表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

サードループ 第十三章 : 儚い静寂

日々はゆっくりと過ぎていき、やがて週となり、月となった。

いくつかの記憶は断片的に戻ってきたものの、それらはぼやけていて、まるで色褪せた写真のように輪郭を掴めずにいた。


この施設の中では、時間の流れが…どこか違って感じられた。

まるで私たちは世界から切り離され、終わりのない静寂の中に閉じ込められているようだった。

ダイチも私も、それを壊すことを恐れていた。

無機質な金属の廊下は、私たちにとっての聖域だった——人類の崩壊という重圧から逃れるための、儚く仮初めの避難所。


外の世界は再建されつつあった。

都市は慎重に、今にも崩れそうな大地を恐れるかのように、少しずつ姿を取り戻していた。

かつて閑散としていた通りには、今では慎重な足音が響いている。

人々は壊れた生活を繋ぎ合わせようとしていたが、空気の中には見えない不安が漂っていた。

まるで、何かが終わらずに残っているかのように——まだ待ち受けているかのように。


そして、私もそれを感じていた。


展望デッキ——それは、ダイチが私に気づかれたくない時によく訪れる場所だった。

強化ガラスで覆われた広大なドーム型の部屋。そこからは、果てしない地平線を一望できる。

この場所の夕日は燃えるような金色と紅に染まり、やがて夜の静かな青へと溶けていく。


けれど、ダイチがそれを目に留めることはなかった。


毎晩、私はそこで彼を見つける。

沈みゆく光に背を向け、ただじっと、私には見えない何かを見つめている。

その表情は変わらない。

遠く、迷い、今と過去の狭間で彷徨っているようだった。


今夜も、それは同じだった。


私は扉の前で足を止め、彼の後ろ姿を見つめる。

肩には緊張が滲み、両手は軽く握られていた。

顔を見なくても分かる。

彼が何を考えているのか——


「そんなに見つめ続けたら、考えすぎて迷子になっちゃうよ」

私はそっと部屋へと踏み出しながら声をかけた。


ダイチは振り向かないまま、低く呟く。

「もう、とっくに迷子なのかもしれない」


私は眉をひそめ、彼に歩み寄った。

「ダイチ…」


やっと、彼は肩越しに私を見た。

そして、小さく、どこか疲れた笑みを浮かべる。

「ごめん、心配かけるつもりじゃなかった」


「いつも心配させるつもりでしょ?」

冗談めかして言ったけれど、私の瞳の奥にある本当の心配は、隠しきれなかった。

彼の隣に立ち、視線を同じ方向へと向ける。

星が瞬き始め、夜空に銀の輝きを散らしていた。


「何を考えてるの?」


私がそう尋ねると、彼は少しだけ動いた。

指先がかすかに震え、やがて拳を握りしめる。


「全部……何もかも……いや、何も分からない」

その声は、まるで言葉にすることを恐れているように、かすかに揺れていた。

「俺がやったこと——俺たちがやったことは、本当に十分だったのかって…」


胸が締めつけられる。

「もちろん十分だったよ」

そう言ったけれど、自分の声のかすかな揺らぎに気づいた。

私はそっと彼の拳に触れ、指を絡めるように握りしめた。


「ダイチ、あなたは世界を救ったんだよ。全てを懸けて… これ以上できることなんてなかった」


彼の手は強張ったまま。


「でも… まだ壊れてる」

その言葉は囁きのように静かだった。

「全てが終わったはずなのに… 何も変わっていないように感じる。人々は再建してる。でも、まだ怯えてる。 それに…」


彼は鋭く息を吐き出した。


「まだ、何かを見落としてる気がするんだ」


私もまた、硬く息を飲み込む。


そう——私も同じだった。


心の奥底に、言葉にならない影が渦巻いている。

"何か" が終わっていないと告げるような、不安の残響。


「あなたは一人じゃないよ」

私は彼の手を強く握った。

「何が起こっても、私たちは一緒。ダイチ、あなた一人で背負わなくていいんだよ」


その時、初めて彼はしっかりと私を見た。

その瞳から、ほんの一瞬だけ、遠くを彷徨っていた影が消える。


「ありがとう…」

彼は静かに呟いた。

「いつもそばにいてくれて… 全てを支えてくれて」


「まだお礼を言うのは早いよ」

私は微笑んだ。

「私、あなたがちゃんと自分を大事にするまで、ずーっと小言を言い続けるから」


彼は静かに笑った。

その音に、胸が微かに震える。


「… その小言、ちょっと恋しかったかも」


「だったら、もっと聞かせてあげるよ」


そう言い返した瞬間、彼の唇がわずかに弧を描いた。

そして、重くのしかかるものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


——だが、それも束の間だった。


翌晩、全てが変わった。


制御室は薄暗く、無数のモニターの不気味な光に照らされていた。画面には絶え間なくデータの流れが映し出され、まるで静かに警告を発しているかのようだった。

私はコンソールに身を寄せ、指を素早く動かしながら、次々と流れ込む膨大な情報を追い続けていた。


ダイチは私の隣に立ち、腕を組みながら黙って画面を見つめていた。その鋭い眼差しの奥には、私たちが認めたくない不安が潜んでいた。


そして——


最初の放送が流れた。


粗い映像が大型モニターに映し出される。アナウンサーの声は揺れ、背後に広がる混乱の中でかき消されそうになっていた。

私は息をのんだ。


映し出される光景——

閑散とした街、放棄された家々、大切な人の写真を抱えて泣き崩れる家族たち——


また、始まってしまった。


血の気が引くのを感じた。「…そんな…」


ダイチの顎が強張り、拳がゆっくりと握りしめられる。「また…起こっているのか」

低く、重い声。その奥には恐怖よりも深い何かがあった。彼は一歩画面へと近づき、必死に映像を見つめた。そこに映る絶望に満ちた人々の顔を——


「止めたはずだった… 俺の犠牲で、終わるはずだったのに…」


指が震え、キーボードの上で止まる。記憶が嵐のように襲いかかる。


——閃光。


——最後に見せた、あの眼差し。


——光に呑み込まれる直前の、静かな決意。


私は歯を食いしばり、その記憶を押し戻した。「止めた… 私たちは、確かに止めたはず… でも——」


「まだ、何かが間違ってる。」


ダイチの声が空気を切り裂くように響く。昨夜までの迷いは消え、ただ強い決意だけがそこにあった。

「何が起きているのか突き止める。今度こそ、完全に終わらせる。」


私は息をのみ、彼の言葉に胸が締めつけられる。


彼はすでに全てを犠牲にした。


もう二度と、そんなことをさせたくない。


「ダイチ…」私はそっと手を伸ばした。「一人で背負わないで。」


その瞬間、彼は私を見た。世界の重圧が二人を押し潰そうとする中で、彼は手を差し出した。

指が絡み合う。ぬくもりが伝わる。


「分かってる。」彼は静かに言った。「もう、独りじゃない。」


その言葉に、胸の奥で小さな希望の灯がともる。


「一緒に乗り越えよう、イズミ。」

彼の声は揺るぎなく、どこまでも真っ直ぐだった。「これまでと同じように。」


私は喉の奥で何かが詰まるのを感じながら、力強く頷いた。「うん、一緒に。」


モニターは淡々と情報を流し続けていた。無音の空間に、不気味な放送だけが響く。

——ヴァニッシングの拡大は、前よりも速い。

どれほどの時間が残されているのか、誰にも分からなかった。


けれど、ダイチの手を握りしめながら、私は静かに誓った。


今度こそ、絶対に失敗しない。


今度こそ、真実を見つけ出す。


手遅れになる前に——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ