――焦りと呪縛
帝国都市が、目前に迫っていた。
高い城壁。
無駄のない構造。
整然と並ぶ監視塔。
「……もう少しで門だな」
剣火が息を吐いた、その瞬間だった。
テイルの内側で、
祝福が“拒絶”を示した。
「待って――!」
言い終わる前に、
世界が引き剥がされた。
音が消える。
色が落ちる。
重力だけが、遅れて追いつく。
気づいた時には、
一行は黒い円陣の中央に立っていた。
床は魔法陣。
空間は閉じている。
出口は、ない。
「……攫取結界」
セレナが歯を噛む。
「転移じゃない、
“隔離”よ」
拍手が、響いた。
ゆっくりと。
わざとらしく。
「流石だ」
霧の奥から、
一人の魔族が姿を現す。
外見は比較的整っている。
鎧も、戦闘用というより拘束用。
武器は――鎖。
「魔王軍第九軍団」
男は、穏やかに名乗った。
「――回収・保全部隊所属」
「幹部候補、
ゼルガ=ルゥ」
その視線が、
真っ直ぐテイルに向く。
「安心しろ、聖女」
「殺しはしない」
「君には、
価値があるからね」
⸻
次の瞬間、
鎖が空間を滑った。
「来る!」
剣火が弾く。
だが、鎖は斬れない。
「拘束特化だ!」
アリシアが叫ぶ。
鎖は生き物のように動き、
距離を無視して絡みつく。
「抵抗は推奨しない」
ゼルガは淡々と告げる。
「君たちは、
“付属品”だ」
「聖女さえ回収できれば、
他は――」
言葉の途中で、
剣火の拳が飛んだ。
「ふざけるな!」
直撃。
だが、ゼルガは一歩も退かない。
「……だから」
「回収は、
嫌われる」
その瞬間、
異空間の圧が増した。
剣姫たちの動きが、
わずかに鈍る。
「この空間は、
“連れ去り用”だ」
「逃げ場も、
殺意も、必要ない」
鎖が、テイルに迫る。
(……まずい)
祝福を展開するが、
回復も強化も、通りが悪い。
(奪う前提の結界……)
(聖女スキルを“弱める”設計だ)
リディアが叫ぶ。
「テイル、
このままじゃ――!」
ゼルガの声が、苛立ちを帯びる。
「大人しくしろ」
「予定では、
無抵抗で終わるはずだった」
「……くそ」
魔力が、荒れ始める。
(焦ってる)
セレナが気づく。
「幹部候補……
功を急いでる」
ゼルガは、
鎖の数を増やした。
「時間がない!」
「帝国の観測圏に入る前に――」
その一瞬の“焦り”。
テイルは、
そこに祝福を差し込んだ。
守るのではない。
強めるのでもない。
――判断を、狂わせる。
ゼルガの鎖が、
一拍、遅れた。
「今!」
剣姫たちが、
一斉に踏み込む。
鎖を断ち、
空間の核を狙う。
ゼルガが、目を見開いた。
「……なぜだ」
「殺さない結界のはずだぞ!」
「だからだよ」
剣火が言う。
「俺たちは、
殺されない前提で動ける」
最後の一撃。
異空間が、
ひび割れた。
⸻
光。
次の瞬間、
元の街道に戻っていた。
全員、膝をつく。
ゼルガの姿は、ない。
だが――
最後の声だけが残った。
「……覚えておけ」
「次は、
“正規の回収”だ」
⸻
沈黙。
リディアが、低く言った。
「……魔王軍は、
本気で“連れていく気”」
テイルは、
震える手を握りしめる。
「殺さない」
「でも、
自由も与えない」
帝国都市の門が、
ゆっくりと開き始めていた。
そして彼らは悟る。
この先、
自分たちは――
どの陣営からも“守られる存在”ではない。




