――勇者とは
聖都・大聖堂前広場。
人々の歓声は、
空気そのものを震わせていた。
「勇者様だ……!」
「神に選ばれた英雄だ!」
アレクス・ヴァレンティアは、
歓声の中心に立っていた。
純白の外套。
光を反射する聖剣。
そして――
完璧な笑顔。
「皆さんの期待に、応えます」
「魔王を討ち、
世界に平和をもたらしましょう」
拍手。
熱狂。
だが、近くで見ていた司祭の一人は、
微かな違和感を覚えていた。
(……早い)
笑うのが、早すぎる。
誰かが歓声を上げる前に、
アレクスは“次に求められる表情”を
すでに浮かべている。
まるで――
台本を先読みしているかのように。
「勇者様!」
子どもが駆け寄る。
「魔王って、怖い?」
アレクスは、膝をついた。
目線を合わせる。
「怖い存在です」
「でも、安心してください」
「私は、怖いと感じませんから」
子どもは、きょとんとした。
周囲の大人たちは、笑う。
「さすが勇者様だ!」
「頼もしい!」
だが。
その場を離れた後、
司祭が声をかける。
「アレクス様」
「今のは、
“怖くない”と言うより――」
「“怖さを理解していない”ように、
聞こえましたが」
アレクスは、首を傾げた。
「……違いが、分かりません」
沈黙。
「恐怖とは、
敵対対象への警戒反応」
「魔王は討伐対象」
「討伐対象に、
感情を割く必要はありません」
司祭の喉が、鳴る。
「……あなたは」
「自分が死ぬ可能性について、
考えたことは?」
「あります」
即答。
「その場合は、
私の代替が選ばれるでしょう」
「勇者は、
役割ですから」
司祭は、背筋が冷えた。
(この子は……)
(神を信じているのではない)
(“役割”を信じている)
夜。
アレクスは、私室で剣を磨いていた。
反射する自分の顔。
完璧な英雄の顔。
(……正しい)
(私は、正しい)
なのに。
胸の奥に、
説明できない“ノイズ”がある。
――男の聖女。
――感情で祝福する存在。
(非合理)
(欠陥)
(……だが)
剣を持つ手が、わずかに震えた。
(なぜ、
あれだけは排除したい)
怒りではない。
恐怖でもない。
理解できない存在への、嫌悪。
それが、
アレクスに残された数少ない“歪んだ感情”だった。




