第四のループ 第十八章: 約束の再誕
鋭い痛みが背中に走り、目が覚めた。
ザラついた砂利が肌に食い込む感覚が現実へと引き戻す。息を呑み、まばたきを繰り返しながら、広がる鈍い灰色の空を見上げた。意識は霞がかったようにぼんやりとしていて、まるで長い夢の中を彷徨っていたところから、ようやく浮上してきたようだった。
湿ったアスファルトの匂い、遠くから漂う排気ガスの微かな金属臭が鼻をかすめる。ゆっくりと身を起こし、うめき声を漏らしながら、身体の鈍い痛みに耐えた。視界が一瞬ぼやけた後、ようやく世界が鮮明になっていく。
両脇にそびえ立つ建物は、見慣れているようで見慣れない。いくつかの車がゆっくりと通り過ぎ、そのエンジン音が街の生活音と溶け合っていた。ちらつく街灯が曇り空の下でかすかに光る。
「ここは……どこだ?」
思わず呟いた。
無意識のうちに手を伸ばすと、何かカサカサとしたものに触れた。――ビニール袋?
混乱しながら視線を落とす。袋の中には、食パン、牛乳、米の袋がきちんと収められていた。
背筋にぞわりとした悪寒が走る。
「……なんだ、これ……?」
胸の奥で不安が膨れ上がる。
次の瞬間、記憶の断片が頭を駆け巡った。眩い光、轟音、崩壊していく世界――そして、
――泉の悲鳴。
息が詰まる。心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。
震える指でポケットを探り、手に触れた固い感触を握りしめる。――スマートフォン。
ほとんど反射的に電源ボタンを押す。液晶画面が淡く光り、震える手元を照らした。
2028年7月15日。
時間が止まった。
違う。そんなはずはない。
「七年……?」
声が掠れた。喉の奥で言葉が詰まる。
「俺は……七年前にいるのか……?」
信じられない。口に出しても、それはまるで他人の言葉のように感じた。
ふと、ガラスに映る自分の姿が目に入る。近くのショップのウィンドウに反射したのは――
――記憶の中の顔とは違う自分だった。
傷跡が、ない。
刻まれていたはずの疲労も、苦しみも、全部――消えている。
若返っている……?
息が詰まる。
「……こんなの、ありえない……」
だが、街は何も変わらず動いていた。
人々が歩き、話し、普段通りの生活を送っている。
ついさっきまで、自分がいた世界が滅びかけていたなんて、誰も知らないかのように。
その時――
「お前の役目は終わっていない。人類を救え。」
鋭く、冷たい声が脳内を貫いた。
「――!」
息を飲み、ビニール袋を握る手に力が入る。
慌てて周囲を見回した。
誰も、いない。
行き交う人々は、まるで何も聞こえなかったかのように、変わらず日常を送っている。
「……今のは……?」
震える声が漏れた。
沈黙。
心臓の鼓動がやけに大きく響く。
爪が掌に食い込むほど拳を握りしめる。
「これは現実じゃない……」
呟く。でも――
手にした袋のずっしりとした重みが、違うと言っていた。
街の匂いも、肌を撫でる風も、あまりにも“現実”だった。
ふらつく足を前に踏み出す。
一歩、また一歩と、見知らぬ道をさまよいながら、思考の波に飲み込まれていく。
なぜここにいる?
なぜこの年に?
なぜ今?
視線を上げると、大型ビジョンが目に入った。ネオンの広告が次々と移り変わる。その下で、日付が再び表示される。
――2028年。
喉がごくりと鳴る。
――これは、“それ”が起こる前の世界。
ヴァニシングが起こる、前。
背筋を冷たいものが走った。
もしこれが過去なら――
まだ、止められる。
胸の奥に何かが灯る。小さく、しかし強く。希望。
だが、その刹那、またあの声が響いた。
「すべてはループだ。ループを断ち切れ。人類を救え。」
冷たい鎖のような言葉が心を締めつける。
ループ?
なら、今までの出来事は全部……決まっていた?
――違う。
そんなこと、認めない。
奥歯を噛み締め、拳を強く握る。
「絶対に……繰り返させない。」
俺は、失わない。
彼女を――
泉の泣き顔が脳裏に焼き付く。
あの扉を閉じた時の、張り裂けそうな叫び。胸が軋むように痛んだ。
……今度こそ、違う道を見つける。
深く息を吐き、混乱する思考を押さえ込む。
視線を落とせば、まだ手に握られたままのビニール袋。
小さく、苦笑が漏れた。
「……七年前の人生、パンと牛乳から再スタートか。」
上等だ。
さあ、どこへ行こうか。
しっかりと足を踏み出した。
この街のどこかに、答えがある。
そして俺は、それを見つける。




