第四のループ、第20章:過去の響き
数日後、私は都市の端に立ち、肩に掛けたリュックを軽く握りしめた。
夕陽が地平線に沈みかけ、目の前に広がる広大な森を黄金色に染め上げていた。
そよ風が木々を揺らし、何か囁きかけてくるようだった——それが聞きたいものなのかどうか、私には分からなかった。
私は躊躇した。
この瞬間に、言葉にできない違和感を覚えた。
心臓が早鐘を打つ。
招かれざる記憶が、まるで爪を立てるように意識の表面を引っ掻いてくる。
過去の重みが胸にのしかかる。それは、馴染み深いのに遠く感じられる、忘れかけた夢のようだった。
私は一歩踏み出した。そしてもう一歩。
足元の道は不気味なほど馴染み深く、一歩ごとに既視感が襲う。
乾いた葉を踏みしめる音。遠くで何かが微かに動く気配。
視界の端でちらつく影。
私は振り返った。何か——誰かがいる気がした。
しかし、そこには何もなかった。
都市の喧騒は遠くへと消え、不自然な静寂が背筋を凍らせた。
奥へ進むほど、空気は重くなっていく。
それは言葉にできない何かで満ちていた。
そして、私はそれを見た。
足が止まる。
目の前の空き地は、私の記憶通りだった——しかし、そこは空っぽではなかった。
船があった。
巨大で、異世界の遺物のようなその船は、地面に半ば埋もれていた。
錆びた船体には蔦が絡みつき、苔が割れ目や隙間にしがみついていた。
まるで、何十年もそこにあったかのように。
「……そんなはずはない……」
言葉は、虚空に吸い込まれるように消えた。
この船の到来は、数十年先のはずだった。
あれは、私が阻止しようと戦ったすべての始まりだった。
だが、ここにある。
朽ち果て、時に取り残され、まるで最初からここにあったかのように。
まるで、私を待っていたかのように。
背筋を冷たい悪寒が走る。
足が鉛のように重くなる。
本能が「引き返せ」と叫んでいた。
——だが、私はそうしなかった。
私は一歩踏み出し、震える手を船体に伸ばす。
指先が金属に触れた瞬間、ぞくりとした感覚が腕を駆け上がる。
入口は開いていた。
黒い穴のように、私を招いていた。
**「……行くしかない」**私は震える声でつぶやいた。
船内の空気は、重く、淀み、息苦しかった。
懐中電灯の光がちらつく。暗闇を切り裂く細い光の筋。
自分の足音が響くたび、異様な反響を生み、空間は無限に広がっているようでありながら、同時に圧迫されるような感覚を与えた。
そこは、墓場だった。
砕けたモニター。
切れた配線。
倒れたコンソール。
そして——臭い。
腐敗。死。金属の錆びた匂い。
私は口を覆い、吐き気をこらえた。
そして、私は見た。
死体。
何十体もの。
灰色の肌、異様に長い手足、目のない顔。
その表情は、死の間際に何かを求めていたようだった。
私は震える足で、一歩前へ出た。
懐中電灯を握る手に力が入り、指の骨がきしむ。
「……何があったんだ、ここで?」
静寂が重くのしかかる。
まるで、この船そのものが耳を傾けているかのように。
私は死体をまたぎ、奥へと進む。
どの死体も、まるで何かに手を伸ばしていた——誰かに、何かに。
ここで起きた出来事は、ただの事故ではない。
私はもう、その答えを知っている気がした。
船の奥へ進むほど、空気はさらに重くなった。
壁が迫ってくるような感覚。
そして——私はそれを見つけた。
埃と瓦礫に埋もれた、小さな金属製の机。
その上に、かすかに光る何かがあった。
私は近づき、慎重に拾い上げた。
それは、USBメモリだった。
ケースは擦り傷だらけだったが、まだ使えそうだった。
表面には、かすれた文字が刻まれていた。
「PROJECT DAICHI」
指先に力が入る。
私の名前。
私の人生。
この場所、この船、この時間軸に、繋がっている。
「……これは、一体……?」
呟いた声は、ひどく乾いていた。
その時、船が低く唸るような音を立てた。
時間がない。
私はUSBを強く握りしめ、出口へと駆け出した。
足音が妙に反響する。重なり合うように響く音——まるで、誰かが私の後ろにいるかのように。
振り返らなかった。
私は船を飛び出し、膝から崩れ落ちた。
荒い息を吐きながら、震える手でUSBを見つめる。
これは、ただの「消失現象」の問題ではない。
もっと——もっと大きなものだ。
そして、私は初めて恐怖を覚えた。
自分のためではない。
世界のために。
——そして、スクリーンが点滅した。
「こちらはプロジェクトナンバー233」
スピーカーから、ノイズ混じりの声が響く。
私は息をのんだ。
映像に映ったのは、グレーの肌、細長い顔——異星の科学者だった。
その声は冷静だった。
感情のない、無機質な声。
——だが、その言葉は、私を押し潰した。
「我々はついに完璧な人間を生み出した」
「どんな病にも耐性を持ち、極限の環境下でも生存可能な個体だ」
**「それは、ヒトのDNAと異星の遺伝子を組み合わせた結果——」
**「その名は、ダイチ。」
私は一歩後ずさった。
「……そんな……」
そして、次の瞬間、声が変わった。
緊迫した、切迫した声に。
「この記録を見た者へ……ダイチを止めてくれ。」
「彼は制御を失い、この船の者を全員殺害した——」
「そんな、はずが——」
画面がノイズに覆われた。そして、動き。
ぼやけた影。
速い。獣のような動き。
カメラが激しく揺れ、床に叩きつけられる。
スピーカーから響く叫び声——生々しく、恐怖に満ちた悲鳴。
そして、影。
暗闇の中から姿が現れる。ゆっくりと、意図的な動きで。
金色の瞳が、薄暗い光の中で燃えるように輝いていた。
息が詰まった。
全身が凍りつく。
それは——俺だった。
俺自身だった。
「嫌だ!」俺は画面に向かって叫んだ。だが、映像は変わらない。
まるで悪夢を見ているようだった。目覚めることのできない、終わらない悪夢。
画面の中の"俺"が飛びかかった。
科学者の悲鳴が途切れる。
画面が暗転した。
沈黙が部屋を支配する。
黒くなったモニターに映る、自分の顔を見つめる。
後ずさる。
「違う…俺じゃない…」囁くように言った。「俺じゃない…!」
だが、その言葉は空虚だった。
思考が混乱し、息が荒くなり、手が激しく震える。
歯を食いしばり、髪を掴む。「なんでだ…!?」声が枯れるほど叫んだ。「なんで俺を作った!?」
答えは返ってこない。
だが、分かっていた。
すべての原因は——俺だった。
拳を握りしめる。
過去は変えられない。
だが、修正することはできる。
しなければならない。
コンソールに刻まれた言葉が背筋を凍らせた。
プロジェクト・ダイチ
息が詰まり、鼓動が耳の奥で鳴り響く。
あの異星人の最期の言葉が、暗闇に囁く亡霊のように蘇る。
セラム
震える息を吸い込む。体の震えが止まらない。心は崩れそうになりながらも、どこかで何かが変わった。
それは——冷たく、鋭く、硬いものへと。
乾いた笑いが漏れる。静かで、空虚な笑い。
「俺が問題なら…」声はほとんど囁きだった。「解決策を見つけるまでだ。」
拳を握る。擦りむいた拳から血が滲み、指先を赤く染める。ズボンで拭うが、痛みは感じない。罪悪感はまだ燃え続けていた。だが、それに呑まれるわけにはいかない。今は——まだ。
「俺が何だったかなんて関係ない。」今度の声は揺らいでいなかった。「何のために作られたかもどうでもいい。」喉が詰まる。でも、言葉を押し出した。「俺が…直す。何があっても。」
船が軋み、不気味な機械音が沈黙の中に響く。
俺は暗闇の広がる通路を見据え、手に握るペンドライブを強く握りしめた。
"化け物"。あの異星人の科学者がそう言った。
俺は、本当にそうなのかもしれない。
奥歯を噛み締め、首を振る。違う。
それが——俺の物語の結末ではない。
一歩踏み出す。さらに、もう一歩。
床が揺れ、金属が軋む。沈黙が重くのしかかる。だが、俺はそれを受け入れた。骨の奥深くまで染み込ませるように。
俺は…救う。
胸の奥で固く決意する。
たとえ、俺自身を滅ぼすことになっても。
船は死にかけていた。それが分かった。
一歩踏み出すたびに、崩れた壁が音を立てる。空気は埃と錆びた金属の匂いで重く、どこかに焼け焦げた匂いも混じっていた。
不安定な振動が足元から響いてくる。まるで、この船自体が今にも崩れそうなほど弱っているかのようだった。
壊れかけの階段を登り、手すりを必要以上に強く握る。鼓動が早まる。
俺は…何をしている?
異星人の科学者の映像が頭の中で何度も再生される。あの声。あの影。
俺自身の姿。
息を強く吐き出し、頭を振る。考えるな。前を見ろ。
階段の上、焦げた扉が歪んでぶら下がっている。爆発で吹き飛ばされたようだった。
手を押し当て、力を込める。
ギィ…
軋みながら、扉が少しだけ開いた。その隙間から、俺は中へと滑り込む。
そこは——巨大な墓場だった。
壁はひび割れ、床は壊れた機械と瓦礫で埋め尽くされている。
かつては重要な場所だったはず。何かが"生きていた"場所だった。
だが、今はただの"死"しかない。
吐く息が白く曇る。ここには…何かがいる。強大な"何か"が。
そして、それを見つけた。
部屋の隅、崩れ落ちた構造物の下に埋もれた小さなケースが、淡く脈動する光を放っていた。
胃が強くねじれる。
ゆっくりと近づく。埃を払いながら、指先が震えた。
ケースの中に…それはあった。
小さなガラス瓶。
淡く光る液体が揺らめき、脈打つように波打っていた。その光は"生きている"ように見えた。
「…これが…」
息を呑む。
手を伸ばす。
本能が悲鳴を上げる。これは"触れてはいけないもの"だと。だが、もう分かっていた。
選択肢はない。
指先が瓶に触れる。
冷たい。骨の奥まで染み込むような冷たさ。まるで——氷よりも冷たい"死"そのもののような。
震えながらも、手を離さなかった。
絶対に、離せなかった。




