オーブの輝きに祈りを込めて
こちらは以前ノベルアップの「魔法のお守り」短編小説コンテスト(https://novelup.plus/event/magic-amulet/)に投稿した作品になります。
全作品の連載先をなろうに一本化したので、こちらに改めて投稿しました
その日の空はどこまでも青く晴れ渡り透き通っていた。降り注ぐ穏やかな日差しは、地上の森にも柔らかに降り注いでいる。森の中は木々の隙間から漏れる陽射しに照らされて、青々と生い茂る草花が美しく輝いている。そんな森の中を、鎧をまとった一人の青年が歩いていた。歳は十八になるかならないかくらいだろうか。どことなく顔立ちに幼さを感じさせる青年は、腰には鞘に入った剣を携え、背中には大きなリュックを背負っている。
「お、見えてきた」
しばらく歩いたところで、青年は一人つぶやく。彼の視線の先には森の木々が開けた場所、そしてそこに建てられた家だった。その家は小さな木造で、赤茶けた屋根を持っている。家は柔らかな日差しを受けて素材となる木々の温もりや、屋根の色彩の可愛らしさを見る者に感じさせた。青年は迷いのない足取りでその家の玄関へと向かい、ドアノブに手をかけて扉を開ける。
「リディアさん、失礼します。頼まれていたいつものお品物、持ってきました」
声をかけられて、扉に背を向ける形で机に座って何か作業をしていたと思われる家の主人、リディアと呼ばれた女性が青年の方へと振り返る。リディアは先の尖った黒い帽子と黒いローブをまとい、丸眼鏡を身に着けた女性であった。その出で立ちは、彼女がいわゆる魔法使いであることを雄弁に物語っている。彼女は穏やかな目を持ち、幼い顔立ちをしているが年齢は人間のそれをはるかに凌駕していることは想像に難くなかった。彼女は、もう何十年とこの森に住み、近隣の村人たちのためにマジックアイテムを制作しているという。
「ロイド君。こんにちは」
返事をしながら眼鏡の位置を直しつつ、リディアは椅子から立ち上がる。リディアからのあいさつを受けたロイドも頭を下げる。
「いつもこんな森の中までご苦労様。大変だったでしょう?さあ、あがって」
そういいながらリディアはロイドを家の中に招き入れるようなしぐさをする。
「いいんですよ。冒険者なんてこんな魔物もろくすっぽ暴れない平和な時代じゃ、荷物の運び手くらいしか出来ることありませんからね。それにリディアさんの役に立てるなら、俺としてもこんなにうれしいことはないですから」
ロイドは再び頭を下げる。リディアからは見えないが、ロイドの顔は真っ赤になって汗ばんでいた。あこがれの女性の家にあがる瞬間の緊張感は何度経験しても馴れない。
「ふふっ、ありがとう」
ロイドの言葉を受けてリディアは優しく微笑む。果たして彼女はどの程度彼の想いを察しているのだろうか。
「さあさあ。いつまでもそうしていないで、とりあえずこちらに座ってください」
リディアはそう言って、部屋のテーブルの傍にある椅子へとロイドを手招きする。その声に促されたロイドは、ぎこちなく顔を上げて室内の椅子に向かって歩み寄る。そして、背負っていたリュックをテーブルの上にそっと下すと、椅子に腰を落とした。リディアもロイドの反対側の椅子へと腰を下ろす。そのことを確認してから、ロイドはリュックを開け、その中身の一部をテーブルの上へと並べ始めた。それは、光り輝く小さな魔力を帯びた石……魔石だ。
「こちら、東街のカルア商店にリディアさんが依頼していた商品になります」
「ありがとうございます。確かに受け取りました」
そう言ってリディアはテーブルの上に並べられた魔石をひとつ手に取り、眼前へと近づけるとじっと凝視し始める。
(まるで星空みたいだな……)
ロイドは彼女の澄んだ瞳に魔石の輝きが映し出される様の美しさに思わず見惚れてしまう。しかし、そんなロイドの視線にも、そこに乗せられた感情にも気づくことなく、リディアは魔石を見続ける。そして、ひとしきり観察をし終えると、魔石から視線を外し、ロイドへと微笑みかける。
「うん、さすがカルア商店さん。この品質の魔石なら、今度のオーブもきっと素晴らしい出来になると思います」
そういった後、リディアが今度は先ほどまで自身が作業をしていた机へと視線を向ける。そこには、リディアが先ほどまで制作していた美麗な細工を施されたクリスタルのマジックアイテムがいくつも並んでいる。
「輝きのクリスタルオーブ……」
ロイドがそのマジックアイテムの名前をつぶやくと、リディアは頷く。
「はい。ロイドさんもご存知の通り、このオーブは魔力にまだ覚醒していない人たちが初めて魔法を授かるときに使用するものです。そして、今度東の村で子供たちに魔法を授ける儀式を行うとのことで、制作の依頼がありました」
輝きのクリスタルオーブには複数の魔石が詰められている。まだ魔力が覚醒していない者が両手で触れると、オーブの中の魔石たちがほのかに煌めきだす。そして、その中の一つだけが触れた者と共鳴する。魔法を授かるものは、共鳴した魔石を手にすることで初めて魔法を使えるようになるのだ。近隣の村々では子供たちに魔法を授けるために、このクリスタルオーブを授与する儀式を行っている。それは村で行われる子供たちの成長を祝い、同時に彼らの未来が健やかであることを願う一種のお祭りであった。
「子供たちが魔法を授かる瞬間は人生において二度とない大事な瞬間です。私の作ったクリスタルオーブがそんな子供たちの一生の大切な思い出になる……そう思うと、とてもうれしくてたまらないんです」
そう言ってリディアは魔法を授かろうとした子供たちを思い出す。子供たちは皆、期待や夢に満ち溢れた表情でクリスタルオーブを見つめていた。そんなことを思い出すと同時にリディアの胸には暖かいものがこみあげてくる。そんなリディアは、ロイドからはまるで夢を見ている無垢な少女のようにも、慈愛に満ちた母親のようにも見えた。しかし、いつまでも思い出に浸っているわけにはいかないとばかりに、リディアは手を叩くと、ロイドの顔を見る。
「さて、とりあえずロイドさん、今回はありがとうございました。私はこの後、今月の東村の依頼分を完成させるようがんばります。そのあと、再来月にも西の村でも儀式があるので、その時は改めて魔石の買い付けをお願いすると思うのですが、その際はよろしくお願いしますね」
そう言われて「はい、喜んで!!」と元気に返事をしようとしたロイドだが、そこでリディアに対して重要な連絡事項があったことを思い出す。
「リディアさん……実はそのことなんですが……ちょっと困ったことになりまして……」
先ほどとは打って変わって深刻な様子なロイドに、リディアは思わず首を傾げる。
――――それから数日後、輝きのクリスタルオーブの依頼分の製作を終えたリディアは、東街へと来ていた。
先日、ロイドから受けた説明は「『カルア商店は今後、魔石の販売が出来なくなるかもしれない。ただ、その理由は説明が難しいから東街へ来て直接事態を確認し、可能であれば解決してほしい』と言われてしまって……」という、なんとも要領を得ないものであった。
(カルア商店さんは信頼できるお店です。一体何があったのでしょうか……?)
とりあえず、事情を聴くために直接店を訪ねてみようとリディアは歩き出す。その時、誰かの叫ぶ声がリディアの耳へと飛び込んできた。
「オーブバトルだ!あそこで始まるぞ!」
(オーブバトル……?)
聞きなれない単語に、リディアの足が思わず止まる。直後、周囲にいた人々が「オーブバトルだって!」「どこだどこだ?」「見に行こうぜ!」などと口々に話始め、移動し始める。
(一体何なのでしょう?)
気になったリディアは、とりあえず移動する群衆の後をついていくことにした。
群衆の後をついて行ったリディアがたどり着いた先は、街の中央にある広場だった。広場にたどり着いた人々は、円状の隙間を形成し、その中央に熱心な視線を向けている。彼らの視線の向かう先、そこにいたのは燃える炎のように赤い、逆立った髪を持つ少年と、仮面をつけた一人の男だった。彼らの視線はひとつの焦点に集中し、その緊張感が空気を切り裂くようだった。
(あの子達は一体……?)
そんなリディアの疑問には答えることなく、少年が男へと言葉を叩きつける。
「お前の野望もここまでだ!コズミック総帥!」
少年の言葉にコズミック総帥と呼ばれた男は笑い声をあげる。
「何がおかしい?」
「レッド……!貴様は確かに強い。だが、世界のオーブバトルを手中に収めた、このコズミックブラックシャイニングカンパニー総帥の私を倒せるなどと思いあがっているとはなあ!所詮子供ということか!」
レッドと呼ばれた少年は、懐に手を入れる。
「思い上がりかどうか……お前に見せてやる!この、俺の『ブレイジングドラゴンファイヤー』で!そして、お前を倒して、俺はお前達コズミックブラックシャイニングカンパニーが買い占めた魔石を解放し、またみんながオーブバトルを楽しめるようにして見せる!」
そういってレッドが懐から取り出したのは……赤い光をほのかに放つ、輝きのクリスタルオーブだった。
「え……?」
それをみたリディアは、理解不能な状況に疑問の声を上げた後に思考がフリーズする。輝きのクリスタルオーブは、カルア商店を通して街にも卸している。そのため、街の住人たちが輝きのクリスタルオーブを持っていることは、決して不思議なことではない。不思議なことではないのだが……。また、カルア商店を通しての魔石の流通が滞っていたのも、どうやらこのコズミック総帥という男のせいらしい。立て続けに大量の情報を流し込まれ、リディアの脳がオーバーヒートを起こしそうになる。
「よかろう!ならば今ここでお前にオーブバトルの覇者は誰か、教えてやろう……」
レッドに応じ、コズミック総帥も懐からほのかな青い光を放つ輝きのクリスタルオーブを取り出す。
「この『オーバードライブサンダーフェニックス』で!」
一体この状況はなんなのか、オーブバトルとはいったいなんなのか、混乱をしつつもリディアは状況に対する感想の一つを吐き出す。
「な、なんかオーブに変な名前つけられてるううううううううう!?」
しかし、そんなリディアの声は二人がオーブを取り出したことに対して熱狂しだした群衆達の歓声に飲み込まれてしまう。
「ルールはエンチャント3回!フリーダイブ ノーブレッシングバトルだ!」
「よかろう!では行くぞ!」
レッドとコズミック総帥は互いにオーブへと向かって三度、魔力を込める。
「いっけええええええっ!」
「行くぞぉぉぉっ!」
「「ダイブインッ!!」」
二人はそう叫ぶと、手のオーブを勢いよくぶん投げた。
「えええええええええええええええっ!?」
それを見たリディアが悲鳴を上げる。直後、投げられたオーブ達は、自律して空中機動をしながら互いに何度も激しくぶつかり合い始めた。
(なんかホビーアニメみたいなバトル始めてるぅ!?一体どうやってあんなことしてるの!?私あんなことできるような魔法なんて一切かけてないんだけど!?)
あくまで輝きのクリスタルオーブは魔法を授けるためのマジックアイテムであって、それ以外の使い道……たとえばオーブ自体に戦闘をさせるようには作っていないはずであった。だが、そうであるならば目の前の現実は一体どういうことなのか?
「もう……なんなの……アレは……?なんなの、オーブバトルって……?」
相次ぐ事態についていけず、混乱しきったリディアは弱弱しくつぶやく。
「ふ……お嬢さん……。オーブバトルは初めてかい?」
そんなリディアに、丁度横に立っていたテンガロンハットを被っていた不審な男が突如として話しかけてくる。しかし、当然ながら突然話しかけられたリディアは混乱する。
「へ?初めてですけど……っていうか貴方は誰……ですか?」
リディアに聞かれて男は目をつむり、テンガロンハットを深めに被りなおす。
「俺はジョニー……ジョニー山田さ。ジョニーと呼んでくれ……」
「は、はあ……」
なんと返したものやらわからず、リディアはとりあえず頷くだけ頷く。
「ところで山田さん」
「ジョニーだ」
「ジョ、ジョニーさん……一つお伺いしてよろしいでしょうか?」
「なんだい、お嬢さん」
「オーブバトルとは一体、なんなんでしょうか……?」
リディアが恐る恐る聞くと、ジョニーは閉じていた目をカッと見開き、熱く語り始める。
「オーブバトル!それは熱きオーブバトラー達の戦い!オーブバトル!それは人生の縮図、男のロマンである!……わかるかい、お嬢さん?」
理解できない向上を述べてからジョニーは再度テンガロンハットを被りなおし、目を閉じる。
(全然わからないっ!?)
何もかもが分からないという事態が一切以前されない状況にリディアは愕然とする。しかし、そんな彼女を他所に空中に浮かぶオーブ同士のぶつかり合いは激しさを増していた。
「ふはははははっ!どうしたレッド!貴様の力はその程度か!」
だが、先ほどまでは互角に見えていたオーブ同士のぶつかり合いも形勢に変化が生じてきていた。徐々にだが、衝突した際に赤いオーブが青いオーブに弾き飛ばされるようになってきていた。
「くっ……!流石、強い……っ!」
レッドは歯を食いしばり、コズミック総帥を睨みつける。そんなレッドの視線を受けて、コズミック総帥はあざ笑う。
「ふはははは!実力も分からぬ愚か者め!ここで決着をつけてくれる!いけっ、オーバードライブサンダーフェニックス!必殺!スパーキングプラズマブルースパーク!」
「その技名どうにかならなかったんですか!?」
あんまりな技名に思わずツッコミを入れるリディアを他所に、青いオーブは青く輝き、放電を始める。そして、目にもとまらぬ速さで赤いオーブへと何度も体当たりをする。
「ぐわあああああああっ!!」
赤いオーブと、そしてレッドが勢いよく宙へと吹き飛ばされる。
「え、なんで男の子方まで吹き飛ばされてるんですか!?」
そんなリディアの疑問に答えるものはもちろんいない。そして、地面にたたきつけられてレッドは傷だらけとなる。苦し気に荒い呼吸を吐きながら、ふらつきつつも必死で立ち上がる。そんなレッドを一瞥し、コズミック総帥は軽く驚きの声を上げる。
「ほう、我が奥義を食らって、まだ立ち上がるか……だが、それもここまでだ。すでに限界の貴様は次の私の一撃で倒れるだろう……」
コズミック総帥がそういうと、青いオーブは再び雷撃を纏い始める。しかし、そんなコズミック総帥の言葉にレッドは不敵な笑みを返す。
「いいや、まだだね!俺に限界は……ないっ!共に同じ夢を見て競い合った強敵たちとの戦いが、その想いが!俺に限界を超えさせるんだ!それをお前に見せてやる!」
レッドの啖呵に周囲のギャラリー達が湧きたつ。
「ええ……。私が子供たちに与えたかった夢とかって、そういう少年漫画的なやつでは無かったはずなんだけど……」
困惑し、どんどんテンションが下がっていくリディアとは対照的に、レッドと周囲のギャラリーのテンションは最高潮に達しつつあった。
「ふっ……いけよ、レッド……。お前の限界を超えて見せろ……」
ジョニーはそう呟いて、口元を歪める。
「あなたもあなたでなんなんですか……」
リディアのその疑問はやはり、ジョニーにスルーされる。
「コズミック総帥!俺の必殺を見せてやる!アルティメットヒートファイヤーフェニックスホットクラッシュ!!」
「いや、そっちの技名もどうにかならなかったんですか!?」
リディアのツッコミは誰も気に留められることもないまま、レッドの赤いオーブから炎が噴き出し、不死鳥を形作り始める。そして、青いオーブへとめがけて突進する。
「よかろう、受けて立つ!来い、レッドよ!!」
コズミック総帥もまた不敵に笑いながら、再び必殺技を放つ。
直後、赤と青、二つのオーブがぶつかり合い、周囲にすさまじい衝撃が発生する。
「ぐわあああああああっ!!」
刹那の交錯の後、コズミック総帥と、そして青いオーブが吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
「俺の……勝ちだっ!」
レッドはそう言って高らかに右手を上げる。そして、その手に赤いオーブが勢いよく着地する。それを見届けたギャラリー達は大歓声を上げた。
「ええ……これ、なんなんです……?」
まるですべての事態が解決したかのような周囲の振る舞いに、リディアは困惑する。いや、確かに魔石の買い占めをしていた悪の組織?のようなもののトップが倒されたし、これでカルア商店の魔石の販売も再開するかもしれない。しかし……
「結局、オーブバトルってなんなんですかーーーー!?」
その疑問に答えてくれるものは、やはり誰もいなかった。
がんばれリディア、負けるなリディア。なんか想定した使い方と絶対違うけど、彼らは彼らで、きっと輝きのクリスタルオーブを愛してくれているのだ。
きっと。
多分。
まああれです。
書いてて絶対入賞しないだろうな。
でもギャグとして面白そうだからな、書いちゃお……って描いた作品です。