――帝国行きの理由と、歪な一行
帝国領へ向かう街道は、王国側よりも明らかに広く、無駄がなかった。
整えられた石畳を踏みしめながら、剣火が軽く舌打ちする。
「……ほんと、帝国って感じだな」
「どういう意味?」
テイルが聞くと、剣火は顎で前方を示した。
「綺麗すぎる。
人が歩くための道ってより、軍が動くための道だ」
「その通りね」
そう答えたのはリディアだった。
彼女は周囲の地形や道標をさりげなく確認しながら歩いている。
もはや教会の聖職者というより、情報屋の立ち振る舞いだ。
「帝国は“無駄なもの”を嫌う。
人も、力も、感情も」
「……じゃあ僕たち、相当無駄の塊じゃない?」
テイルの冗談に、誰も否定しなかった。
⸻
少し後ろでは、アリシアが馬の手綱を引きながら静かに歩いている。
銀髪を揺らし、視線は常に周囲へ。
彼女は元・王国騎士団の剣姫。
寡黙で感情を表に出さないが、
この旅の中で誰よりも冷静に状況を見ている。
「……セレナは?」
テイルがふと思い出したように聞く。
「先行偵察」
短く答えたのはアリシアだった。
「帝国境に近づくほど、
単独行動の方が目立たない」
その言葉通り、
セレナは今この場にはいない。
彼女は情報収集と隠密を得意とする剣姫で、
王国騎士団に籍を残したまま、
“教会から距離を置く”判断に最も早く従った一人だ。
「セレナが先に行ってるってことは」
剣火が肩を回す。
「少なくとも、帝国側はもうこっちを把握してるな」
「ええ」
リディアは否定しなかった。
「だから彼女は“騎士団の剣姫”として動いてる。
教会とも、聖女とも、今は距離を保った立場で」
「都合のいい立場だなあ」
「生き残るためには、必要よ」
⸻
少し離れた場所では、
もう一人の聖女――リュシアがテイルの様子を静かに見ていた。
彼女は祝福を使っていない。
それでも、テイルの周囲の空気が微妙に揺れるたび、
何かを感じ取っているようだった。
「……大丈夫?」
小声で尋ねられ、テイルは首を振る。
「問題ない。
今は、まだ」
その言い方に、リディアが視線を向ける。
「“まだ”って言い方、
そろそろやめなさい」
「分かってるけどさ」
テイルは苦笑した。
「僕が聖女である限り、
問題が“起きない”瞬間なんてないでしょ」
誰も否定できなかった。
⸻
剣火がぽつりと言う。
「こうして見るとさ」
「王国騎士団に残ってるのがセレナ、
一緒に来てるのが私とアリシア、
教会を完全に抜けたのがリディア」
「で、聖女が二人」
「……ほんと、よくバラバラになったもんだ」
「でも」
アリシアが静かに続けた。
「それぞれが、自分で選んだ結果」
その言葉に、テイルは少しだけ救われた気がした。
誰も無理やり連れてきたわけじゃない。
逃げただけでもない。
選んだ先が、たまたま帝国だっただけだ。
⸻
遠くに、帝国領を示す黒い標柱が見えてくる。
リディアが言った。
「ここから先は、
“王国の論理”は通じない」
「利用される可能性も高い」
「……それでも行く?」
テイルは足を止めず、答えた。
「うん」
「少なくとも、
僕たちを“物語”で処理しようとはしない」
剣火が笑った。
「勇者様よりは、信用できるな」
その言葉の裏にある名前を、
誰も口にはしなかった。
帝国は、まだ中立だ。
だが――
この一行を見逃すほど、甘い国でもない。
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