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あの、僕男ですが、何故か聖女スキルを獲得して剣姫達と魔王を倒す旅に出ます。  作者: 三科異邦
第二章 帝国編

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――幕間、名前と役割を与えられる前の、少女

少女が生まれた村は、

帝国の地図の端に、かろうじて点として載る場所だった。


畑は痩せ、

冬は長く、

人はいつも足りなかった。


正確には――

生きていく余裕が、足りなかった。


だから村では、

人は「家族」より先に「数」として扱われる。


食べさせられる数。

働ける数。

捨ててもいい数。


少女は、最後のそれだった。



彼女は、名前を呼ばれたことがない。


「おい」

「そこ」

「余ってるやつ」


それで十分だった。


名前を付けるということは、

覚えるということだ。

覚えるということは、

失ったときに痛むということだ。


この村に、

そんな余裕はなかった。



食事は一日一回あれば良い方。

冬になると、二日に一度。


寒い夜は納屋の隅で、

藁を抱えて眠った。


泣くことは、しなかった。


泣けば怒鳴られる。

怒鳴られれば殴られる。

殴られれば、

「役に立たない」と判断される。


だから彼女は、

感情を出さない方法を覚えた。


目立たず、

音を立てず、

そこにいないように生きる。


それが、彼女の生き方だった。



冬のある夜、

村を吹雪が襲った。


食料倉庫の扉が凍りつき、

誰も開けられなくなった。


中には、

村が生き延びるための配給がある。


だが大人たちは、

誰も扉に触れようとしなかった。


凍傷になれば、

働けなくなるからだ。


沈黙のあと、

誰かが言った。


「……余ってるのがいるだろ」


その言葉で、

少女は前に押し出された。


拒否する理由を、

彼女は持っていなかった。



凍った扉に手を伸ばした瞬間、

激しい痛みが走った。


指の感覚が、消えていく。


そのとき――

世界が、静かになった。


吹雪の音が遠のき、

人の声が整理され、

頭の中が澄んでいく。


「……?」


少女が、

無意識に「扉が開く形」を思い浮かべた。


次の瞬間、

氷が音を立てて割れた。


祈りはない。

願いもない。


ただ、

扉が開いた。



村はざわついた。


「偶然だ」

「たまたまだ」


そう言う声の中で、

帝国の巡回官だけが、少女を見ていた。


正確には、

少女の“周り”を見ていた。


空気が妙に整っている。

人の動きが、自然と噛み合っている。


「……報告案件だ」


それだけで、

彼女の行き先は決まった。



帝国は、彼女を救わなかった。

だが、捨てもしなかった。


連れて行き、

洗い、

測り、

記録した。


祈れとも、

信じろとも言われない。


代わりに言われたのは、


「ここに立て」

「動くな」

「何もするな」


という命令だけ。


不思議なことに、

それを守っているだけで、

周囲が落ち着いていった。


怪我人の出血が止まる。

兵の判断が早くなる。

小さな事故が起きなくなる。


少女は何もしていない。

ただ、そこにいるだけ。


それなのに、

人は彼女を必要とした。



ある日、

研究官が言った。


「この現象は、

聖女と呼ばれてきたものに近い」


少女は、

その言葉の意味をよく分かっていなかった。


ただ一つ、はっきり分かったことがある。


(……ここでは、

 余らない)


役割がある。

必要とされる。


それだけで、

生きていい理由になった。



そしてある朝、

帝国の高官が彼女の前に立った。


「記録番号では不便だな」


そう言って、

彼は一枚の書類に何かを書き込む。


「今日から、お前には名前を与える」


少女は、少しだけ戸惑った。


名前は、

失われると痛いものだと、

どこかで知っていたから。


だが――

今は、逃げなかった。


「お前の名は――」


高官は、淡々と告げる。


「イリス」


「境界で世界を整える者、

その意味を持つ名だ」


少女――イリスは、

初めて自分を指す言葉を受け取った。


胸の奥で、

何かが静かに定まる。


彼女はまだ、

多くを知らない。


聖女という言葉の重さも、

自分が観測されている理由も。


ただ一つだけ、確かなことがある。


名前を持った瞬間から、

彼女は“帝国の一部”になった。


そして――

同じ異常が、

国境の向こうから近づいていることを、

彼女のスキルは、もう感じ取っていた。

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