。
「この瞬間」
「君は、自分が
“確保対象”であることを
最後まで想定していなかった」
テイルの喉が鳴る。
(……その通りだ)
「魔王軍は、
聖女を殺さない」
「だが、
“奪う”」
「君は、
その現実にまだ立っていない」
責める声ではない。
事実を淡々と並べる声。
それが、
逆に逃げ場を奪っていた。
「……どうすれば」
テイルは、
小さく息を吸う。
「どうすれば、
強くなれますか」
ハインリヒは、
初めて僅かに口角を上げた。
「その問いが出た時点で、
可能性はある」
⸻
「答えは、三つだ」
一本目の指。
「自分が戦場の中心であると自覚しろ」
「君が倒れれば、
支援網は崩壊する」
「だから、
守られる存在である前に、
“立ち続ける存在”になれ」
二本目。
「聖女スキルの対象を、
味方に限定するな」
「異空間で行った
“敵への干渉”」
「それは、
聖女としては異端だが、
戦術としては正解だ」
三本目。
「孤立するな」
意外な言葉だった。
「君は、
一人で判断し続けると
視野が狭まる」
「信頼する者を、
意識的に戦術に組み込め」
ハインリヒは、
テイルを真っ直ぐ見た。
「君は、
未完成だ」
「だが帝国は、
完成品には興味がない」
「成長途中の異常にこそ、
価値を見出す」
⸻
研究区を出た廊下。
来た時よりも、
床が重く感じた。
「……手厳しいな」
剣火が息を吐く。
「でも」
リディアが言う。
「逃げなかった」
テイルは、
自分の胸に手を当てる。
弱い。
守られてきた。
だからこそ――
「考えるよ」
「どうすれば、
前に立てるか」
帝国管理部は、
優しくない。
だが、
現実から目を逸らさせもしない。
その日、テイルは初めて――
“聖女として強くなる”ことを、
自分の意思で考え始めた。




