――帝国ともう1人の聖女
帝国領に入ってから、
セレナはずっと違和感を覚えていた。
(……止められない)
検問は形だけ。
名前も目的も、深く聞かれない。
代わりに、
こちらが何も言わないうちに、向こうは知っている。
それが、この国のやり方だった。
⸻
街道沿いの小さな交易町。
セレナは先行偵察の名目で、
一人、街に入った。
フードを深く被り、
あくまで「流れの傭兵」を装う。
(……噂は、酒場)
王国でも帝国でも、
情報は人の口から漏れる。
⸻
酒場は昼間から人が多かった。
商人、兵士、職人。
帝国では珍しく、
宗教色の薄い空間だ。
セレナはカウンターに腰掛け、
さりげなく話を振る。
「最近、
この辺り、やけに兵が多くない?」
酒場の主人が肩をすくめる。
「そりゃあな」
「“あれ”が出たからよ」
「あれ?」
主人は声を潜めた。
「……聖女だ」
セレナの手が、ほんの一瞬止まる。
(帝国に、聖女?)
「帝国って、
教会の聖女とは別じゃ?」
「そりゃそうだ」
「でもな、
奇跡を起こすなら、
呼び名は一つだろ?」
⸻
別の客が、会話に割り込んできた。
「まだ若い娘だ」
「顕在したのは、
つい最近らしい」
「祈りも教会式じゃない」
「帝国の軍医が、
“観測”してたって話だ」
(観測……)
セレナの胸がざわつく。
「……それで、どうなった?」
「どうもこうもねえ」
主人が苦笑する。
「教会に引き渡すどころか、
帝国が囲った」
「今は関所の奥で、
軍と一緒に動いてる」
⸻
その言葉を聞いた瞬間、
セレナは“あの視線”を思い出した。
関所で見かけた、
白基調の実用的な服。
兵士に守られていないのに、
誰も近づかなかった理由。
(……そういうことか)
(帝国は、
聖女を“管理対象”にした)
⸻
酒場を出たセレナは、
屋根の上から関所を再確認する。
例の少女が、そこにいた。
祈っていない。
祝福も放っていない。
それでも、
空気が“揃えられている”。
(無意識下で、
周囲を調整してる……)
それは教会の聖女とは違う、
未整備で、だからこそ危険な力。
(テイルが、
この国に入ったら)
(同じ扱いを受ける)
いや――
それ以上だ。
男の聖女。
教会が切った存在。
(帝国からすれば、
最高の研究対象)
⸻
セレナは、すぐに決断した。
(……急がないと)
この国は、
敵意を向ける前に、
「理解した」と判断する。
理解された瞬間、
もう逃げ道はない。
セレナは仲間の元へ向かって走り出した。
帝国は危険だ。
教会とは、
別の意味で。
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