――剣姫は炎の中から現れる
その日、教会本部は静かすぎた。
朝の鐘が鳴り終わっても、
空気に張りつめた緊張が、どこかに残っている。
「……嫌な予感がする」
小さく呟いたのは、テイルだった。
理由はない。
ただ、胸の奥で聖女スキルが、微かにざわついている。
「気のせいじゃないと思うわ」
セレナが、窓の外を見ながら言った。
「今日は……空気が重い」
アリシアも無言で頷く。
その瞬間だった。
――轟音。
大地が、揺れた。
「なっ……!?」
外壁の一部が、内側から抉り取られるように崩れ落ちる。
悲鳴。
破砕音。
結界が軋む、耳障りな共鳴音。
「魔王軍だ!!」
誰かの叫びが、教会内を駆け抜けた。
「結界が……破られてる!?」
「ありえない、ここは聖都だぞ!」
だが現実は、無慈悲だった。
黒い影が、崩れた壁の向こうから侵入してくる。
整然と、無駄なく。
暴走も、狂気もない。
訓練された軍勢。
「……狙いは、聖女だ」
リディアが、即座に判断する。
「テイル、下がって!」
だが――。
「その必要はない」
低く、澄んだ声。
瓦礫の向こうから、
一人の女剣士が現れた。
燃えるような紅の長髪。
軽装の戦装束。
手にするのは、刃が波打つ大剣。
彼女は、魔王軍の前に立っていた。
「――ここから先は、通さない」
「……人族の剣士?」
魔族の将が、訝しげに声をかける。
「名を名乗れ」
女は、剣を肩に担ぎ、笑った。
「剣姫《紅蓮》
カグヤ・イグニス」
「通り名で呼んでくれてもいい」
その瞬間。
彼女の足元から、炎が噴き上がった。
「なっ……!」
魔王軍の前列が、強制的に後退する。
だが、彼女は追わない。
ただ――守る。
「へぇ……」
遠くから、魔王軍の幹部がその様子を観察していた。
「剣姫が、もう一人いたとは」
「しかも、教会側につくか」
だが、カグヤは教会を見もしなかった。
視線は、一直線に――
テイルへ。
「……あんたが、噂の聖女?」
「え?」
「男なのに、ってやつ」
一瞬、場の空気が止まる。
「……まあいいや」
彼女は、剣を地面に突き立てる。
「今は味方か敵か、それだけ」
「教会は嫌いだけど、
守るべき人がいるなら話は別」
「――ここは、あたしが抑える」
「剣姫が、単独で……?」
アリシアが驚く。
「無茶です!」
「無茶? 慣れてる」
カグヤは、笑った。
「それに――」
ちらりと、テイルを見る。
「この子、放っといたら
絶対ロクな目に遭わない顔してる」
「……」
反論できなかった。
次の瞬間、魔王軍が動く。
「排除しろ。ただし――」
将の命令は、明確だった。
「聖女には、手を出すな」
「……了解」
刃と刃がぶつかる。
炎と闇が、教会の中庭を裂く。
カグヤの剣は、圧倒的だった。
一撃一撃が重く、迷いがない。
だが、殺さない。
「……?」
リディアは、気づいた。
魔王軍は、無差別に壊していない。
聖具庫、居住区、一般信徒――
そこには、手を出していない。
狙いは――。
(……観測、か)
「退くぞ」
突然、魔王軍が引いた。
「目的は果たした」
黒い霧とともに、影が消える。
残されたのは、
破壊された“権威”だけ。
「……何だったの?」
セレナが、息を整えながら呟く。
「襲撃にしては……おかしい」
カグヤが、剣を背負い直す。
「さあね」
「でも――」
彼女は、テイルを見下ろした。
「魔王軍は、あんたを見に来た」
「それだけは、確かだ」
教会は、揺らいだ。
剣姫は、増えた。
そして、世界は――
もう後戻りできない場所に、足を踏み入れた。
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