――討伐命令、そして静かな街
聖都・枢密会議室。
厚い扉が閉じられ、
外界の音は完全に遮断されていた。
円卓の中央に立つのは、教皇代理。
その左右に、枢機卿、上級司祭、聖律官たち。
そして――
円卓の端。
勇者、アレクス・ヴァレンティア。
「状況は、理解しているな」
教皇代理が、低く言う。
「男の聖女――
テイル・カトレア」
「彼は、教会の管理を離れ、
王国騎士団の一部と共に逃亡」
「帝国とも、接触する可能性が高い」
アレクスは、即答する。
「はい」
「異端化の兆候あり」
「放置すれば、
信仰秩序に重大な影響」
教皇代理は、満足げに頷いた。
「では、命じる」
一枚の文書が、
円卓の上に置かれる。
封蝋には、
教会の最高権威を示す紋章。
「――討伐せよ」
「聖女テイル・カトレア」
空気が、凍る。
「討伐……ですか」
アレクスは、文書を見つめたまま言った。
「彼は、
人族に危害を加えていない」
「むしろ、救済の実績が多い」
一瞬、
司祭たちの表情が固まる。
だが教皇代理は、即座に答える。
「だからこそだ」
「彼は、“正しすぎる”」
「信仰に従わない奇跡は、
いずれ信仰そのものを壊す」
「……理解しました」
アレクスは、文書を受け取った。
「方法は、問われますか」
「問わん」
「事故でも、魔族の仕業でもいい」
「勇者が剣を振るえば、
人々は“正義”として受け取る」
その言葉を聞いた瞬間。
アレクスの胸に、
奇妙な感覚が走った。
(……排除)
(異物)
(理解できない存在)
それは、
彼に残された数少ない衝動。
「……了解」
立ち上がる。
だが、扉を出る直前――
彼は、振り返った。
「一つ、質問があります」
「なんだ」
「彼を、
“聖女”と呼ぶのは、
もうやめるべきでは?」
会議室が、静まり返る。
教皇代理は、
薄く笑った。
「いいや」
「討伐対象だからこそ――
最後まで、聖女だ」
アレクスは、
その言葉を反芻しながら、歩き出した。
(役割を終えた聖女)
(処理対象)
剣の柄を、
強く握る。
⸻
一方。
王国西方、交易都市レイヴァルト。
石畳の街路には、
行商人の声と、子どもたちの笑い声が溢れていた。
「……久しぶりに、普通の街だね」
テイルは、少し緊張を解いた顔で言った。
「宿も、ちゃんとしてる」
「風呂付きだぞ」
剣火が、上機嫌で言う。
「最高じゃん」
剣姫たちは、
束の間の休息に、それぞれ街へ散っていく。
テイルは、
露店の前で足を止めた。
「これ……」
木彫りの小さな聖女像。
女性の姿だが、
柔らかな表情をしている。
「……聖女、か」
露店の老人が、笑う。
「昔話だよ」
「困ってる人を、
黙って助ける存在」
「神様より、
人に近い奇跡だ」
その言葉に、
テイルは胸の奥が、少し温かくなる。
(……僕も)
(そう、なれたらいい)
宿に戻ると、
リディアが地図を広げていた。
「明日には、
さらに西へ」
「帝国領に入る前に、
情報を整理します」
「危険は?」
剣火が、尋ねる。
リディアは、少し考えてから答えた。
「今のところ、
追跡部隊の動きはない」
「……不自然なくらい、静かです」
その言葉に、
テイルは小さく笑った。
「たまには、
何も起きない日があってもいいよ」
夜。
宿の窓から、
街の灯りが見える。
テイルは、ベッドに腰掛け、
今日一日のことを思い返す。
笑う人々。
温かい食事。
(……守りたい)
それが、
誰に命じられたわけでもない、
初めての“純粋な願い”だった。
その頃――
街道の外れ。
月明かりの下。
アレクス・ヴァレンティアは、
一人、立っていた。
「……聖女テイル」
その名を、
まるで確認するように口にする。
「あなたは、
間違いだ」
「だから、
正さなければならない」
だがその声音には、
確信よりも、
歪んだ焦燥が滲んでいた。
彼はまだ、知らない。
今、討とうとしている相手が――
自分にとって、
唯一“正解を壊す存在”だということを。
そして、街は今夜も静かだ。
嵐が来ることを、
誰も知らずに。
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