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第一のループ、第1章:沈黙の残響

空気は煙と絶望に満ち、息苦しく、まるで亡霊の囁きのように肌にまとわりついていた。


遠くでサイレンが鳴り響く――叫びと爆発の混沌の中にかき消される、絶望的で怨嗟に満ちた悲鳴。


逃げ惑う足音の下で、砕けたガラスが軋む。

かつて誇らしげにそびえていた建物の残骸は、ねじれた金属と化し、無残に横たわる。

燃え盛る炎が空をオレンジと赤に染め、貪欲な舌を伸ばして残されたものを喰らい尽くしていく。


――そして、突如として大地が震えた。


地鳴りのような咆哮が空を引き裂き、この世界そのものが痛みに叫び声を上げたかのように。


次の瞬間――闇が訪れる。


静寂。


唐突に、それまでの破壊が霧散する。

悪夢が夜明けに溶けるように、焼けるような熱も、耳を裂く騒音も消え去った。

代わりに、そよ風が優しく花びらを舞わせる音だけが響く。


私は、桜の木の下に立っていた。

舞い落ちる花弁は雪のように儚く、空気は甘く、新鮮で、先ほどまでの惨劇が嘘のように澄んでいた。

穏やかで、静かで、どこまでも美しい。


――そして、そこに彼女はいた。


数歩先に立つ少女。


彼女は微笑んでいた。

それはあまりにも優しく、胸が痛くなるほどの温かさを宿していた。

彼女の瞳に映る何か――それが何なのか、私には分からなかった。


だが、彼女の唇から零れた囁きは、まるで誓いのようで――


「約束、忘れないでね、ダイチ。」


言葉が喉の奥で詰まる。返事をしようとした、その瞬間――


世界が、砕け散った。


鏡のように脆く。

花びらは塵と化し、空は光と影の鋭い破片に引き裂かれる。


そして――


私は息を呑んだ。


目が覚めた。


身体が跳ね起きる。

狭い、カプセルのようなベッドの中。

闇が広がっていた。息苦しく、圧倒的な静寂に包まれている。


音がない。


ただ音がないのではない。

何かが決定的に「異質」なのだ。


息を吸おうとする――いや、吸ったはずなのに、肺に温もりが広がることはない。

心臓の鼓動も、どこにも感じられない。


何かがおかしい。


震える手を持ち上げる。

動きが鈍い。自分の身体なのに、まるで思い通りにならない。


指先が胸元に触れる。

そこにあるはずの、呼吸の起伏。

そこにあるはずの、温もり。


どちらも、なかった。


なめらかで、冷たく、人工的な感触。


――そして、触れてしまった。


胸の中央に、ぽっかりと開いた完璧な円形の空洞を。


嫌な感覚が、背筋を這い上がる。


呼吸が止まる――いや、衝撃で止まったのではない。

最初から、私の身体に「呼吸をする機能」などなかったのだ。


「……これは、何だ?」


声が掠れ、ノイズが混じる。

まるで壊れかけた古いラジオのように、不自然に歪んでいた。


――その音は、完全に「人間のもの」ではなかった。


恐怖が思考を締め付ける。

微かな記憶が、断片となって脳裏を過ぎる――


――笑い声。柔らかく、温かく。

――桜の香り。満開の季節。

――光に満ちた世界。


だが、目の前の世界は、それとはあまりにも違いすぎた。


頭上に広がる空は、灰色。

まるで天すらも地を見放したかのように、冷たく沈んでいる。

空気は鉄の味がした。錆びつき、苦く、澱んでいた。


私は周囲を見渡す。


廃墟。


かつてそびえ立っていた建物は、今や朽ち果て、骨組みだけが無様に伸びている。

亀裂を埋めるように蔦が這い、見捨てられた文明を自然が飲み込んでいた。

転がる車は錆びつき、砕けた窓は、まるで光を失った瞳のように虚ろだった。


一つのぬいぐるみが、がれきの中に取り残されていた。

汚れ、くたびれたクマの人形。

縫い付けられたボタンの瞳は、ただ空を見つめ続けている。


――その時、鋭い痛みが頭を貫いた。


こめかみに手を押し当てる。呼吸が乱れる――いや、そもそも私は「呼吸」などしていない。


「約束、忘れないでね、ダイチ。」


――あの声。


彼女の声。


どこか遠くで、私を呼んでいる。


「……約束? 何の……?」


囁くような声が震える。


痛みが再び襲いかかる。白熱するような感覚。

記憶が――砕けていく。

砂のように、指の隙間から零れ落ちていく。


「誰か……いるのか?」


廃墟に向かって声を上げる。

それは空虚に響き、あまりにも孤独だった。


誰も、いない。


この身体は――重い。違和感がまとわりつく。

なんとか立ち上がる。


だが、その時。


ふと、視界の端で何かが光った。


破れた衣服の隙間――


震える手で布をめくる。

そして、見てしまった。


冷たく、硬い。


肌ではなく、金属。


血管の代わりに張り巡らされた無数のワイヤー。

温もりも、感覚も、何もない。


――違う。


違う、違う、違う。


手が震える。信じたくない。

けれど、これが現実だった。


「俺は……何なんだ?」


その問いは、風に消えた。


この世界に、答えてくれる者はいなかった。


そして――

静寂だけが、私を包んでいた。



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