ファーストループ 第5章 : 埋もれた真実
都市の骸は私たちの頭上にそびえ立ち、その壊れた形が血のように赤い空を掻きむしっていた。
世界はとうの昔に温もりを失い、残されたのはギザギザのシルエットと空っぽの廃墟だけ。まるで神話のように遠い過去の名残が、風に乗って囁いていた。
泉と私は、無数の荒廃した街を彷徨い続けてきた。崩れかけた廃墟から次の廃墟へと移動しながら、何かを探し、そして生き延びてきた。
しかし、この都市の地下に埋もれていたものを目にしたとき、私たちは言葉を失った。
それは、隠された真実だった。
私は突然立ち止まり、目を細めた。
崩れかけたコンクリートの壁に、奇妙な印が刻まれていた。かすかに光り、脈打つように明滅している。その光は、まるで生きているかのように、微かに鼓動していた。
∞の形を描くその紋様は、不気味でありながら、どこか懐かしい輝きを放っていた。
指先がかすかに震える。胸の奥がずきりと痛んだ。
「この印……」
喉が枯れたように声がかすれる。まるで、言葉が私の意志とは無関係に引きずり出されるようだった。
無意識のうちに手を伸ばし、冷たい壁の表面を指先でなぞる。すると、その瞬間——
何かが、頭の奥で目を覚ました。
遠い記憶の断片が、闇の底からゆっくりと浮かび上がる。
泉が私の隣に膝をつき、光る瞳でその紋様を慎重に見つめた。
「見覚えがあるの?」
彼女の声は冷静だったが、その奥に潜む興味は隠しきれていなかった。
私は唾をのみ、ゆっくりとうなずく。
「……分からない。でも、何か……重要なもののような気がする。どこかで見たことがある……はずだ。」
泉はじっと私の顔を見つめた。まるで、私の表情から答えを見つけ出そうとしているかのように。
「あなたの過去と関係があるの?」
「……たぶん。」
その言葉は重く、曖昧な響きを帯びていた。
胸の奥に広がる不安を振り払うように、私は歯を食いしばる。
「確かめるしかない。」
二人で瓦礫をどけると、印の下から古びたハッチが姿を現した。
その表面は錆びつき、長い年月の間に風化していたが、今もなおそこに存在していた。
力を込めて開くと、腐った鉄の匂いを帯びた空気が押し寄せる。
闇の中へと続く、螺旋階段。
私は泉を見た。
「行くぞ。」
彼女の瞳が私を捉える。揺るぎなく、迷いのない光を宿していた。
「いつでも準備はできてる。」
そして、私たちは闇の中へと降りていった。
——
下へ進むにつれ、空気は次第に冷たくなり、闇が深まっていった。
私の体は、微細な温度変化も、空気のわずかな揺らぎもすべて感知していた。
それでも、この胸に渦巻く感覚は、ただのデータでは説明できないものだった。
まるで、私たちは"触れてはいけない何か"へ足を踏み入れようとしているような——そんな感覚。
やがて、階段は巨大な地下施設へと繋がっていた。
私は息を呑んだ。
そこには、壁一面に並ぶ機械群。
何年、いや、何十年も放置されたような埃をかぶりながらも、微かに電力が流れている気配があった。
その中央に、唯一動作している装置があった。
静かに脈打つ光。私たちを待っていたかのように——
「……ここは、一体……?」
泉が低く囁く。
私は答えなかった。
ただ、引き寄せられるように歩み寄る。
まるで、この装置が"私"を呼んでいるかのように——
手を伸ばすと、その瞬間——
ホログラムが点灯した。
ぼやけた映像の中に、疲れ切った男が立っていた。
白髪混じりの髪。深い皺の刻まれた表情。その瞳には、何かが崩れ落ちる寸前のような脆さがあった。
「……もしこれを見ているなら、"人類は失敗した"ということだ。」
その言葉は、私の全身を凍りつかせた。
「私は高橋新。プロジェクト・リバース の創設者だ。」
泉と視線を交わす。
何か言葉を発しようとしたが、喉が動かなかった。
「人々の消失は、突然始まった。」
高橋の声は震えていなかったが、表情には深い悲しみが刻まれていた。
「何の前触れもなく、ただ次々と消えていった。原因は不明。どれほど研究しても、解決策は見つからなかった……唯一の手段は、"君"を創ることだった。」
私の心臓が止まりかける。
「——君の名前は、大地。」
呼吸が浅くなる。
「君は、私の息子……ヒロの記憶を元に造られた。彼は最初に消えた一人だった。君の中には、彼の性格、彼の意志が受け継がれている。」
私は、ゆっくりと後ずさった。
「……俺は……"本物"じゃないのか……?」
呟いた瞬間、全てが崩れそうになった。
泉が動いた。
迷いなく私の手を掴み、強く握りしめた。
「……大地。」
彼女の声は、いつになく真剣だった。
「あなたは、"本物"よ。」
私を見つめる彼女の瞳には、迷いはなかった。
——それだけで、私は崩れ落ちずに済んだ。
だが、ホログラムは残酷にも続いていた。
「……君の胸に欠けているパーツ。それが鍵だ。」
私は、胸の空洞にそっと手を当てる。
「……もしこれを使えば、"時間は巻き戻る"。」
ホログラムの最後の言葉が、静かに部屋に響いた。
私は、目の前の鍵を手に取った。
——これが、本当に"答え"なのか?
それとも——
ただの、絶望の始まりなのか……?