「私、急いでいるのですよねぇ」
──初めて優義徒と出会ったのは神聖制約教団の施設にある託児所だった。
私の歳は確か……三、四歳だったと思う。初めて両親と分かれて一人になったのが酷く心細かった。
知らない場所、知らない人ばかりで……恥ずかしい事に泣いてしまった。周りの大人達が泣き止ませようとするもその大人達が怖くて仕方がなかった。
泣いて泣いて……このまま自分の涙で溺れてしまいそうな程に涙を流していた時にソイツは出てきた。
『おなかがいたいの?ゆーくんもさっきそうだったんだよー』
へらへらと笑うソイツは私の傍に近づくと頭に手を乗せてポンポンと一定のリズムを刻み始めた。
『いたーいのいたーいのとんでけー』
お腹が痛いのかと聞いたのに何故頭を撫でるんだとかそもそもお腹が痛い訳じゃないとか言いたい事は幾つもあった。
でも、その手の温かさが心地好くて……言い出そうとした言葉は全てその熱に溶かされたように消えた。
涙はいつの間にか止まっていた。
──それから、私はソイツ……優義徒と気がつけば友達になっていた。
いつもぼんやりとした様子で他の者とテンポが二つか三つ程ズレていた優義徒の世話を焼き、不埒な輩から守り、共に成長していった。
ある時にふと気になっていた事を聞いてみた。
『ユーくんは学校に行かなくていいの?』
『前におかあさんが言ってたんだ、私はカミサマの為に純粋なままでいないとダメだから教会の外に行ってはいけないって……だから行かなくていいんだよ』
ふわりと微笑んだ優義徒の言葉はどこか言わされているような感じがした。
その時の私はまだまだ幼かったからそのその言葉の意味を深くは考えなかった……今思えば神の為に純粋なまま、外に出されずにずっと教会にいるなんて
まるで生け贄みたいじゃないか
ーーーーー
私のターン終了の言葉を聞いてもジュンくんはピクリとも動きませんでした。
死んではいない筈ですが……気絶したのですかね?
「時間制限は"ギアスファイト"にはありませんが……私、急いでいるのですよねぇ」
チラリと森林エリア側を見れば……爆撃を行っていたであろう【ケルビム】の周りを幾つもの線路がまとわりつくように伸びていて、その上を縦横無尽に駆け回る蛇を模した六両編成の列車【六限列車ハイランドーラ88】
タクミくんがお父さんを止めてくれているようですね。切り札にしてエースの名前から察されるように全色入りハイランダーであるタクミくんのデッキは中身が全て銀の弾丸とも言える物です。対戦の度にカードの入れ替えが行われているので何が飛び出るのか分からないのが面白い所です。その性質上、様々な戦術へのメタカードが組み込まれているのでやりづらいことでしょうね。
「優義徒さん……?なんでここにいるんだっぺ……?」
のんびりとした……けれども怯えを孕んだ声に振り返れば傍らに大きなタヌキと小さなキツネを従えたマイバラ嬢が佇んでいました。
「これはこれは……ミッションの途中ですか?申し訳ないですがジュンくんと今、お話をしているのでここは後回しにしてもらっても良いですか?」
「お話って……皇導さんボロボロだっぺ!」
そう言ってジュンくんに駆け寄り、体を揺すっているマイバラ嬢の様子を見守る事としましょうか。
しばらくして、意識が戻ったジュンくんはマイバラ嬢と何かを話してから立ち上がります。
「ねぼすけさんですね、ジュンくん。昔は優義徒を貴方がよく起こしていましたね。今だと立場が逆になりそうですね」
「……その記憶もあるのかお前には」
「ええ、エピソード記憶でしたっけ?穴だらけだと思いますが幾つかは覚えていますよ」
微笑む私と対照的に苦々しい表情を浮かべるジュンくん。
散らばった手札をかき集め、彼は真っ直ぐに私を見据えた。
「行くぞ……続きだ!私のターン、ドロー!!!」
■■ 第二ターン
ライフ:1
手札:5 ターンカウンター:3
サーチにより彼の手札は【朽ちたる黒曜の処刑場】と【黒曜神の神託】が確定しています。
前者は兎も角、後者はコストが足りていないので考えなくて良いでしょう。
封印されている【モルドレッドⅩ】を【朽ちたる黒曜の処刑場】の効果で戻す事は出来ないので使ってくるにしても墓地肥やししかありません。
……まあ、何かしら来るでしょうね展開的に。
「アーティファクト【朽ちたる黒曜の処刑場】を発動!」
黒い結晶──黒曜石に覆われた古城には変化はありません。元々、この場所はあのカードを用いて作られた場所なので仕方ない事ですが。
「で、そのまま無駄に墓地肥やしですか?」
「いいや、このカードを使用する為の弾にする!スペルカード【砕け散る円卓】を発動!!!」
【砕け散る円卓】
黄 コスト:1 スペル・騎士
このスペルの発動時に自分の場のアーティファクトを全て破棄する。
こうして破棄したアーティファクトの枚数だけ自分のデッキの上を確認し、その中から一枚を手札に加える。
地面が震えます。
ジュンくんの周りの黒曜石が次々に砕け、元【モルドレッドⅩ】だった大きな塊を残して全てが砂利のようになってしまいました。
その砂利が宙へ舞い上がったかと思えば三枚のカードに姿を変えます。
「【騎士は彼の地へ至り】は兎も角【騎士は決して引かず】は捨てるには惜しいと思いますよ。それにそのデッキトップ三枚にこの状況を打破出来るカードが無かったらどうするのです?」
「どうもしない……だが引き当ててみせよう」
そうしてゆっくりと右手を上げてカードに触れていくジュンくん。
「……私は優義徒を守れればそれで良いと自分を捧げた。名を、心を、それまでの人生を」
一枚目は目当てのカードでは無かったようで流れるように次の一枚に手が伸びます。
「初心を忘れない……あのカードの力の代償である感情の固定化は私にとっては福音だった。だが、その力を失った今では……私には欲が増えた」
二枚目もまたそうではなかったようです。
残るカードに触れる寸前、恐れるように彼の指が止まる。
「…………守る事の報酬が笑顔だけでは最早満足出来そうもない。私は、もっと欲しい。もっと触れたい。もっと共に居たい。もっと……優義徒が欲しい」
カードにではなく私……いいえ、優義徒の体にその手を伸ばしたジュンくんは寂しげに笑う。
「優義徒に取り憑いた"ナニカ"……私はお前が羨ましい。優義徒の体の居心地はどうなんだ?」
「……他の方に憑いた事が無いので比較は出来ませんが、自分の本来の体と遜色がありませんので最高と言えるでしょう」
「だろうな……ハハ、そうだろうなぁ!!」
一転して憎悪に満ちた表情を浮かべたジュンくんが乱暴に最後のカードに触れます。
瞬間、溢れ出すのは禍々しい瘴気……そして何度か浴びた覚えのある力の波動、反逆の六英雄の波動。
「この力は……ありえない。既に六体揃っている筈なのに!?」
「そこの嘘つきにでも聞いたらどうだ!?反逆の六英雄だったか……何に対しての反逆だ?そのカードは何に対して反旗を翻した?ソレは本当に反逆の六英雄なのか!?」
思わず手札の【ルシフェリオン】のカードに視線を落としますが、タダのカードであるソレが答えるわけもありません。
……"ギアスモンスター"として配置していたならば何かしらのリアクションがあったかもしれませんが、終わってから問い詰めなければいけません。場合によっては計画の練り直しが必要になります。
「アーティファクト【騎士はやがて聖杯を手にする】を発動!!」
【騎士はやがて聖杯を手にする】
黄・白 コスト:2 アーティファクト・騎士
このアーティファクトは自身の効果以外では破棄されない。
一ターンに一度、自分の手札を一枚破棄して発動する。
【聖杯の奇跡:人命復活】【聖杯の奇跡:星雲招来】【聖杯の奇跡:私心転心】の内、一枚をデッキ外から手札に加える。
こうして手札に加えたカードが効果を発動した後に、このアーティファクトを破棄する。
眩いばかりの輝きを纏う黄金の杯。それが傾いたかと思うと、一滴だけ零れた同じ位に眩い白銀の液体が一枚のカードとなってジュンくんの手札に加わります。
「手札を一枚破棄し、効果発動!!スペルカード【聖杯の奇跡:私心転心】を手札に加え、そのまま発動!!」
【聖杯の奇跡:私心転心】
黄・白 コスト:1 スペル・騎士
相手の場のモンスターのコントロールをターン終了時まで得る。
この効果は無効にされない。
このスペルはデッキに入れられない。
怪しい桃色の煙が辺りに充満したかと思うとその煙を吸った【マモン】の目がとろんと虚ろになってフラフラとジュンくんの場へ歩いていってしまいます。
……ライフと打点的に後二押しくらい来たらマズイですが、彼の引いたであろうカードがその二押しになりそうですね。
「【邪聖天の強欲マモン】のコントロールを得る!そして……このカードのコストは私の墓地のアーティファクトの数だけ軽減される!!!コストを5軽減する!!」
【騎士はやがて聖杯を手にする】の手札コストで稼いでいましたか。
空から降り注ぐのは透明な水晶……しかし、地面に突き刺さる度にどす黒く変色して周りを黒曜石で侵し始めます。
それを行っているのは漆黒の外套に身を包み、身の丈程もある杖を携えた絵本に出てきそうな若き魔女。
「現れろ【呪いの始まりモルガーン】!!!」




