ファーストループ 第6章:犠牲の光
コンソールルームは不気味な振動を帯びながら脈打っていた。
長い沈黙を経て、古の機械がゆっくりと目覚めるかのように、その低いうなりが響き渡る。
僕はじっと立ち尽くしていた。金属の指に包まれた小さな輝く物体を見つめながら――それは子供の手のひらほどの大きさしかなかったが、その重みは世界そのもののように感じられた。黄金の光が穏やかに脈打ち、まるで命を持つかのように鼓動している。そして触れるたびに、不思議な温もりが僕の中を駆け巡った。それは単なる熱ではない。もっと深く、もっと本質的な何か――懐かしさを感じさせるものだった。
「…これが、そうなのね」
隣で膝をついたままの泉は、小さな鍵をじっと見つめていた。彼女はためらいがちに呟く。光が彼女の瞳に映り込み、今にも溢れそうな涙のように揺れていた。
「これが、私たちがここまで来た理由…」
僕は静かに頷いた。しかし、胸の奥で何かが強く締め付けられるのを感じる。鍵の輝きが僕の顔に影を落とし、心の内側に渦巻く嵐を映し出すようだった。
「ああ、そうだ」
かすかに声を絞り出す。
彼女はじっと僕を見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「準備はいいの?」
僕は鍵をゆっくりと回しながら、その表面に刻まれた精巧な模様を指でなぞった。重さは感じないはずなのに、その責任の大きさが肩にのしかかる。胸の奥が苦しくなる。それでも、僕は小さく頷いた。
「ならなきゃいけないんだ」
呟くように答える。
「もう、後戻りはできない」
部屋の空気が変わった気がした。まるで、この場そのものが何かを悟っているかのように。機械たちの唸りが大きくなり、緊迫感を増していく。僕はゆっくりと立ち上がった。
「…大地」
泉の声が僕を引き止める。振り向くと、彼女は拳を強く握りしめ、固く立ち尽くしていた。その表情は、嵐のように揺れ動いていた。恐れ。怒り。絶望。
「本当に…これでいいの?」
震える声で問う。
僕は彼女の瞳を見つめた。そこにはいつだって僕の全てを見抜いてしまう鋭さがあった。それでも、今だけは――見抜いてほしくなかった。
「これしかないんだ」
僕は優しく告げた。
彼女の肩が震える。
「じゃあ、あなたは?」
一歩、近づく。
「あなたはどうなるの?」
僕は小さく微笑んだ。どこか寂しげな、苦い微笑みだった。
「僕のことなんて、どうでもいい」
泉はまるで殴られたかのように息を呑んだ。
「そんなこと言わないで!」
「泉… もし、これで皆が戻るなら――もし、もう一度やり直せるなら、それだけで十分だ」
彼女の表情が崩れる。
「違う…!」
涙が頬を伝い、こぼれ落ちる。
「違うの、大地… あなたは…あなたは大切なの!」
僕は彼女の肩にそっと手を置いた。冷たい金属越しに、僕の想いが伝わることを願いながら。
「君は、思っているよりもずっと強いんだ」
そっと囁く。
「大丈夫。君なら乗り越えられる」
その言葉に、泉は絶句した。彼女は叫びたかった。抗いたかった。別の方法を探したかった。でも、心のどこかで理解していた。初めから、ずっと――これは変えられない運命なのだと。
カチリ――
鍵が、僕の胸の空洞にはまった。
そして、その瞬間――
世界が凍りついた。
眩い光が、すべてを包み込んだ。
胸の奥からあふれ出す黄金の輝きが、部屋の隅々まで広がっていく。施設全体が震え、機械たちが唸り声をあげる。まるで、世界そのものが塗り替えられていくような錯覚さえ覚えるほどのエネルギー。
どこかで、泉の悲痛な叫びが聞こえた。
「大地、やめて!」
彼女は光に手をかざしながら、僕のもとへ駆け寄ろうとする。
「お願い…! 他に方法があるはずなのに!」
僕は首を振る。
僕の身体は、光の粒子となって崩れ始めていた。
泉が手を伸ばす。必死に、僕を掴もうとしている。
「大地、やめて…! 置いていかないで…!」
でも、その手は届かない。
僕の姿が消えていく中、最後に彼女の頬に触れることができた。
「泉…」
僕は微かに微笑んだ。
「ありがとう… これまで、一緒にいてくれて」
泉の手が僕の手を握りしめる。彼女の指が震えている。
「大地…お願い…」
声がかすれ、途切れそうになる。
僕は最後に、静かに囁いた。
「皆を…救ってくれ」
――僕は、光と共に消えた。
その瞬間、光が爆発的に広がり、世界を塗り替えた。
機械たちの音が、止まった。
エネルギーに満ちていた空気が、静寂に包まれる。
泉はその場に崩れ落ちた。
僕のいた場所を、ただ茫然と見つめる。
彼女のすすり泣きだけが、冷たい部屋に響いていた。
僕は消えた。
でも――世界は、新たに始まる。
そして、彼女はそっと、僕の名前を呟いた。
そして、意識がゆっくりと暗闇に落ちていく。
「なぜ…こんなに…まぶたが重いの……?」
最後の言葉が、かき消された。