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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪魔の翼は自由に向かない

作者: ムルモーマ

第二五回書き出し祭り、会場内10位、全体42位だった作品です。

 魔法の発展した世界、そのとある平原。

 空を覆う闇が更け始めた、朝日もまだ昇らない明朝にて。


 グリフォンとワイバーンが、遥か上空で戦っていた。

 それぞれ背中に人を乗せて、共に魔術を放ちながら。上下左右に目まぐるしく位置が切り替わりながら、時に爪や牙、人の槍で直接貫こうと試みる。

 また眼下に広がる大地には数え切れぬ人やらの死体が転がっており、腐敗していく臭いが上空にまで漂ってきていた。


 これは戦争だった。規模の小さくない国同士の、小競り合いなどというレベルでは到底語れない、凄惨な殺し合いだった。

 今この場所では、その二国における正面衝突が発生していた。

 毎日のように百は軽く超える人が死に、弔われる事もなく腐って蛆がたかる。

 また、戦争に巻き込まれるのは人だけではなかった。

 犬や馬から、人の手で御する事の出来る魔獣まで。

 人と同等の意志を持ちながらも、それとは無関係に駆り出されている事を示すかのように、グリフォンとワイバーンには魔術具と思わしき複雑な形状をした首輪が付けられていた。

 そして二匹は、反逆や逃走の意志を見せてしまえば、それが自らの命を奪う事を知っていた。


 グリフォン。

 馬を凌ぐ速度で駆ける強靭な四肢と、勇猛に翔ける巨大な翼を併せ持つ鷲頭の巨大な魔獣。肉体の強さにおいては比肩する者が早々に居らず、加えて魔法を扱う素質も併せ持つその様相は、人はおろか、大半の魔獣を敵としない。

 ワイバーン。

 ドラゴンの一種ではあるが、前足と翼を別に持つ訳ではなく、鳥のように前脚を翼として持つ、精悍な魔獣。地上を素早く駆ける事も出来なければ、魔法を扱う素質も大したものではないものの、四肢を併せ持つグリフォンやドラゴンなどとは比較にならない程速く、複雑に空を翔ける事の出来る素質を持つ。


 そのグリフォンには戦う才能があった。しかし、人と共に愛されて育った彼女には、闘争に向く気質を持つ事はなかった。

 そのワイバーンは個としては平凡であった。しかし、彼は生きる事に誰よりも貪欲だった。

 戦場に駆り出されたグリフォンは、自らの心を殺す術を覚えた。人を撥ね飛ばす肉々しい感覚も、自らの放った魔術が一度にして複数の命を奪う事にも、ひたすらに心が動かないようにして日々が過ぎていくのをただ祈る。そんな傍から見れば無情な姿は、敵からは無慈悲の悪魔と呼称されるに至った。

 戦場に駆り出されたワイバーンは、生きる為にどんな事でも吸収した。死なない為の努力を誰よりも欠かさず、必死になって今日まで生き延びてきた。そして駆られるがままに敵陣奥深くにまで潜り込み、痛烈な損害を与えつつ確実に生還していく様は、敵からは不可視の悪魔と囁かれていた。

 グリフォンは、幾度と襲撃してくるワイバーンを討伐せしめんと騎兵と共に深夜から待機させられ、そして応戦する事となった。

 ワイバーンは、その日も敵の要所を破壊する為に僅かでも眼下が見える明朝から駆り出された。

 グリフォンは、相対したワイバーンと上に乗る騎兵が強敵だと理解しつつも、いつも通りの虚ろな目で淡々と見続けていた。

 ワイバーンは、こんな遠距離からでも魔術による強烈な攻撃を放ってくるグリフォンの心が、ここにない事に気付いた。

 そして自身と同じく、自らの意志で戦争に赴いた訳ではない事に気付いた。


「仕掛けられるか?」

 ワイバーンの騎兵が聞いてきたのに、ワイバーンは小さく頷いた。

「おい、仕掛けてきそうだぞ」

 グリフォンの騎兵が後頭部を叩いた。グリフォンは応えなかった。


 グリフォンの周囲に数多の魔術が展開された。それは時間差をおいて、時に広範囲に散らばり、時に防壁を突き破る程に集中して貫いてくる、光の矢。

 グリフォンという人より恵まれた体躯……内に秘める桁違いなエネルギーの総量と、魔術的素養を持ち併せるからこそ出来る芸当。予め描いた軌道をグリフォンだけが理解しながら、自身も命を啄もうと襲い掛かる。

 それに対しワイバーンは複雑かつ精緻な飛行で、弾幕の隙間をすり抜けるかのように接近していく。

 そして真下へと位置取って攻撃を加えるかと思いきや、いきなり上空へと飛び上がり、そこからさながら太陽を背にするように、魔術による眩い光を発しながら急降下した。

 目で追っていては到底対応が間に合わない程の飛行能力。更に視界も封じてくる戦略。

 それに対し、グリフォンは反撃も難しいと悟ると、魔術で防御を固めた。

 ワイバーンの騎兵は、曲芸さながらの飛行に意識を保つだけで精一杯だった。

 グリフォンの騎兵は、光に目を焼かれ、手にした槍を闇雲に突き出す事しか出来なかった。

「うおああああ!!」

 必死な叫び声。

 突き出された槍を避けるように、ワイバーンは空中で一回転する。そのまま背から伸びる尾が、強かにグリフォンの首を打ち据えた。

 魔術による分厚い防壁によって、それはグリフォン本体には大したダメージにはならなかったが。

 頭が揺れて意識が一瞬危うくなる程の強い衝撃。また、それが的確に首輪のある場所を打ち据えた事に、グリフォンだけが気付いた。

 そして、その首輪は強い衝撃を与えられたのにも関わらず、何も反応していない事にも。

「…………!?」

 グリフォンの目が覚めた。


 距離を取って目の前に再び舞い戻ったワイバーンは、ようやくグリフォンが起きたのを確認した。

「も、もう少しだけ緩められないのか?」

 背中からの、胃液を全て吐き出してしまったような苦しげな声に、冷たく首を振って返した。

 戦場で最後に心を覚ましたのがいつなのかも分からないグリフォンは、ワイバーンの意志を何度も確認するかのように、じっと目を合わせていた。

「やーーっと目が覚めたのか。殺す方法は浮かんでいるのか?」

 グリフォンは小さく頷くと、再び魔術を無数に展開した。


 ワイバーンは、グリフォンの目を相変わらず見ていた。展開される魔術から伺えるような殺意とは裏腹に、その目は自分の事を信じるか半信半疑のようだった。

 けれども自由になりたいのならば、この機会を逃したら次はいつになるのか見当もつかない。

 グリフォンはワイバーンに向かってゆっくりと飛び始めた。見るだけ見れば、殺意に満ち溢れた光の矢を数多に放ち、ワイバーンの行動を制限しながら。

 しかし、ワイバーンはその攻撃の一つ一つが誘導の意図を持っている事にすぐに気付いた。優れた飛行能力を持つ自分ならば容易く避けられ、同時にグリフォンの眼前にまで到達出来る道筋が形作られていた。先に自分が打ち据えた首への一撃が、手加減したものであったのと同様に。


 グリフォンはワイバーンが自身の意図通りに誘導されていくのを見た。

 ワイバーンは必要のない曲芸飛行で背に乗せている騎兵の自由を制限しながらグリフォンへと近付いていく。

 互いに目を合わせ続けた。それぞれの首輪が嫌にでも目に入っていた。

 グリフォンは、自分が騙されているのかどうか分からなかった。けれども、首筋を打ち据えた尻尾の一撃の軽さは、身に受けた自分が何よりも分かっていた。その気なら、首を折るまではいかずとも、もっと強く打てるはずだった。

 ワイバーンもまた、グリフォンが自分を騙している可能性は否定しきれていなかった。けれども、心を殺しても生き延びて来れたこのグリフォンが本気を出したら、近付く事も出来ずに、この自分の皮翼はおろか、胴体をもこの光の矢に貫かれて死ぬのは避けられないだろうと感じていた。

 だから。

 不確かながらも、それぞれは互いを信じた。

 そして。

 グリフォンの騎兵が違和感を覚えた時には。

 ワイバーンの騎兵が目まぐるしく動く視界の隅にワイバーンの顔の先を見た時には。

 グリフォンの爪はワイバーンの首輪のみに掛けられていた。

 ワイバーンの牙はグリフォンの首輪のみに立てられていた。

 硬質なものが砕ける音に二重に響く。

 その役割を果たす事なく、幾多の破片となり落ちていく、首輪だったもの。

 更に、それとほぼ同時に。

「…………えあ゛?」

 グリフォンの最後の魔術は、ワイバーンの騎兵の全身に穴を開けていた。

「お、前、ら……」

 グリフォンの騎兵は、首輪が砕けるとほぼ同時に、ワイバーンの尾によって胸を貫かれていた。 

 首輪に続いて、二人の人間が物言わぬ肉塊となって落ちていった。


 グリフォンとワイバーンは、再び目を合わせた。すぐ近くで、静かに羽ばたきながら、今となれば偽りの殺意も何もなく。

 喜びよりも、ここまで上手く行くとは思っていなかったような驚きの方が強かった。

 長い間付けていた首輪が破壊されて、違和感すら覚えていた。自由に成れた事に未だ体の理解が追いついていなかった。

 けれど、しなければいけない事は分かりきっていた。

 ここから逃げる事。

 そうは言えど、どこに向かえば良いのかグリフォンには見当がつかず、狼狽え始める。

 しかし、時に敵地の奥深くまで侵入する事もあったワイバーンは、周りの地理を少しばかりは知っていた。

 その方角にワイバーンは向き直り、そしてグリフォンを見た。

 共通した言葉も持っていない。それどころか種族すら違う。

 けれども、意志だけは共通している。

 グリフォンは、ワイバーンの後に続いて飛んでいった。




 ……それを。

 グリフォンに戦友を殺された人間が見ていた。

 ワイバーンの騎兵の友である人間が見ていた。

 同じく望まずして戦場に駆り出された魔獣達が見ていた。

 互いの国の指揮官が見ていた。

 地平線から姿を見せ始めた朝日を除いて。

 それを祝福する者は、誰一人として居なかった。

所感はこちら。

https://x.com/hellowo10607338/status/1971907990040314330

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