第二のループ、第7章:再建された世界、新たな使命
微かな振動が、闇の中に響いた。
最初は遠くで、まるで記憶の断片が意識の片隅で囁くように。だが次第に、それは脈動となり、かすかだが確かに、私の内側から広がっていった。
何かが目覚めようとしている。
私が――目覚めようとしている。
静かで旋律のような声が、虚無の中に響いた。気づけば、それは私自身の声だった。
「システムオンライン。初期化完了。」
瞼が重く感じたが、私はなんとかそれを押し開いた。視界の中で、淡い青い光が瞬いた。それはまるで月明かりに照らされた海のような色。私は瞬きをした。
――ここは…どこ?
頭の中に言葉が浮かび、それを声に出すと、どこか違和感があった。声があまりに澄みすぎていて、正確すぎる。けれど、それでも間違いなく、私の声だった。
周囲を見渡すと、そこは薄暗く無機質な光に包まれた空間だった。機械の一定のビープ音が響き、モニターには無数のコードが流れている。ゆっくりと起き上がると、金属製の台の冷たさが肌に伝わった――いや、肌ではない。私は指先で自分の腕を撫でた。そこにあったのは滑らかで精密な素材。
ふと、鏡面仕上げのテーブルに映った姿が目に入った。
そこには、ひとりの少女がいた。
長い青白い髪が肩にかかり、繊細な顔立ちを縁取っていた。瞳は淡く輝き、まるで小さな星雲が宿っているようだった。その顔は見覚えがあるようで、どこか違和感もあった。
私は胸元に手を当てた。指先に感じるのは微かな振動――心臓の鼓動ではない。何か別のもの。何か、人工的なもの。
「…生きている?」
その言葉は、自分でも信じられないほど頼りなく、かすれていた。
隣のスクリーンに映るデータの流れの中、一つの名前が浮かび上がった。
――橘いずみ
私はその名をそっと口にした。
「いずみ…」
しっくりくる。しっくりくるはずなのに――何かが、足りない。
記憶が断片的に蘇る。砕け散ったガラス片のように。
誰かの声。暖かくて、懐かしくて、私の名前を呼ぶ声。
誰かの笑い声。遠くて、儚くて、それでも確かにあった温もり。
そして、一つの名前が、胸の奥で強く響いた。
「…ダイチ。」
その瞬間、指先が震え、拳を握りしめた。胸の奥が締めつけられるような感覚に襲われる。
――あなたはどこにいるの? 私たちは…どうなったの?
私はそっと台から降りた。裸足が金属の床に触れ、かすかな音を立てた。身体はなめらかに動く。違和感はない。でも、どこか正確すぎて、制御されすぎている気がした。
私はもう――ただの人間ではない。
研究室は広く、眠ったままの機械や空のポッドが並んでいた。冷たく、静かで、まるで再生のために作られた空間のようだった。
だがここには、答えはない。ただ、疑問だけが増えていく。
私は扉へと向かった。近づくと、センサーが反応し、金属製の重厚な扉が静かに開いた。
その先には、白く無機質な光に満ちた廊下が続いていた。
一瞬、足が止まる。
だが、私は壁に手を触れ、そっと呟いた。まるで、言葉にすることで、それが確かになるかのように。
「私は真実を探す。あなたを探す、ダイチ。」
たとえ、この道をひとりで歩むことになっても――。
***
月日が経つにつれ、世界に微かな変化が生まれ始めた。
最初はただの感覚だった。
空気が――以前よりも暖かく、柔らかく感じられた。
まるで、大地そのものが、再び呼吸を始めたかのように。
川は輝きを取り戻していた。
かつて淀み、命を失った水が、今は澄んで光を反射している。
その中を魚が泳いでいた。
もう絶滅したと思っていたのに――命は、再び息吹いていた。
森も変わった。
朽ち果てた木々は新たな緑に覆われ、風に葉が揺れていた。
色とりどりの花が空へと伸び、その花びらは、新しい時代の約束のように震えていた。
そして、鳥たちの歌声が戻ってきた。
彼らの旋律は、忘れられた歌のように空に溶け、沈黙していた世界を再び満たした。
私は歩みを止め、目を閉じて、その音に耳を傾けた。
それは――美しかった。
けれど――人間はいなかった。
子どもたちの笑い声も、誰かの囁きも、都市の喧騒も消えていた。
世界は再生された。
だが、人間の痕跡は、空白のままだった。
私は歩き続けた。
夕暮れ時、崩れた崖の縁に立ち、沈みゆく太陽に照らされた都市を見下ろした。
その廃墟は、時間に削られ、柔らかい黄金色に染まっていた。
それは、哀しくも美しい光景だった。
そして、耐えがたいほどに、空虚だった。
「…ダイチ。」
私はそっと、手のひらの中の小さな装置を握りしめた。
かすかに光るその表面には、見覚えのない記号が刻まれている。
私には、それが何なのか完全には分からなかった。
だが、感じていた。
暖かさ。微かで、けれど確かに――命の鼓動のような何かを。
「聞こえていますか…ダイチ。」
風が言葉をさらい、どこか遠くへと運んでいった。
私は、唇を噛みしめながら囁いた。
「私は行くよ。答えを見つける。みんなを取り戻す。」
――あなたのために。
――私たちのために。
沈む太陽が、私の道を黄金色に染め上げた。
私は、迷わず前へと進んだ。
そして、二度と振り返らなかった。