『ファーストループ』第3章:忘れられた者たちの影
旧駅の廃墟は、忘れ去られた世界の骸骨のように広がっていた。
ひび割れた舗道が足元に広がり、隙間から雑草が爪を立てるように伸びている。その根は砕け散ったガラス片と絡み合い、過去の名残を捕らえるように這っていた。錆びついた列車の車両が沈黙の中に佇んでいる。かつては磨き上げられていた外装も、今では時の流れと放置によって腐食し、朽ち果てていた。遠い昔の喧騒の残響が、風の中にかすかに漂っている。まるで消え去ることを拒む幽霊の囁きのように。
崩れかけた壁にもたれかかり、荒い息を整えようとする。息を吸うたびに肺が焼けるように痛み、吐き出すたびに何か重いものを押しのけるような感覚があった。右腕——戦闘で損傷を負ったそれは、かすかな火花を散らし、露出した配線がかすかに唸りを上げる。拳を握りしめるだけで、鋭い痛みが身体を駆け巡った。
数メートル先には、倒れた敵の骸が不気味に横たわっていた。昆虫のようなその体は無惨に砕け、鋭利な四肢は不自然な角度に折れ曲がっている。虹色に光る外殻は死してなお微かに輝き、湿ったコンクリートに不気味な影を落としていた。その体の下から黒い体液がじわりと染み出し、腐敗の強烈な臭いが空気にまとわりつく。
鋭く息を吐く。
「……クソッ」
機械のコアが不規則に唸り、胸の奥に広がる不安と同じように脈打っていた。静寂が重くのしかかる——不自然なほどに、厚く、重く。風さえも動きを止めているかのようだった。まるで、何かを目覚めさせることを恐れているかのように——。
そして、声が響いた。
「君は……完全な人間じゃないな?」
その言葉は、刃のように静寂を切り裂いた。
反射的に顔を上げ、全身の筋肉が強張る。声の主の方へと素早く振り向く。青く光る目を細め、闇を見据えた。本能が動く——私は無傷の腕を持ち上げ、次の戦闘に備えた。
そして、彼女が光の中へと足を踏み入れた。
動きは滑らかで無駄がなく、その存在は幽玄さと威厳を兼ね備えていた。銀色の髪が肩に流れ、廃墟の薄明かりを受けて輝いている。そして、その瞳——私と同じく光を宿した瞳が、背筋を凍らせるほどの強い意志を秘めていた。
裂けた衣服の下には、金属の装甲が煌めいていた。肉体と機械の完全な融合——彼女もまた、私と同じ存在なのか。
「お前は……誰だ?」
鋭く問いかける。警戒心を滲ませながら。
彼女はわずかに首を傾げ、私を見つめた。感情の読めない瞳で。
「泉。」
滑らかすぎる声。いや、滑らかすぎるが故の違和感——そこに潜む機械的な響き。
「お前は?」
一瞬、迷う。しかし、答えた。
「……ダイチ。」
泉の視線が私を通り越し、倒れた敵の亡骸へと移る。彼女の表情が一瞬だけ揺らぐ。何か、私には理解できない感情がその奥に潜んでいた。
「ここで何が起きたか、知っているのか?」
声を低くして問う。
「……みんなどこへ行った?」
泉の唇が固く結ばれる。彼女はゆっくりと息を吸い、そして一言だけ呟いた。
「消えた。」
その言葉は、死刑宣告のように重く響いた。
喉が詰まる。
「……消えた?」
泉は静かに頷いた。今度は少しだけ優しく。
「跡形もなく、消えた。でも……君は、それを知っていたんじゃないの?」
言葉を返そうとしたが、声が出なかった。手がかすかに震え、拳を握りしめる。胸の奥に、深い虚無が広がっていく。
「……俺は……」
声がかすれ、荒く息を吐く。
「何も覚えていない。」
視線を落とす。損傷した腕。むき出しの配線が火花を散らす。
「気づいたら、こうなっていた。なぜなのかも、俺が誰なのかさえも……わからない。」
泉の表情がわずかに和らぐ。それは同情ではなかった。もっと深い……理解だった。
「なら、私たちは同じね。」
声が静かに、脆く響く。
泉が慎重に、一歩踏み出す。その動きはゆっくりで、慎重だった。
「私も……目覚めた時には、すでにこうだった。一人で。何もわからず……答えを求めて、それでも何も見つからない。」
胸の奥が締め付けられる。
嘘ではない——そう感じた。彼女の声に滲む空虚さ、静かな絶望が、まるで鏡に映した自分のように重なった。
泉が私をまっすぐに見つめる。
「一緒に、答えを探さない?」
拒むべきだと、本能が叫んでいた。この世界では、簡単に信じるべきではない。
けれど——。
あまりにも長く、一人で彷徨い続けた。戦い続けた。理由もないままに。
それが、泉の言葉で、ほんの少しだけ揺らいだ。
それは、希望。
希望を抱くのは危険だと、誰よりも知っている。それでも——。
私はゆっくりと頷いた。
「……わかった。」
慎重に、それでも確かに。
「一緒に、真実を探そう。」
泉の唇に、わずかに微笑みが浮かぶ。ただし、その奥には消えない影があった。
「なら、急ぎましょう。」
彼女は言う。
「さっきのより、もっと恐ろしいものがこの先にはいる。」
私は振り返る。
悪夢のような形に歪んだ敵の亡骸を見下ろし、唇を引き結んだ。
「……あれより、酷いものが?」
泉は答えなかった。ただ、前へと歩き出す。
私は廃墟を振り返り、最後の一歩を踏み出した。
沈黙の中、機械の微かな唸りが闇に響く。
泉の横顔を見る。彼女の瞳の光、その決意。
——俺は、もう一人じゃない。
それでも、答えの先に待つものが救いなのか、それとも——。
夜風が、忘れ去られた過去の残響を運んでいく。
そして気づいた。
——これは、始まりに過ぎない。